出汁探偵 ⑤
「――――部長とはもう会った?」
「……唐突ですね」
博物館までの移動中、おかきがいつ話そうかとタイミングを計っていた話題を命杖が切り出す。
軽自動車に偽装した車内にはおかきと命杖の他に運転手1名と助手席に宮古野が同席している。 当然2人にもおかきたちの会話は聞こえているはずだが、あからさまに後方座席を気にする様子はない。
「うふふ、移動中は暇だもの。 それともしりとりでもする? 昔みたいにボドゲ部ルールで」
「現役小説家に語彙力で勝てるわけないじゃないですか」
「でもそうやって弱音吐きながらあの手この手で食らいつくのが早乙女くんだもの、油断はー……て、話が逸れちゃった」
「そうですね、部長には会いましたよ。 つい先日の話です」
宮古野たちの前で話していいものか悩んだが、おかきは素直に情報を渡す選択を取った。
おかきが知る情報量を探るつもりなら聞き方がストレートすぎる、命杖もまた九頭の行方を知りたがっているということ。 ならば素直にカードを切って恩を売った方が得というのがおかきの判断だ。
「そう……元気だった?」
「ええ、相変わらず人を食ったような性格でしたよ。 命杖先輩たちは連絡を取れていないんですか?」
「うん、最近はまったく。 あと中世古君も連絡が取れなくて困ってるのよね~、頼んでいた挿絵の締め切りはちゃんと守ってくれているけど」
「あー…………まあ中世古先輩はそのうち連絡できると思いますから。 それにしても部長は先輩たちとも接触していないんですね」
「そうなの、きっと悪いことしているわ。 ボドゲ部に内緒で」
「そうですよ、おかげでSICKは大変苦労しています」
“世に異常性を知らしめる”という九頭 歩の目的を話すつもりはおかきにはない、そもそも助手席に座る宮古野が許さないだろうが。
かつて世話になった先輩たちを渦中に巻き込みたくない、という思いはきっと九頭もおかきも同じなのだから。
「……もしなにかわかったら教えてね、先輩命令」
「強権ですね、前向きに善処します」
「へいへい、仲良くお話し中のところ悪いけど邪魔するぜぃ。 目的地到着だ、手荷物はまとめて降りる準備をしといてくれ」
「っと、もう着きましたか」
気づけば窓の外にはモダンな外観の博物館が目前に迫り、停車した車のドアが開かれる。
本来なら今日は定休日……のはずだが、正面玄関には警官とマスコミの姿がちらほらと見受けられた。
「まもなくウカっちたちを乗せた後続車も到着する、全員揃ったらー……っと、言ってる間に着いたな」
「たった今弊社で開発中の試験薬名を“ルカラハジマール”に決定したわ、というわけで次も“る”よ」
「ルー、ルー……パイセン、ル攻めカウンターできる言葉教えて!」
「無理や山田、お嬢の無法が過ぎる」
「どうやらしりとりが白熱してたようだ」
「なにやってんですか3人とも」
「新人ちゃーん! 新人ちゃんの先輩さーん! ル返しできる言葉教えてー!!」
「ルチル、ルーブル、ルノワール、ルミノール、ルシフェル、ルーズボール……ルールはもう使ってますよね」
「ルゴール、ル・テリブル、ルクソール、ルイス・キャロル、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ……でも正攻法じゃ無理よね~どうやって戦おうかしら?」
「ちょっと対抗心を燃やしてんじゃないよ君たち、仕事の時間だからしりとりは一旦切り上げだ」
「おっとそうでした。 しかしキューさん、このまま正面切って入館しても大丈夫ですか?」
「構わないよ、認識阻害のペンダントは持っているだろう? それにウカっちもいる」
「任せとき、人の目くらいうちがなんぼでも化かしたるわ」
その言葉通りウカが先陣切って駐車場から博物館までの道を歩くが、誰も彼女にカメラを向けることはない。
ただし正面玄関を警備する警官は通り過ぎようとするウカを一瞥するが、こちらもまた顔パスで素通しだ。
「もちろん警備には手を回してある、彼らはすべてSICKのエージェントだよ。 館内に入ったら安心してくれ」
「私の事件の時もすごかったけど、とんでもないのね~SICKって」
「冗談抜きで世界の平和を守る組織ですからね、念のために釘を刺しますけど本に書いちゃダメですよ」
「うふふ、善処するわ」
「あんまりひどいと記憶処理させてもらうからね? ほらほら、おいらたちもウカっちに続こうぜ」
宮古野に急かされておかきたちもウカの足跡を追いかけ、続々と正面玄関の扉をくぐる。
どこか古臭くも懐かしい包まれた館内に足を踏み入れると、受付のど真ん中に置かれたツタンカーメンの黄金棺を模した銅像がおかきたちを出迎えた。
「……一応聞くけどアステカ文明の博物館なのよね、ここ?」
「そのはずですが……そこのところどうなんですか命杖先輩」
「館長の趣味じゃないかしら~?」
「なんや会うのが不安になってきたな……山田、どうせレプリカやから盗んでも意味ないで」
「盗まないよ! 僕をなんだと思ってるんだ、狙うならもっと小さくて高価な奴にするよ!」
「間違えたかなぁ、人選」
「それより館長さんはどこに……これで呼べばいいんですかね?」
おかきがツタンカーメンが立つ受付横に設置された呼び鈴をチンと鳴らす。
しばらく待つと奥からドタドタと恰幅のいい足音が聞こえ、息を切らせた中年男性がやってきた。
「ハァ……ハァ……ぶふぅ……お、お待ちしておりましたよぉ命杖先生! こちらが助っ人の方々ですかな!?」
「お久しぶりですね館長さん、約束通り腕利きの探偵さんをお連れしました~」
「はじめまして、申し訳ないですが素性を晒したくないので偽名で失礼します。 藍上とでもお呼びください」
「うちはミタマ、こっちの賢そうなんはハカセ、そこのカスはカスとでも呼んでや」
「おかしいな、心当たりが毛ほどもないのにボクへの当たりが強いぞ」
「はぁ……アイガミ様にミタマ様にハカセ様にカスでございますね」
「通っちゃったぞ! 敬称すら無い!!」
「あっ、私は包み隠さず天笠祓 甘音で構いませんから。 よろしくおねがいします館長さん」
駄々をこねる忍愛をしり目に猫を被った外交モードでつつましく自己紹介を終える甘音。
館長もパラソル製薬の御令嬢を前に目をパチクリさせるが、今はそんなことを気にしている余裕がないと頭を振って意識を呼び戻す。
「は、はぁ……私はこの博物館の館長を務める加見手と申します、よろしくですぞ」
「こちらこそよろしく。 それで加見手さん、早速で申し訳ないけどおいらたちの用件を先にすませたいんだ」
「ええ、わかっております。 ではご案内いたしますぞ――――”琥珀の心臓”の展示室へ」




