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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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命賭け ⑤

「おかき、あとで説教な」


『局長にもこの件は話してあるから、こってり絞られておいで』


「どうして……」


 文字どおり命懸けの勝負に勝ったのも束の間、おかきを待っていたのは修羅と化したウカだった。

 顔こそ笑ってはいるが、頭部のキツネ耳や尻尾は毛が逆立ち、怒りを隠しきれていない。


「まあまあセンパイ、勝ったんだからそんな怒らなくても」


「ぶち殺すぞ」


「サーセン……」


「なんで無茶したんや、あのままなら時間切れでおかきの勝ちやったのに」


「いえ、時間切れだけではゴネられる可能性があったので」


 今にもゲンコツを振り下ろされそうな頭をガードしながら、おかきは弁明を述べる。

 

「まずはじめに敗北時の条件を提示された時、あまりにもふざけた内容に初めは裏を疑いました」


『まあね、おいらたちも敗北を条件とする契約能力の類を考えたよ』


「しかし実際にはろくな企みもなく、保証や担保もないまま口約束のみでお粗末な賭けが実行されました。 この時点で考えた可能性は2つです」


 おかきは指を2本立て、拳から逃げるように部屋をうろうろ歩きながら話を続ける。

 ここまでくるとウカの怒りもいったん収まり、逆立っていた毛並みも落ち着きを取り戻しつつあった。


「①:事情を何も知らず、アクタたちに利用されている。 ②:事情を知りながら、現状を甘く見て軽んじている」


『ただ、天使の妙薬について知っている時点で①のパターンはない』


「ええ、なので②だと推測しました。 その場合、ギャンブルの勝敗すら軽んじられてうやむやにされるかもしれない」


「違う! 俺はそんなふざけた真似は断じてしない!」


「幸運の能力で絶対に勝つ自信があるから言えたセリフですよね、あのまま時間切れで敗北してもあなたは納得できましたか?」


「…………」


 冷ややかに見下ろすおかきの視線に、雲貝は何も言えない。

 その沈黙こそが何より雄弁な答えだった。


「なのであなたに負けを認めてもらう必要がありました、罪悪感に苛まれるような良心が残っていたようで何よりです」


「……イカれてんだろ、そのために自分の命を使うのかよ」


「本気で死ぬつもりでないとあなたの幸運が使えないですからね、純度100%の賭けでした」


「ほう、ほんまに死んでたらどないするつもりやった?」


「大丈夫ですよ、私が抜けるぐらいなら戦力的にはそこまで痛手ではふぎゃんっ!?」


 今度は迷いなく、おかきの脳天にウカの鉄拳が振り下ろされる。

 鈍い音を立てたその拳の威力は語るまでもない、当事者でないはずの忍愛も思わず顔をしかめて自らの頭を抱えた。


「うあああおうぉうぅおう……! ど、どうして……」


「もう一度アホぬかしたら今度は両手で殴るで、そのドタマ残ると思うなよ」


「それ新人ちゃんの死因がセンパイになるだけだよ」


「黙れ小娘」


「はい……」


「で、でも大丈夫なんですよ。 もし私が死んだ場合は、ずうずうしい話ですがウカさんたちが仇を取ってくれるでしょう?」


「そこのスカしたガキの骨も残らず消し飛ばしたるわ」


「こっわ……」


 ノータイムで殺害宣言を飛ばすウカに雲貝が椅子ごと身体を引く。

 いくら幸運に恵まれているとはいえ、損得勘定を度外視した復讐者など誰だって相手にしたくはない。


「その結果は見ての通り彼の望むものではない、なので幸運の力によって私の死は避けられた……はずです」


『確証がないねえ、全部ただの憶測だねえ』


「確証があると賭けが成立しないので……」


『そうかいそうかい。 ウカっち、やっぱりもう一発ゲンコツかましていいよ』


「よっしゃ歯ぁ食いしばりぃや」


『イチャついてねえで先進め、説教は後にしろ。 ラッキーボーイも困ってんぞ』


「そうですよウカさん、今は何よりも甘音さんの救出が最優先ですよ冷静に考えましょう暴力はよろしくない」


「ここまで必死な新人ちゃん初めて見た」


 おかきは二度目のゲンコツを何としても避けるためにも必死に口を回す。

 とはいえその言い分も一理あることはウカも理解している。 ここは敵地、貴重な時間を喧嘩に割くよりもやるべきことはたくさんある。


『おかきのやり方は褒められたもんじゃねえが、おかげで先に進めるんだ。 文句はあとでたっぷりと言ってやればいい、オレも手伝う』


