青凪ホテル電撃戦 ①
「下がれお客人!」
その言葉と同時に、液体が跳ね上がった。
重力を無視するように床から突き出た銀の触手が、無数のトゲを形成し、四方八方へと伸びる。
バニ山の盾にも金属音を立てて何本もぶつかり合い、そのたびに暗闇に瞬くほどの火花が散った。
「バニ山さん!」
「問題ない、この程度朝飯前のバイキング。 カウチポテトで鑑賞してるがいい」
「お客様、お客様いかがされお客様、お客様どうしまお客様お客客客さまさまさささささままままま」
壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返すベルマンは、もはや上半身の原形をとどめていない。
喉と思わしき空洞を震わせて不明瞭な音を立てるたび、銀色の水面に波が立つ。
次の瞬間、あの水面がすべて針となって襲い掛かってきたら? ……おかきの背筋に怖気が走る。 バニ山がいなければ旅館のときも、今もきっと生きてはいない。
「……バニ山さん、倒せそうですか?」
「試してみよう、バニ山ぱんちの対策は十分か」
片手で盾を保持したまま、バニ山は握りこぶしを作った左手を液体生物へ向ける。
旅館の時にも液体生物を沈黙させた必殺のロケットパンチの構え、しかしその拳が火を噴くよりも先に、鞭のようにしなる液体が死角からバニ山の足を救い上げた。
「むっ!」
「ひえっ!」
発射直前で体勢を崩された拳はあえなく照準を外し、ロケットパンチは明後日の方角に射出され、おかきの頭上を飛び越して天井に突き刺さる。 だがそれだけでは終わらない。
足に絡みついた液体は瞬時に硬化し、床と脚部を接着する。
すぐに床ごと足を引き抜こうとするバニ山だが、それよりも早く液体生物が間合いを詰め、スレッジハンマー状に変化させた腕をがら空きの腹部へ叩きこんだ。
「バニ山さん!」
硬いものがぶつかり合う鈍い音が踊り場に反響し、バニ山の身体が一瞬浮き上がるほどの衝撃。 普通の人間ならば内臓破裂で即死だろう。
だがバニ山は違う。 対物ライフルの直撃すら耐える超合金のボディと衝突し、砕け散ったのはむしろスレッジハンマーの方だった。
「う、うわぁお……」
「損傷率2%、問題ない。 少々服のクリーニングが手間になるだけだ」
「お客様お客様お客様お客様」
意味のない言葉とともに折れたハンマーが何度も振り下ろされ、バニ山の頭部を殴打する。
だがいまさら壊れた武器で怯むことすらなく、バニ山は攻撃を無視して液体生の腕を掴み、力任せに床へと叩きつけ――――
「――――ダメですバニ山さん、罠です!」
「なんとっ」
戦場は灯りの少ない階段の踊り場、その中でギラギラと輝く銀色の液体は実によく目立つ。
だからこそバニ山は気づけなかった。 床の色と同化し、自らの足元に広がる水たまりの存在に。
薄く広げられた水たまりはめくれあがってバニ山を包み込み、そのまま天井へと貼り付ける。 硬い金属でではなく、柔らかくトリモチじみた拘束はバニ山の馬力だけではすぐには引きはがせない。
「抜かった! 逃げろお客人!」
「に、逃げろと言われましても……!」
水たまりの一部が切り離され、おかきの目の前にベチャリと落下する。
大きさにして子どもの頭ほどしかない体積量、それでもおかきの身体を串刺しにするには十分すぎる。
逃げようにも背後は屋上、8階建ての建物は飛び降りれば間違いなく死ぬ。 おかきの手元にあるのは殺傷力の低い小口径の拳銃が1丁のみ。
(銃はたぶん効かない……! むしろ液体が飛び散る方が危険。一度逃げてバニ山さんが脱出する時間を……稼げるのか、1人で!?)
危機に瀕し、走馬灯の如く回り出す頭が打開策を模索する。
銃撃や肉弾戦は液状の身体に対して効果は薄い。 グレネードの1つでもあればまた話は違うだろうが、ホテル内でそんなものを爆破させるわけにもいかない。
這いずる液体から逃れるべく、一歩一歩と踊り場を徐々に退くおかき……その目の前にガランと音を立て、と何かが落ちてきた。
(これは……バニ山さんの――――)
足元に転がったのは、先ほどすっぽ抜けたバニ山のロケットパンチだった。
液体生物の妨害を受け、おかきの頭上を飛び越えて天井に突き刺さったものが自重で落ちてきただけのこと。
……液体生物はバニ山の行動に対し、このロケットパンチだけは妨害してきた。
(いや、違う……ロケットパンチだけじゃない、旅館の時でもアレはたしか――――)
「お客人、何をしている! シェラスコにされたいか!?」
「バニ山さん、これ! このパンチってスタンガン機能もありましたよね、今使えますか!?」
「むっ、無論バニ山ぱんちBluetooth対応だが?」
「じゃあ今すぐに起動させてくだ……さいっ!」
近づく液体生物に向け、おかきは足元のロケットパンチをシュート。
不格好ながらまっすぐ飛んだ腕は液体に直撃し、ベシャリと飛沫が飛ぶ。
その瞬間、バニ山が遠隔でスタンガンのスイッチを入れたことにより、腕と液体の間に火花が散った。
流れる電撃に合わせてビクビクと痙攣すること数秒、銀色の光沢を失った液体生物は輪郭を崩し、物言わぬ小さな水たまりへと変わり果てる。
同時にバニ山を天井に接着していたトリモチも効力を失い、彼女は再び階段の踊り場へ降り立った。
「お客人……これは?」
「やっぱり……“電気”だ。 ギンイロオバケは、電撃に弱いんです」




