トンチキ海物語 ④
「いやあまさかこんな美味しい役割が回って来るとは! SICKとのコネは握っておくものだね!」
「おかき、セクハラは同姓でも成立するから何かあったら大声を出すのよ」
「異性です」
「それはそれでド直球にアウトちゃうか」
世の中が夏季の長期休暇を謳歌する高速道路上、おかきたちを乗せた偽装車両は一般車両に紛れ、海水浴場に向けてエンジンを吹かしていた。
空は雲一つない晴天、絶好の海日和だというのにおかきの心は相反して曇り空だ。
「安心してほしい、わたしとて淑女としての振る舞いは忘れていない。 ましてや未成年の教え子に手を出すなんて言語道断だよ」
「意外にもその辺の良識は持ち合わせてるのね……」
「ただ藍上くんの精神は成人男性と聞いているので合法だと思うんだ」
「いくら教師でもグーが出るわよ」
「こちらも小山内先生が元公安という話は聞いてましたが……プライベートでも飯酒盃先生と仲がいいんですね」
「聖とはわたしが現役だったときから交友があってね、情報規制や極秘の任務にあたる際にSICKと協力することも少なくなかったよ」
「ついでに言えば飲み友でぇ~す、いぇい」
一応部下であるおかきが狙われているというのに、助手席に座る飯酒盃はビール片手にバカンス気分だ。
なおSICKの地下ドッグを出発してまだ30分も過ぎていないが、彼女が明けたビールの本数はすでに1ダースを超えようとしている。
「こんな大人たちに日本の治安は守られているのね」
「終わりやこの国」
「神にも見捨てられたわね」
「さて、親睦を深める歓談も名残惜しいが到着前に任務のすり合わせを行いたい」
「溝しか深まってませんが?」
「大丈夫よぉ藍上さん、小山内先生はこう見えてたちが悪いことに実力だけはたしかだからぁ」
「目的地は青凪クリスタルビーチ、任務はカフカ第10号ことバニ山バニ恵の身柄確保。 ここまでは相違ないね?」
背中に突き刺さる冷たい視線も気にせず、小山内はハンドルを握りながら鋼のメンタルで話を進める。
任務の内容は皆把握しているはずだが、それでも認識のすり合わせを再三行うのは、仕事に対する彼女の真面目な姿勢の表れだろう。 性癖はともかく。
「ところでわたしは詳しくないのだが、そのバニ山というメイドさんは稲倉くんのような特殊な力を有しているのかな?」
「バニ山はああ見えて全身機械のロボットメイドや。 馬力も強度も人並み以上、体中のいたるところに武器やらなにやら収納されとるで」
「全身ロボって……飯酒盃先生、バニ山さんも我々と同じカフカなんですよね?」
「ええ、発見経緯としては都内の老人ホームから警察に入った通報がきっかけだったわ。 “謎のメイドがホーム内で暴れている”ってね」
「それがバニ山さんだったと、元となった人物の特定は?」
「同じタイミングでその老人ホームで生活していた80歳の老女が1人失踪、この女性がカフカとなった可能性が高いわ。 認知症がかなり進行していたみたいで……」
「せやから主人格は押しのけられたとうちらは考えとる、副人格がエグい子子子や瀕死でカフカになった陀断丸とはまた別のパターンやな」
「ちょっと待って、そのおばあさんってバニ山バニ恵……えーと、ゲームとしてのキャラクターは知っていたの?」
「調査記録によるとお孫さんのスマホに該当するソシャゲがインストールされてたわ、だから家族が訪問した時に接触した可能性はある」
「そのお孫さんたちにはあまり聞かせたくない話だね……ちなみにその子の年齢と身長は?」
「おうこら」
ツッコミを入れようにもボケ役がハンドルを握っているもどかしさに顔を顰めている間にも、おかきたちを乗せた車両が高速を降りて一般車線へと合流する。
ふと酒臭さを逃がすためにおかきが薄っすら窓を開けると、風に乗った潮の匂いが鼻先を掠めた。
「そろそろ到着だね、皆荷物をまとめて降りる準備を。 聖、足元にわたしのバッグが置いてあるから一眼レフを取り出しておいてくれ」
「窓からぽぉい」
「わたしの藍上くんwith水辺の無垢な子どもたち水着激写(予定)フィルムー!!?」
「事前に犯罪の芽を摘みましたね」
「ええことしたなぁ飯酒盃やん」
――――――――…………
――――……
――…
「青い空ー! 白い海ー! やって来たわよ青凪クリスタルビーチ!!」
目いっぱいの潮風を全身で浴びた甘音は、長時間の車移動で凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをする。
サンダルに入り込む熱砂すら慈しむように目を細め、波の音に耳を傾ける姿は何も知らない第三者が見れば貞淑な令嬢に見えることだろう。
だが内情を知るおかきはその背中に呆れた目を向けていた。
「甘音さん」
「んーやっぱ海の匂いって独特よね、私は嫌いじゃないけど」
「甘音さん」
「あっ、おかき見て! あっちに海の家があるわ、あとでかき氷買いに行きましょ!」
「甘音さん、そろそろこっち見てください」
「…………やだ」
おかきがいくら呼び掛けても甘音は海から視線をそらさない。 いや、より正確に表すなら頑なに背後を振り返らない。
なぜなら自分の背後に何が建っているのかを彼女は一度見てしまったのだから。
「どうしたのかな天笠祓くん、急がないと時間は待ってくれないぞ? まずは宿に荷物を預けて身軽になろう!」
「……小山内先生、一応確認だけどアレが私たちの宿って認識で合ってる?」
「ああ、間違いないとも。 ビーチまでおよそ徒歩5分、なかなかいい立地じゃないか」
「そうね……条件だけ見ればそうよね、だけど……だけど……あんまりだわー!!」
意を決して振り返った甘音は受け止めきれない現実に大きな泣き声を上げる。
海から少し離れた小高い丘の上には、まるで幽霊屋敷のような様相の館がどんよりと佇んでいた。