「えっ」


「チッ……まあええわ、ほんじゃ色々聞きたいこと聞かせてもらおうか。 キリキリ吐いてもらうで」


「はいはい。 それで何が聞きたい、俺のLINEか?」


「山田、こいつ一発シバいていいで」


「ちょっと待って今肩暖めるから、命が残ると思うなよ」


「待て待て待て、わかったわかったまじめにやるよ。 天使の妙薬についてだろ?」


 席に座ったまま、両手を上げて降参の意を示す雲貝。

 おかきの懸命な脅迫により、抵抗する意思は完全にそぎ落とされていた。


「あー……そうだな、あんたらあのヤクについてどこまで知ってる?」


「たしか幸せな記憶を奪う中毒性の高い覚せい剤、ですよね」


「半分正解ってところだな、そこまではただの()()()でしかない」


「なんやいっちょ前に勿体ぶるなら一枚ずつ生爪剥がしていこか」


「俺の能力さぁ! 生まれつきのものじゃないんだよ、ここまで言えばなんとなくわかるだろ!?」


『……まさか、そういうことか? とんでもないものを作ってくれたな君たちは』


 何かを察した宮古野が、通信機越しでもわかるほどに動揺と怒りが入り混じった苦言を呈する。

 続いておかきもその言葉の真意に気づき、柔らかな頬に冷や汗が伝った。


「あれはたしかにただ使うだけなら性質の悪いクスリだ。 だけどな、たまに“適合”するやつがいるんだよ、俺たちみたいにレアな人材が」


『……こりゃ乗り込んで正解だったな、早く潰さねえととんでもねえことになるぞ』


 そしてここまでの情報が出そろえば、「全知無能」は確実な答えを導き出せる。

 天使の妙薬の正体は、異常を世に広めないことを信条とするSICKにとって、最悪と言ってもいい部類の劇物だった。


()()()()()()()()()()、それが妙薬の正体か。 表社会に漏れたらシャレにならねえ被害が出るぞ』


『A班、局長に今すぐ取り次いで。 カフカたちは待機……いや撤退! 藪をつついたらとんでもないものが出てきた、申し訳ないけど救出作戦どころじゃない!』


「進みましょう、ウカさん、忍愛さん」


「えっ、帰んないの? 副局長命令だよ?」


「アホ、お嬢のこと見捨てろ言われてんねん! ここで引き下がってられるか、はよ扉開けんかい優男!」


「はいはい、すぐ開けるからちょっと待ってろ生爪に手かけんな手を!」


『クッソー、そういうと思ったぁ! 誰か彼女たち止めてー!』


「あー、誰喋ってるのか知らないけど引き下がんのは無理だよ。 俺開けられるんの先に進む扉だけだし」


 ウカに片手を拘束されたまま、雲貝は扉の前に立つ。

 頑丈な鉄扉の正面には液晶モニターが張り付いており、高速で回転するスロットのアニメーションが写っていた。


「4桁の暗証番号を入力すれば進めるけど、見ての通り入力はこの回転するスロットを止めなきゃならない。 リールも乱数で滑るから目押しも不可能だ」


「なるほどな、よっぽど運がよくないと開かないっちゅうことか」


「そうそう、だから俺しか開けられないってわけ」


 話しながらも雲貝が無造作に画面をタッチすると、4つのスロットはゆっくりと停止し、ガチャリと音を立てて扉が開く。

 隙間から覗くのは一寸先も見えない闇だ、不思議なことに光を当てても何も見えない。


「よし、用済みや。 死にたくなかったらこの部屋で大人しくしとき」


「おっとっと……あれ、俺を人質代わりに連れて行かなくていいの?」


「あなたを連れて行くと余計な幸運が発動するかもしれないので。 じきにSICKの方々が制圧するはずなので、抵抗しなければ悪いようにはならないですよ」


 ウカに雑な扱いで投げられた雲貝は、そのまま勢い余った近くのソファに座り込む。

 天使の妙薬について暴かれた以上、SICKは血相を変えてカジノを押さえるだろう。 その際にこの部屋と雲貝も確保されるはずだ。


「それに、“人を殺したくない”と考えて幸運が働くならまだ後戻りはできますよ。 運が良ければですが」


「……なんだ、それなら心配はないな」


 暗闇に続く扉を、おかきは躊躇いもなく押し開く。

 雲貝を倒したことはアクタ達にも伝わっているはずだ、あまりもたもたしている時間はない。


「……ご武運を(グッドラック)! 戻ったらLINE教えてくれよ、ちびっ子ちゃん!」


「なあおかき、やっぱあいつここでボコしたほうがよかったんちゃうか?」


「あはは……まあ、無事に戻ったら考えておきますよ」

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