魔法戦士ここにあり ②
「おかき! ミュウ! あとついでに山田! 聞こえたら返事せえ!!」
暗闇に向けて叫ぶ声に、返事が返ってくることはない。
ウカは自らが置かれた状況を再度噛みしめ、己の不甲斐なさに舌打ちを鳴らした。
「クッソ! うちはアホか……!」
考えればすぐにわかったことだ、敵には複数の能力者が揃っている。
異空間の製作者と組み合わせれば、ウカたちを分断することなど容易いだろうに。
「キューちゃん、局長! ……通信もダメか、GPSも途絶えとるなこれは」
「うーん、ボクもダメだ。 異空間だから電波届かないねこれ」
「ホンマ面倒やな空間異常系のオブジェク……って生きとったんかい山田ァ!?」
「生きてるよ、勝手に殺さないでくれない!?」
ウカの背後に広がる闇から現れたのは、一度ははぐれたはずの忍愛だった。
「もー、先輩だけ勝手にはぐれるんだもん。 心配したじゃん、ほら戻ろ戻ろ」
「お前なぁ、生きとったんなら返事ぐらいせえ。 おかきたちも居るんか?」
「こっちも呼んだよ、たぶんある程度離れると声も聞こえなくなるんだこれ。 おかきちゃんも一緒にいるから、早く」
「ほなよかったわ、心配したでまったく……」
はぐれないように忍愛が差し出した手を掴み、ウカはため息をこぼす。
――――そのまま狐耳を総毛立たせ、瞳孔を細くしたウカは、空いた片手を握りしめて振りかぶった。
「“かけまくもかしこき我らが父よ、常世現世の仲執り持ちがかしこみもうす!!”」
「……!!」
肉よりも柔らかい半液体の塊を殴る感触、忍愛の顔面がグズグズに溶けて崩壊する。
威力はほとんどジェル状のなにかに緩和され、化けの皮を被った中身までウカの拳が届かなかった。
「う……そ、だろお前ぇ!? なんでバレた!?」
「なんとなく、山田はおかきのこと“新人ちゃん”って呼ぶんや。 それでも確証はなかったけど本物ぶん殴っても罪悪感ないしまあええかなって」
「鬼かよアンタ!?」
忍愛の形をした肉がドロドロに崩れ、その中から一回り小さい少年の姿が現れる。
剃りこみが入ったツーブロックの茶髪、耳や唇に突き刺さる大小のピアス。
不良にあこがれてちょっとやらかした中学生、それがウカから見た第一印象だった。
「なんや、変身系の異能者っちゅうんはもっと大人しい見た目しとるもんやないか?」
「勝手に決めつけんじゃねえよガキ! だがバレちまったもんは仕方ねえ、お前の相手はこのミック様だ!」
「ほぉん? ほな運が悪かったなぁ坊主」
腰ポケットからバタフライナイフを取り出して構える少年に対し、ウカは無手のままで拳一つ握らない。
まず間違いなく敵の能力者。 そのうえわざわざ異空間の中で仕掛けてきたということは、この少年は間違いなく帰り道を知っている。
「そないオモチャ一本でどうにかなると思うたらあかんで? 坊主の相手は、神やさかい」
ウカにすれば、ナイフを構えた少年の姿はネギと土鍋を背負ったカモにしか思えなかった。
――――――――…………
――――……
――…
「ねー、次元。 あいつ誰? アクタ言ってたやつ?」
「低い背丈、片目が隠れる黒い長髪、焦げ跡付きのコート……姉貴、たぶんこいつがオカキってやつだ」
「マジか、外れ引いたじゃん。 殺しちゃだめなやつー」
「…………」
のんきな会話を続ける2人を警戒しながら、おかきはゆっくりと距離を取る。
室内の広さは雲貝と戦った遊戯室とそこまで大差はないが、目を引くのは異様な内装だ。
壁には先ほど投げつけられた槍や剣、ハルバードや鎖鎌など様々な凶器が立てかけられている。
さらに家具のような顔をして居座っているのは、おかきでも知っているような鉄の処女や電気椅子といった拷問器具の数々だ。
「あっ、分かってると思うけど逃げんじゃねえぞ。 怪しい真似したら手足千切るぐらいは許されるっしょ?」
少しずつ後退するおかきの背が、壁にぶつかる。
