真相は白日の下に ③
「忍愛さん? 聞こえますか忍愛さん、返事を!」
「おかきちゃん、ミニカメラとGPSが途絶した! 何が起きた!?」
「わかりません、ただ陀断丸さんの声からして何かしら攻撃をうけたようです!」
おかきが耳に当てた黒電話から忍愛の応答はなく、スピーカーからは機械的なノイズばかりが繰り返される。
通信妨害を懸念した宮古野がSICKから持ち出したこの黒電話、本来ならばどんな状況下でも通話を繋ぐという特性を持つオブジェクトだ。
効果は何度も検証済み、それが繋がらないとなると通話対象の携帯が物理的に破損したということになる。
「……キューさん、GPSの最終座標を教えてください。 私も現場に向かいます」
「ダメだ、許可しない。 もし山田っちがやられてるなら君が駆け付けたところで焼け石に水だ」
「未知の脅威が現れたのなら解析する人手が必要です、カメラも壊れたなら直接出向くしかない」
「それが君である必要はないと言ってるんだ、すでにウカっちを救援に向かわせてる」
「……そういえばウカさんの姿がありませんでしたね」
ふとおかきが車内を見渡すと、ついさきほどまで隣に立っていたはずのウカが忽然と姿を消していた。
同じ非戦闘員である甘音も車両に取り付けられていた折り畳みベッドを展開し、万が一運び込まれてくる怪我人に備えていた。
「いまさら気付くようじゃ冷静じゃないな、やっぱり行かせるわけにはいかないよ。 それに君の脚じゃ駆け付けたところで間に合わないでしょ」
「それは……そうなんですが」
「おかき、一回深呼吸。 なんもかんも自分一人でできるわけないでしょ、私たちは私たちができることを全力で努めればいいの」
「はい……」
「2人とも、そうこうしてる間に無線が復活したぜ。 おーい生きてるか山田っちー!」
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「あいあーい、こちら世界一プリティー可愛い忍愛ちゃーん……生きてる生きてる、怪盗くんも無事だよ」
「はっ……はっ……! せ、せんぱ……山田先輩!」
「山田言うな、そして暴れんな。 ボクも今だいぶキッチぃんだからさぁ……」
焦げ臭い蒸気が視界を埋め尽くす中、忍愛は額ににじむ脂汗を拭う。
陀断丸の警告に応え、上空からの奇襲に即座に反応し、正太郎を抱きかかえて回避行動に移ったまでは良い。
問題は降り注ぐ熱線のすべては回避できず、そのうちの1つが忍愛の脇腹を抉ったことぐらいだ。
「じ、自分のせいで……」
「気にすんな、嫌なんだよ目の前で知った顔が死ぬの」
忍愛は襟元に隠していた丸薬を取り出し、苦々しい顔で一粒嚙み潰す。
鎮痛、止血、解熱などの効果に加え高い栄養価を誇る秘伝の兵糧丸。 効能は抜群だが、残念ながらのたうち回るほど味が悪いため彼女以外に常用するものはいない。
それでも焼け付く激痛は潮が引くように消えていき、忍愛にようやく冷静に“それ”と相対する余裕が生まれる。
『山田っち、口が利けるなら聞かせてくれ。 なにがあった?』
「詳しくは何も、急に上からアチアチビームが飛んできて躱すのに手いっぱいだった。 陀断丸のおかげで死にはしなかったけど」
『うむ、よくぞ躱した。 手足がつながっていればかすり傷よ』
「大怪我だかんね? で、ほかに気になることと言えば――――なんかめっちゃ明るいんだよね、ボク知らない間に半日ぐらい気絶してた?」
現在時刻は深夜、だというのに一寸先も見えない高温の霧に包まれてもなお周囲は昼間のような光に照らされている。
蒸気は初めに降り注いだ熱線が地中の水分を蒸発させたせいだが、ではこの異様な明るさの光源はなにか?
『なるほど……山田っち、“上”だ』
「だよね、これ借りるよ怪盗くん!」
「へっ? は、はい!」
正太郎から奪い取った仕込み杖を引き抜き、忍愛は霧に向けてその刃を振るう。
ひと振りで巻き起こされたすさまじい風圧は視界を遮る蒸気をあっという間に霧払い、宮古野の予想通り上空に浮かぶ“それ”の姿をあらわにした。
「…………キューちゃん、あれ見えてる?」
『残念だけど君に装着したカメラは壊れた、状況を教えてくれ』
「じゃあ伝わるか分かんないけど説明するね。 空にデカい心臓が浮かんでる、ビッカビカに輝きながら」
『なんて???』
宮古野は自分の耳を疑って聞き返すが、あくまで忍愛は見たものをそのまま伝えたに過ぎない。
言葉通り、霧が晴れた空には脈動する巨大な心臓が浮かび、煌々と燃え盛りながら地上を昼と変わらない光で照らしていた。
『えーっとちょいとタンマ。 人工衛星繋いで……うわあほんとに心臓だ。 山田っち、琥珀の心臓は今どこに?』
「ごめん、どっか行った! というか十中八九浮かんでるのが琥珀の心臓だと思う!」
『あっ、やっぱりそう思う? うーん……悪い知らせがあるけど聞きたい?』
「仕事が早いね、聞かせてよ。 たぶん一分一秒争いそうだよね」
『お察しの通りだ、今衛星画像を上空のオブジェクトを解析している。 それでまだ解析途中だけどその心臓は脈動するたびに少しずつ肥大化し、内部の熱エネルギーが増大していることが分かった』
「それでか、真夏みたいに熱いと思ったんだ。 もしかして逃げないとヤバい感じ?」
『うーんとね、逃げなくてもヤバい! 今予測してるけどそいつ膨張限界値が天文学的数値になるぞ!』
「つまり……どゆこと?」
『このままじゃそこに太陽ができる! 君たちどころか地球が滅ぶ案件だ、全力で対処してくれ!!』
「ああなるほどぉ――――つまりいつも通りってことだねッ!?」




