金の生る木 ④
「リーダー、少しお話が……」
「なんだ、手短に話せ。 俺ァ競りの準備で忙しい」
「はい、対象マル愛とマル薬が動き始めました。 じきにこの“箱庭”も嗅ぎ付けるかもしれやせん」
「はっ! まさか、一介の探偵サマのお頭でたどり着ける場所じゃあねえよ」
「ですが……」
「ま、警戒するに越したことはねえな。 監視だけはつけとけ、わかってると思うがアシ着く真似だけはするなよ」
「もちろん、末端の連中に札握らせます。 叩いても我々に繋がるような情報は出てこない連中です」
「それでいい、俺たちのビジネスはこんなところじゃ終わらせねえよ……ククク」
――――――――…………
――――……
――…
「何にも手掛かりがありませんわ~~~~!!!」
「そりゃまあこの程度で尻尾出すような連中ならとっくに風紀委員が動いてるわね」
「とはいえこうも進捗が無いと困ったものですね」
桜咲く旧校舎の部室の中、お手上げとばかりに両手を上げたよもぎが天井を仰ぐ。
人に聞き、猫に聞き、霊に聞き、おかきたちが調査に乗り出してから丸一日は過ぎたが、地下オークションの調査は早くも暗礁に乗り上げていた。
とにかく本丸に近づく情報が出ない。 噂レベルの話はちらほら出てくるが、どれも信ぴょう性の薄い尾びれ背びれの付着したものばかりだ。
「そもそもよもぎさんはどこでオークションの情報を?」
「アリスさんから聞きましたわ! 同室の先輩が愚痴をこぼしていたのを聞いたと」
「情報源は悪花か、なら信用できそうね。 本人に聞けば一番早いんだけど」
「残念ながらしばらく不在のようです、アリスさんも寂しがっていました」
餅は餅屋ということで行き詰ったおかきたちも真っ先に悪花を頼ろうと考えたが、部屋の扉にはマジックで「不在」と書かれた張り紙がガムテープで貼り付けられていた。
アリス曰く魔女集会の用事でしばらく席を外すとのことだが、いつ戻ってくるのかは定かではない。
「ウカも戦力に数えられないわ、しばらくは畑周辺の罠撤去に忙しいみたい」
「害獣除けにしてはやりすぎたからね、可哀そうなパイセン」
「忍愛さんもノリノリで罠を作っていたと聞きましたが」
「うっ持病の突発性難聴が……そんなことよりさぁこれからどうするの? また手当たり次第に聞き込みしてみる?」
「そうね、すでに初等部から高等部まであらかた聞いて回ったし……」
「あと話を聞いていない人となると……先生方ですわ!」
「ではでは」
さっそくスマホを取り出したおかきは電話帳を開き、通話を開始する。
呼び出し開始から3コール、彼女が自分たちからの電話を無視しないことをおかきは知っている。
『はぁいもしもし~こちら葛飾区亀有公園前派出所でぇす』
「飯酒盃先生、少し聞きたいことがあります。 今度お酒のつまみ持っていくのでお時間よろしいですか?」
『うい、なんでもどうぞぉ。 もしかして“仕事”の話?』
「そうなる可能性はありますが今のところは違うとだけ、地下オークションの噂については知ってますか?」
『ん、概要だけは。 ただ事実はどうかは教師の間でも審議中なの、そのオークションに参加したって生徒が1人でも見つかれば話が早いんだけど』
「つまり教師陣も手掛かりは掴んでいないわけですか。 盗品が出品されているらしいですが、被害を被った店舗から届け出は?」
『それもどこの店もいつの間にか商品の在庫が合わなくなっていたってケースが多くて、たぶん気づいてないだけで潜在的な被害数はもっと多いと思うんだけどぉ』
「……なるほど」
おかきはスマホに耳を当てたまま少し思案する。 気づかないうちに商品を盗み出す手際、おそらく監視カメラにも証拠は残っていないだろう。
気になるのはここまで隠密に事を進め、噂以外の痕跡をまるで残していないその手際。 オークションの参加者すら見つからないとなるとかなり組織的な犯行だ。
『それで藍上さん、今は探偵部としての活動中? それならオークションが実在するって証拠があったりするのかなぁってぇ先生気になっちゃう』
「悪花さん情報です、詳細は本人不在のため確認できませんが信じる価値はあるかと」
『あーそゆことぉ……うん、それなら十分動く理由になるか。 先生も顧問として手を貸しましょう!』
「それは助かります……けど何か当てがあるんですか?」
『ふっふっふ、当てがないなら作ればいいんですよぉ。 良いですか? ここまで徹底的な情報統制を敷く相手ならまず組織的に動いているので……』
――――――――…………
――――……
――…
「…………出てこないな」
おかきたちが集まる旧校舎、その出入り口を監視できる茂みの中、しびれを切らした男がぼやく。
すでに旧校舎に入ってから3時間は経過しているというのに、忌々しい監視対象たちはいまだ出てこない。
「クソッ、3万じゃ割に合わないってこれ……ずっとあの桜見てると頭おかしくなりそうだ」
3時間、代り映えもせず屋根に桜の樹を生やした奇怪な校舎を眺め続ける。
それは飽き性な少年にとって耐えがたい苦痛の時間だった。
積んでいたゲームも、友達との約束も、授業の予習復習も、すべて捨てて今ここにいるというのに何の成果もない。 だんだんと胸の中に焦燥感が積もる中、初めて代り映えのない景色に変化が訪れる。
「――――甘音さんは先生方に連絡! よもぎさんは理事長のところへ、私は風紀委員会に協力を要請してきます!」
「わかった、おかきも気をつけなさいよ!」
「ですわ~~!!」
建付けの悪い玄関扉が荒々しく開かれたと思えば、血相を変えた探偵部の面々が散り散りに駈け出す。
そのうえ、アングラな立場の人間からすれば聞き捨てならない指示を飛ばしながら。
「な、なんだあいつら急に……まさかオークションがバレた……!? れ、連絡……」
「……はぁい、そのまま動くなよ。 ボクらのこと監視してたの君だな?」
「――――ひっ」
ポケットの端末に手を伸ばした少年の首筋に冷たい金属の感触が押し当てられる。
人影なく、物音一つなく、少年に一切気取られることもなく、その忍びは背後に立っていた。
「飯酒盃ちゃんの言う通りだね、こっちのブラフに引っかかってくれるじゃん。 じゃあまずは知ってること全部吐こっか、明日もその手でお茶碗持ちたいよね?」
「へ、は、ひ……はひぃ……!」




