魔法戦士ここにあり ⑤
「ミュウさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……です……っ」
ミュウは気丈に振舞うが、その身体に受けたダメージは大きい。
抵抗した分おかきより長時間拘束され、その状態から力づくで念動力を引きはがしたのだ。
ナイフが突き刺さった傷口からは鮮血も滴っている、もう一度念動力に捕まってしまえば逃げる体力は残っていない。
「クソがぁ!! あのガキどもぶっ殺してやる!!」
「おちつけ姉貴、射程も手数もバレてんだ。 下手に突っ込むとさっきと同じことになるぞ」
「だったらどうするってんだよ!」
「じっくり追い詰めてやればいい、こちらが有利なのは変わらないんだからな」
「…………」
動揺を隠しながらも、おかきの心中には焦りが広がる。 彼の指摘通り、追い詰められているのはカフカたち2人だ。
レキの射程に対して部屋の面積はあまりに狭い、このまま壁際に追い詰められるだけで捕まってしまう。
そうでなくとも次元の転移能力に引っかかった瞬間、射程内へ送り込まれてゲームセットだ。
「ミュウさん、あまり動かないで。 傷に障ります」
「でも……」
「一歩でも動けば転移の餌食です、おそらく彼の能力は目標が移動しない限り発動できない」
ミュウを助けられない歯がゆさを噛みしめながら、おかきはずっと3人の戦いを観察していた。
だからこそ気づいたことがある。 もし転移能力に制限がないなら、壁にかかっている武器をミュウの体内にでも転移させればいい。
なのに彼はしばらく後方で戦闘を傍観し、能力を使う際も足元のナイフもわざわざ拾って投げていた。 その違和感からおかきは発動に何らかの制約があると推測した。
「マジか、弱いくせにやりにくいなあいつ」
「あはは、ダッサ! けどさぁ、わかったところでどうにかできるわけ?」
「どうでしょうかね、試してみますか?」
「ブラフだろ。 俺の能力を推理したのはすげえけど、つまりあんたらはそこから動けないってことだ」
次元の指摘は間違っていない。 能力の分析が的中しているということは、動いた瞬間に転移の網で捕らえられるということだ。
そのうえおかきたちが動けない中、レキは得意の念動力で手の届く範囲の武器をかき集めている。
あの数を投擲されると、弾切れより先にミュウが力尽きてしまうだろう。
『おかきちゃん、一瞬でいい。 どうにかあの2人に隙は作れないか?』
「アイデアは1つありますが、怒らないでくださいね」
『方法にもよる、隙を作ったらイヤリングを彼らめがけてぶん投げてくれ。 ぶつけなくていいから気軽に』
おかきは言葉で返事を返さず、イヤリングをノックして答えた。
ミュウを抱き寄せる腕に自然と力がこもる。 彼女は十分頑張った、次は自分が体を張る番だと言い聞かせるように。
「姉貴、それ以上距離は詰めるな。 集めた武具をしこたまぶん投げろ、間違ってもオカキには当てるなよ」
「はははっ! 手ぇ滑るかもしれんからちゃんとサポートしろよなぁ!!」
「クソがよ!」
レキが振りかざした手を振り下ろした瞬間、宙に浮かぶ無数の武器が次々と射出される。
5つの念動力を代わる代わる動かしながら投げつけられる弾幕に切れ目はない。
「ミュウさん、盾を!」
「ん……!」
「バーカ、ぶち破ってやるよ!!」
ミュウが警棒を掲げると、魔法陣の盾が再び展開された。
目論見通り飛来する武器の数々を防いでいるが、衝突のたびに嫌なヒビが魔法陣の表面に刻まれていく。
ミュウの体力、あるいは魔力のようなものがもたないのかもしれない。
「バカ、オカキごと殺す気かよ! 退け!!」
「あぁ!? 邪魔すんなバカ、死ね!!」
2人とも串刺しにする勢いの姉を手で避け、弟の次元が戦闘に介入する。
彼が手をかざすと、魔法陣に飛び込んでいく武器の一本が突然消失し、ミュウの背後へ転移する―――――その瞬間をおかきは見逃さなかった。
「ここぉ!!」
「う、おおおおおおおお!!?!?」
速度を落とさずに背後へ転移した槍がミュウを貫くまさにその寸前、おかきはその間へ自分の体を投げ出した。
心臓へ突き刺さる直前に次元がとっさに明後日の方向へ槍を再転位しなければ、おかきの命はなかっただろう。
だがアクタとの約束を守ろうとした彼の行動は、この局面で致命的な隙を晒すものだった。
「キューさん、あとは頼みますっ!」
『ナイスおかきちゃん、この件も局長に伝えておこう!』
「頑張ったじゃないですか私!?」
おかきは片耳のイヤリングを千切ってレキたちに投げつける。
それは狙いこそ甘いものの、綺麗な放物線を描きながらまっすぐに飛んで行った。
「なんだ、爆弾……!? 止めろ姉貴!」
「わぁってるようるさいな!!」
『おかきちゃん耳塞いで! 対象以外の機器接続一時切断! 音量MAX!! くらいやがれぇー!!』
おかきとミュウが耳を塞いでもわずかに聞いたものは、黒板にフォークを突き立てて思い切り引っ搔いたような形容しがたい不快音だった。
「「――――ギャアアアアアアアアアアアア!!!?!!?!?」」
『人間の本能に刻まれた最も不快な音声だ、SICKはこういうデータも集めてるんだぜ! いまだおかきちゃん!!』
耳を塞いでも鳥肌が立つ音響兵器を直に浴びた2人は悲鳴を上げ、宙に浮かんでいた武器も落下する。
それは姉弟たちの集中力が途切れた証拠であり、おかきたちが反撃する最後のチャンスだ。
「ミュウさん! 跳んで、そのまま天井を思い切り叩いて!!」
「ん……!」
ミュウはおかきの指示通り、天井目掛けて全力の跳躍をみせる。
そしていまだ魔法陣を展開している警棒を強く握りしめると、弾丸のような勢いを余さず伝えるように直上へ叩きつけた。
「ぐっ!? こいつ、どこまで俺の能力を!!」
石削りの天面は衝撃で大きく振動し、埃か土煙かわからない粉塵が降り注ぐ。
すると、粉塵が充満する室内にくっきりと透明な何かの輪郭が浮かび上がってきた。
「おそらくあなたの能力は2つの座標を繋ぐワープゲートを作る能力です、対象が動いてゲートに触れた瞬間にAからBの座標へ転移する」
「ぐっ……!」
「最初に姉だけ戦わせていたのもそのせいです。 ミュウさんが部屋へ入ってきたときに扉を壊し、足元に土ぼこりが舞ったせいで能力が露呈しまうから!」
「だけど、こうなると丸見え……です!」
「っざけんな、その程度でイキってんじゃねえぞ!!」
額に青筋を浮かべたレキが再び念動力を行使する。
だがその動きもまた、粉塵の動きで輪郭が見えるものだ。
ミュウにとって自分を狙う念動力の帯など、見えてしまえば何の脅威でもない。
「クソ、クソ、クソクソクソ!! なんで、当たんない!?」
天井を、床を、壁を、縦横無尽に駆け抜けるミュウは、器用に転移と念動力を避けながら瞬く間に距離を詰める。
そのまま2人の頭を警棒で打ち据え、意識を奪うまでわずか2秒。
永遠にも思える死線を超えた決着は、なんともあっけないものだった。




