命賭け ④
「1プレイの制限時間は3分、超過した場合はその場で敗北……という約束でしたね」
「………………」
勝者であるはずの雲貝は、苦い顔を見せながら卓上の銃を握り、微動だにしない。
対して敗者のおかきは、これから自分が撃たれるというのに顔色一つ変えず、雲貝を見つめていた。
『おかきちゃん、自分が何やってるかわかってる?』
「もちろんですよ、キューさん。 ごめんなさい、事前に説明すると止められる気がしたので」
「ちょ、ちょちょちょ。 センパイ、どういうこと? おかきちゃん何してんの?」
「……ポーカーはミスリードや。 おかきの狙いは時間切れ、あのスカした男に度胸がないと見込んで銃握らせたんや」
「はっ……言ってくれるじゃねえか、俺に撃つ度胸がないだと?」
雲貝は気丈にふるまうが、銃を握る腕はかすかに震えている。
銃口を向け、引き金を引く。 ただそれだけのことが途方もなく難解なことであるかのように、その手は銃を握ったままテーブルから離れない。
「アクタに比べ、あなたの手口は生ぬるい。 いや、嘗めているといってもいい」
「…………」
「自分が今、どんな立場に立ち、何をしているのかすら理解していない。 あなたにとっては文字通りただの遊びなのでしょうね、正直とても腹立たしいです」
おかきは自分の手札を力任せに握りつぶす。
表情こそ変わっていないが、その言葉尻からは怒りの感情が滲みだしていた。
「私たちは友人が誘拐され、無事かどうかもわからないまま命がけで乗り込んできたんですよ。 バニーだかなんだか知りませんが、面白半分で邪魔しないでください」
「う、ぐ……」
「残り1分ですよ、ラッキーボーイ。 このまま負けますか? 撃ちますか?」
「ふ、ふざ……ふざけんなよ……!」
おかきが嘲笑を向けると、拳銃を握る雲貝の手がようやく卓上から引きはがされる。
テーブルを挟んだ両者の距離は、よほど運が悪くない限り弾丸を外すことは難しい。
それはつまり幸運が宿る雲貝にとって、必中に等しい間合いということだ。
「たしか天使の妙薬、でしたね。 あの薬物に溺れた中毒者の顔を見たことはありますか?」
「……知らない。 俺はただ、このカジノで上客から金を絞りながら遊んでいただけだ」
「あの目はしばらく夢に見ますよ、底のない闇でした。 幸福のすべてを忘れて、過去の妄執にすがるだけの亡霊です」
「………………」
「遊んでいただけですか、良いご身分ですね。 人の人生を狂わせた自覚もなく、遊び惚けてお金を稼ぐのは楽しかったですか?」
「それは……」
「“そんなつもりはなかった”“自分は関係ない”“ちょっとしたヤンチャだった”……そんな言葉で済ませるにはとっくに手遅れですよ、残り20秒です」
おかきの淡々とした声色が、雲貝の心臓を真綿で締め付ける。
異常な幸運を誇る異能はたしかに脅威だ。 だとしても異能を抱える本人の心が、能力に比例するほど強いとは限らない。
「自分の手を汚す度胸もないなら、くだらないカジノごっこは止めなさい」
「う……お……」
「残り10秒です、そのまま黙っていれば楽に負けられますね」
「う、うぅ……うるせえええええええええ!!!」
轟く銃声が空気を震わせ、放たれた弾丸がおかきの胸へと突き刺さる。
衝撃はそのまま華奢な体を押し飛ばし、おかきは椅子ごと真後ろへ倒れこんだ。
「新人ちゃん!?」
「おかき!!!」
倒れたおかきに、たまらずウカたちが駆け寄った。
それでも彼女が羽織るコートには、心臓の位置にくっきりとした弾痕が焦げ付いている。
その場にいる誰もが、彼女の死を予感した。
「は……はは、やっちまった……お前、お前が悪いんだぞ……! 俺の勝ちだったのに、お前が……!」
「――――……ゲホッ……! それは……悪かった、ですね……っ!」
「…………はっ?」
だがしかし、その予想はものの数秒で裏切られた。
苦痛に顔をゆがめながら、おかきはゆっくりと倒れた体を起こす。
その姿が幻術の類でないことは、彼女の体を支えているウカが一番わかっていた。
「ウワァー!! 新人ちゃんのゾンビ!!」
「ちゃうわアホ! しっかり生きとる、けどなんでや!?」
「申し訳ありません、だいぶ古典的な方法で生き延びました……」
おかきは弾痕が焦げ付いた胸ポケットをまさぐると、その中から一枚の硬貨を取り出す。
ひしゃげた弾丸がへばりついたそれは、カジノのスロットに使われていた金色のコインだ。
「そ、そんなもんで弾丸を止めたんかいな……」
「いつのまにか偶然入り込んでいたんですね、幸運でした」
「幸運……だと……」
「ええ、本来なら間違いなく死んでいたでしょう。 助かったということは、あなたが私の死を望まなかったのかもしれせん」
服のシワを正し、汚れを手で払ったおかきは、椅子を直して再び卓に着く。
倒れた拍子に切ったのか、口の端から流れる血を拭いながら、まるで何事もなかったかのように。
「さあ、あと4ゲームです。 続けましょうか」
「―――――……は、はは……」
乾いた笑いを漏らす雲貝の手から、拳銃が零れ落ちる。
憔悴しきった彼の表情からは、さきほどまでの自信など微塵も感じられない。
「……俺の負けだ、これ以上付き合ってられない。 あは、は……イカれてるよ、あんた……」
「そうですか、では私の勝ちですね」
一度人を殺しかけた手ごたえは、雲貝の心を折るには十分すぎる衝撃だった。
あと4回など耐えきれるはずもなく、彼は目に涙を浮かべながらゲームを投げ出した。