一瞬だけ壁に向けた視線は、その表面にこびりついた赤黒い染みを見逃さなかった。
「バカ姉貴、普通の人間は手足無くなったら死ぬからな?」
「はっ? ウザッ、あいつらただの人間じゃないんでしょ? なら手足ぐらいグチャグチャにしても大丈夫でしょ」
「……人間ですよ、大怪我すれば死にますし治るのだって人並です」
「へぇ、じゃあもしかしてアタシらの方が優秀って感じ?」
見下すような笑みを浮かべる紫髪の女は、おかきを手招くかのように片手を動かす。
するとおかきの手に握られた拳銃は、磁石に吸い付くかのように引きはがされ、女の手元に収まった。
「あっ……!」
「自己紹介するわ。 アタシはレキ、見ての通りチョーノーリョクシャ! 能力は見ての通りぃ……」
レキと名乗った女は、おかきから強奪した拳銃をおもむろに自分のこめかみに向け、引き金を引く。
けたたましい銃声を響かせて吐き出された弾丸は、彼女の頭部を貫くことなく、その寸前で停止した。
「――――念動力ってやつ、あんたの手足ぐらい簡単にねじ切れるんだわ。 ってかうるさっ、耳キーンってなるわ!」
「バカ姉貴、自分の能力過信しすぎだろ。 そのまま死んだら間抜けすぎんぞ」
「うっせバーカ。 ああこいつは弟の次元、能力は秘密ー」
「……姉弟、ですか」
「それがなに? まあそういうわけだから変な真似するなよな、あんたはアクタの獲物だから傷つけるとアタシらが怒られるし」
「…………」
唯一の武器である拳銃は奪われ、仲間もいない。
やぶれかぶれに肉弾戦へ持ち込もうものなら、この距離を詰める前に念動力で手足を封じられておしまいだ。
隣の弟に至っては能力すら不明、勝ち目は1%もない詰みの状態におかきは追い詰められていた。
「ウカさんたちはどこにいるんですか?」
「知らねーし、てかもうどこかで死んでんじゃね? あんた以外用はないみたいだし」
「私に何の用事があるんですか? 追加の人質としての価値はありませんよ」
「ンなことアクタの奴に聞けし、ほんっとむかつくわーあの女」
それでもおかきはできるだけの情報を引き出そうと会話を試みるが、アクタの話題が出た途端、レキの機嫌がみるみる悪くなる。
紫色の髪をガシガシと掻き、近くの椅子へやつあたりの蹴りをお見舞いする姿は、名探偵でなくとも両者の仲が悪いと察するには十分な情報だった。
「ってかさー、あいつの言うこと聞く必要なくね!? 何様だよ、アタシより弱いくせに!」
「姉貴、口を慎め。 うちは仲間割れ厳禁だぞ」
「知るかよバカ! ねえ、お前もそう思うっしょ!?」
「いや、私は―――ぐっ!?」
突然、おかきの首に見えない何かが巻き付き、声も出せないほどの力で締め上げられる。
必死にほどこうとおかきは首を掻きむしるが、かろうじて呼吸を確保するのが精いっぱいだ。
「か、は……ぁ……!」
「おいバカ、何やってんだクソ姉貴!!」
「こいつ今アタシのいう事否定しやがったよな? クッソむかつくわ、死ねしマジで!!」
「お前アクタさんと戦争する気か!? ボスにもなんて言われるかわからねえぞ!」
「うっせ、アタシの勝手だろ!? 喧嘩上等じゃん、この際どっちが上か分からせてやる!」
絞め上げる力はどんどん強くなる、呼吸ができないどころか首を折る勢いだ。
おかきはだんだんと遠のく意識の中、自分の肉と骨が悲鳴を上げる声と、部屋の扉がノックされる音を聞いた。
「アクタか? ちょうどいいや、良いもん見せてやるから入って来いよ! 大事なオカキちゃんが死んじゃってもいいのかなぁ?」
「おい、マジでシャレにならねえぞバカ!!」
「…………そこに、いるですか? おかき、さん……」
「っ…………」
アクタの声ではない。
その小さく、幼い声をおかきは知っていた。
自分の袖をつかみ、ずっと後ろをついてきた小さな女の子の声を。
「は? テメェ、誰――――」
「―――今、助けるです」
次の瞬間、分厚い鉄の扉はまるで紙切れのように千切れ飛んだ。
 




