ギンイロオバケの怪 ②
「んふふふふっ! 美味しい、海の幸美味しい! お酒もう一杯!!」
「食べ過ぎですよ先生、お腹壊しても知りませんからね」
「だってこんな人間らしい食事も久々で……嬉しくってぇ……!」
「教員とは過酷な仕事なのでございますね……」
「水月ちゃん、この人はちょっと舌と脳が酒にやられとるからあんま参考にしたらアカンで」
調査という名目で海を堪能したその日の夜、おかきたちは新鮮な海の幸を堪能していた。
卓上には所せましに船盛や天ぷらに炊き込みご飯から潮汁と並べられ、香しい匂いが胃袋と鼻腔を直撃する。
なお元から小食なうえ、めまいがするような高級食材に気おされたおかきはほとんど喉を通らず、しらすご飯や少量の刺身で慎ましく先に夕食を終えていた。
「うーんどれもこれも美味しい! 地酒も美味しい!! 最高!!!」
「旅館に置いてあるアルコール全部飲み干す勢いね」
「心配するなお客ども、お酒も魚もまだまだある。 ほかに客がいないからな」
「バニ山さん、悲しいこと言わないで……」
「そうですよ、この状況を何とかするために私たちがいるんですから」
「とはいっても前途多難よねぇ」
石を投げ込まれて窓を割られ、根も葉もない風評被害を流布され、挙句の果てに幽霊騒ぎ。
潮音旅館が受けている被害は甚大だが、今日の調査を経てもなお、具体的な解決策は立てられずにいた。
「確認なんやけど、窓を割られた件とか警察には相談したん?」
「はい、被害届は提出しています。 ですが犯人に繋がる証拠がないため積極的に動いてもらえなくて……」
「子どもだからって舐められてるわねー……いっそでっち上げられないかしら」
「甘音さん、冗談が過ぎますよ。 それに誰が犯人かもわからないですし」
オレンジジュースのグラスをくるくる回しながら、冗談めかして危うい提案を口にする甘音を、おかきがたしなめる。
半分冗談であるだろうが、彼女にとっては半分本気だ。 ルームメイトとして甘音の行動力と思い切りをよく知るおかきだからこそ今のうちに釘を刺す。
「最有力は青凪ホテルやけど、今んとこそれもギリギリ疑惑ってところや。 なあ水月ちゃん、宿がこうなる前って青凪とはどういう仲やった?」
「良好ではないですね……お客様の利用率も潮音と青凪で4:6ほどで、経営面なら恨む立場は潮音旅館にあるかと」
「うーん、売り上げで負けてるから腹いせにってわけじゃなさそうよね。 他に恨みを買ってそうな心当たりはない?」
「えーっと……申し訳ありません、私の思いつく限りでは……」
「まあせやろな」
「青凪の社長さんが自分の息子と私を結婚させたいと常々おっしゃってたぐらいしか……」
「それやーーーー!!!!」
「ふぇ!?」
「なんでそれもっと早く言わないの!? 水月ちゃんの両親は納得してるの!?」
「いえ、父も母も反対していて……そもそも父と青凪の社長さんは母を巡った恋敵だったとか聞いたことが」
「うわぁ……うわぁ……なんだか先生ちょっと鳥肌立っちゃった」
「愛した人が手に入らないなら、その人の娘と自分の息子を……」
「キッショいわぁ……いやほんまキッツいわ」
ピースが揃ってしまえばパズルの完成はあっという間だった。
昼ドラじみたドロドロの構図は女性陣のエンジンをたちまち吹かし、まだ見ぬ青凪ホテルの社長へ軽蔑の視線が向けられた。
「み、皆さん落ち着いてください。 そもそもまだ想像の話ですよね? たしかに水月さんの証言は無視できませんが……」
「だってこれもうほぼクロでしょ!? その息子ってのも何歳よ、場合によっては児ポ案件だわ!」
「先生ちょっと小山内先生に通報してきますねぇ」
「明日! 明日青凪ホテルに行ってみましょう! 小山内先生との情報共有もそこで!!」
青凪ホテルに潜入中の小山内に連絡が向かえば、そのまま死人が出かねない。
未来の殺人を阻止するため、おかきは酒の入った飯酒盃を全力で説得した。
「定期連絡の時に異常はないと報告は貰っています、今夜はもう時間も遅いですし潜入中の小山内先生に迷惑がかかるかもしれませんよ! 今夜は別の角度から事件を調べてみませんか?」
「別の角度って……例えば?」
「えーと……ほら、今朝投げ込まれた石に何か手掛かりがあるかもしれませんし」
「ほう、こちらに目をつけるとはお目が高いなお客人。 ぜひまじまじと観察するがいい」
そういっておひつを抱えたままのバニ山がうさ耳の下から取り出したのは、今朝旅館の窓を叩き割った例の石礫だ。
証拠品としてビニール袋に密封された石は保存状態も良好であり、小山内が調べてから誰も触れていない。
「どうしてバニ山さんが持っているんですかね……なんだか生暖かいですし」
「重要な証拠品となる気がしたのでしっかり保管していた、バニ山ヒーターで人肌程度に温いぞ」
「いらんねんその気使い」
「でもそれって小山内先生が調べたのよね? 指紋がついていたわけじゃないし、いまさら何かわかるかしら」
「それを今から見てみないと……?」
手のひらでビニール越しに石ころに触れたおかきは違和感に気づく。
柔らかい。
指先に触れた感触は固体というよりも液体に近かった。
それもそのはずだ、なぜならビニール袋の中にあるはずの石ころはいつの間にか銀色の光沢を纏う液体に入れ替わっていたのだから。
「はっ? なんで――――」
「……むっ?お客人、危ないぞ」
何が起きたのかわからずに思考が固まるおかきの手の中で、銀色の液体は小さく震えてその液面を揺らす。
そして次の瞬間、銀色の液体は全身を剣山のように変化させ、その鋭い針をビニール袋を突き破って部屋中へと突き立てた。




