命賭け ③
「……すごいな、当たりだよ。 アクタの評価も間違っちゃいないな」
「否定はしないんですね」
おかきの指摘に対し、雲貝はあっさりと自身の能力を認めた。
しかし推理が的中していたとしても、ただの幸運なんて証拠もなければ証明もできない。
はぐらかすつもりなら方法はいくらでもあったはずだ、それでも自分の異能に絶対の自信があるのか。
「い、今までの勝負全部運がよかっただけっ……てこと!?」
「はい、この人はただ配られた手札で勝負をしていただけです。 運が絡むゲームで勝てるはずがなかった」
「せ、せやけどダーツとか……」
『こっちは時間が押してんだ、そんな時間のかかる勝負は選べねえし実際に選ばなかっただろ?』
「そんなところまで計算づくってわけかい、けったくそ悪いわぁ……!」
「はっはっは! 残念、ダーツやビリヤードならワンチャン勝てたかもな。 だが選ばれなかった、やっぱり俺は運がいい!」
雲貝は両手を叩きながら盛大に喜びを表現する。
その姿は幼い顔立ちも相成り、未成年のような無邪気さを感じさせる姿だった。
「俺の能力は億万長者! ただただ単純に、理不尽に、運がいいだけの能力! だからこそ攻略方法はない、さあどうするおチビちゃん!」
「能力とか言い出したよー、どうすんの新人ちゃん?」
『カフカとはまた畑違いのジャンルだね、運に干渉するなんて超能力者ともまた区分が違う』
『あいつの出自はどうでもいいんだよ、それより問題は攻略法だ。 なんか策はあるのか、おかき?』
「…………試したいことなら、ひとつだけ」
悪花からの問いかけに少し逡巡したおかきは、意を決して勝負の卓に着く。
そして腰に下げていた拳銃を取り出すと、銃口を横に向けて両者の間に置いた。
「ロシアンルーレット、知ってますよね? 勝負内容はこれです」
「おいおい……正気か?」
「ちょっと新人ちゃん? それは……」
「止めないで下さい、忍愛さん。 先手後手を決めるゲームはじゃんけんにしましょうか、勝者が先に相手へ銃口を突き付けて撃ちます」
「ちょい待ち、さすがにそれはうちが許さんで」
「ウカさん、私たちが先に進むにはこれしか方法がないんです」
「だって新人ちゃん、その銃オートマだよ」
「…………」
おかきの動きが一瞬硬直。
そして数秒後、フリーズから復帰したおかきは無言で卓上の銃を脇へと退かした。
「じゃんけんは止めてポーカーでもしましょうか」
「なかったことにしたね」
「言ってやるな山田、誰にだって間違いはあるんや」
「ドジっ子だな、客受けもよさそうだ。 OK、最後の勝負もポーカーだ! また一回勝負でいいか?」
「いいえ、5本勝負にしましょう。 1本だけでは勝てる気がしないので」
「5本勝負なら勝てると? 甘いな、なんなら君が1回でも勝てば俺の負けでいいぜ」
「ずいぶんと優しいですね、いくら幸運でも底はあるでしょうに」
「たった5回の勝負で枯らせると思うならやってみろよ、ただ時間は大丈夫か?」
「そうですね、あまり時間を掛けたくないので1プレイの制限時間を3分としましょう。 超過した場合はその時点で敗北です」
「いいね、カップ麺ができる時間だ」
雲貝はよくシャッフルしたカードの束をおかきに差し出す。
おかきも受け取った束を丁寧にかき混ぜるが、この行為にもきっと意味はないのだろう。
彼の幸運が本当に異常な能力によってもたらされているのなら、いくら乱数をかき乱したところで結果は一つに収束するのだから。
「……では、ここまでの条件に質問などはありませんか?」
「ないね、すべてに同意する。 泣いても笑ってもこれが最後のゲームだ」
おかきはよくシャッフルした束をテーブルに置く、その目にはとうに覚悟が宿っていた。
それが勝負の合図であり、互いに山札から5枚のカードを引く。
「……一つ聞きたいのですが、あなたは私たちを雇用してどうするつもりです?」
「ん? いや、ただカジノで働いてもらうだけだよ。 福利厚生はしっかりしてるから安心していい」
「本当にそれだけですか? 呆れた理由ですね」
「負かした相手を使って稼ぐ、効率的だろ? 俺は金稼ぎがしたいんだ、命を奪わないだけありがたいと思ってくれ」
「その幸運ならほかにもまっとうな方法があるでしょうに」
「悪いね、この居場所には恩もあるしそこそこ気に入ってんだわ」
雲貝は手札も確認せず、ただ伏せたままおかきの手番を待つ。
ウカたちとの勝負同様、すでに強い役が揃っているという確信を持っているのだ。
対するおかきは、かろうじてハートとスペードの3でワンペアが揃っている頼りない手札でしかない。
「あかんな、手札が悪い。 うちが役を誤魔化すしか……」
『やめときな、ウカっち。 おそらく相手はまたロイヤルストレートフラッシュを作ってる、同じ手で対抗しても1/4でスートが被ればイカサマがばれて即敗北だ』
『あいつに勝つには運の要素を限りなく消すしかねえ、100%引きたい札を呼び込むイカサマができれば対抗もできるが……』
「大丈夫ですよ、私も無策で挑んだわけではないですから」
おかきはワンペアのカードを残し、3枚分の手札を入れ替える。
しかし結果は振るわない、新たな役も揃うことなく勝負を迫られた。
「俺はノーチェンジだ、腹は決まったか?」
「ええ、この手札で勝負です」
おかきは手札の悪さをおくびにも出さず、無表情のまま手札を公開する。
しかしいくら強がったところで役の強さは変わらない。 鼻で笑われたワンペアの手札は、当たり前のように揃えられたロイヤルストレートフラッシュに打ち砕かれた。
「これで一勝、あと4回の間に勝機は見出せそうか?」
「こいつぅ……こんなん絶対サマしとる手札なのに、なんも突っつく隙が無いのが腹立つわ!!」
「そりゃそうだ、だってイカサマなんてしてねえもん! 俺の運が、お前らより強いんだよ!」
「そうですね、悔しいですがこの短時間で攻略法は浮かびませんでした」
おかきは深いため息をつき、肩を落とす。
それは敵である雲貝への賛辞であり、探偵としての敗北宣言に等しい。
「なんだ、負けを認めるのか? つまんねえな、もっと遊ぼうぜ」
「ですので、私にはこんな方法しかできなかった」
ゴトン、と堅いものが卓上に置かれる。
おかきの手により差し出されたそれは、一度は脇に避けられたはずの拳銃だ。
「…………は? どうした急に、なんのつもりだよそれ?」
「言いましたよね、“すべての条件に同意する”と。 だから早く撃ってください」
「いやいやいや、何言ってんのちびっ子ちゃん? だって、それオートマだから――――……」
今まで余裕に満ちていた雲貝の表情に、はじめて焦りの感情があふれ出す。
気づいてしまったのだ、自分が罠にはめられたことに。
おかきはゲームの内容をじゃんけんからポーカーに変更しただけで、ロシアンルーレットという前提を撤回するとは一言も言っていない。
「な、に……おま……だってこれ……イカれてんのか!?」
「どうしました? 早く引き金を引いてください、あなたの運ならそれだけで勝てますよ」
おかきは眉一つ動かさず、感情の見えない瞳で目の前の青年を見据える。
液体窒素のように冷たいその目は、雲貝の心を見透かすようだった。
「――――まさか、こんな真似をしておいて人を殺すのが怖いなんて言わないですよね?」




