命賭け ②
「……作戦タイム!」
「認める!」
「認めるんだ……」
「おかき、こっち来ぃ! 話聞かれるで!」
ウカの招集により、カフカたちは部屋の隅に集まり頭を突き合わせる。
その間に雲貝はというと、脚を組んだままソファに寄りかかって余裕の表情だ。
「どうすんのさパイセン、あれだけ自信満々ってことは絶対何か裏があるよ」
『正直付き合いたくはねえな、相手が約束を守る保証がない』
『だけど扉は施錠済み、壁を破壊して迂回も難しいだろうね。 空間ごと隔離されていると下手すれば時空の狭間に真っ逆さまだ』
「そもそも爆破の懸念がある以上、破壊工作はできません。 結果がどうなるにしても勝負を挑むしかないかと」
「でも負けたらバニーやで? うちら3人……3人?」
ウカが頭数を指さしながら数えるが、どう数えてもおかきと忍愛も合わせて3人しかいない。
ではもう一人はどこへ行ったのか。 ウカがその場を立ち上がって振り返ると、雲貝とテーブルを挟んでソファに座るミュウがいた。
「はい、こいつであがり。 俺の勝ちだねー、まずは一人っと」
「…………負けた」
「お前なにやってんねーん!」
おかきたちが相談している間、ちょうど1ゲームが終わったところだったらしい。
テーブルにはペアになったトランプの山が積もり、ジョーカーを握ったミュウがしょんぼりとしている。
「ミュウさん、何の勝負を挑んだんですか?」
「……ババ抜き、です」
「2人でやるゲームのチョイスとしては虚無の極みやん」
「はーい、可愛いバニーちゃんゲットだ。 君はまだちっちゃいからこれで我慢してね」
残念ながら、いまさらウカたちが物言いをつけたところでゲームの結果は覆らない。
雲貝はテーブルの引き出しからうさぎの耳飾りを一つ取り出すと、ミュウへと手渡した。
しかしそれはいかがわしいバニーものではない、テーマパークで見かけるようなファンシーなデザインだ。
「おー……」
『おいテメェ、うちのミュウになんてもん付けさせてんだ! 許さねえぞ山田ァ!!』
「ボクぅ!? 今の流れで被弾先ボク!!?」
「しゃーない、これはSICKの不手際や。 汚名返上行ってこい山田」
「やだよぉ、センパイ行きなよぉ! 相手の手の内見てからボクの手番でかっこよく勝ちたいんだからさぁ!!」
『そういうところだぞ山田ちゃん』
「誰でもいいけど早くしないと日が暮れちまうぜー」
雲貝はテーブルに肘をつきながら、二人の醜い争いをあきれ顔で眺めている。
1vs1のババ抜きという不毛なゲームを挟んだせいか、おかきにはその表情がどこか不満げにも見えた。
「………どう、ですか?」
「ああ、うさ耳似合ってますよミュウさん。 ところで、ババ抜きの試合内容については説明できますか?」
「…………最初の手札、2枚と1枚で……すぐに決着、ついたです」
「なるほど、初手でほとんどのペアが揃っていたと」
2人でババ抜きを行う場合、初めに配る手札はそれぞれ26枚と27枚になる。
そこからペアカードを捨てていき、ジョーカーと1ペア以外のカードがすべて破棄される確率はそれなりに低いはずだ。
「ウカさん、忍愛さん。 やはり何か裏が……」
「「じゃーんけーんぽん! あーいこでしょっ! しょっ! しょっ!」」
『無駄だよおかきちゃん、あの二人まったく話聞いてないから』
「そうみたいですね……」
「ちょっとセンパイ、今幻術で誤魔化したでしょ! パーだったよ今の!」
「じゃかあしい、お前もうちの手見てからチョキに変えたやろ!」
どうしようかとおかきが思案している間にもウカたちは熱きじゃんけんを繰り広げている。
なんとも高度な能力バトルも並行しているようだが、敵の目の前で手の内を晒して良いのだろうかとおかきは訝しんだ。
「ディーラー、もう決着つかないから2人一緒でもいいかな!?」
「うーん、許可する! それで、勝負の内容はどうするのかなピンクちゃん?」
「こちとらあまり時間かけたないねん、ポーカーでどうや!」
「じゃあチップのベッドはなし、手札の役だけで競う一発勝負だ。 君たちのどちらかが俺に勝てばそれでいい」
「……ずいぶん私たちに有利な条件ですね」
「そりゃあ負ける気がしないからな! イカサマを疑うなら俺の後ろで見張ってなよ、おチビちゃん's」
トランプの束を華麗な手さばきでシャッフルしながら、雲貝は不敵に笑う。
その表情はどんな不利な条件でも負けるとは微塵も考えていない、絶対の自信に溢れていた。
「もちろんイカサマがばれたらその時点で反則負けだ、異論はないな?」
「当たり前だよね、監視はよろしく新人ちゃん」
『バレなきゃイカサマじゃねえからなぁ? 頼むぜ、おかき』
「え、ええ。 わかってますよ」
2人とも言外に「味方の不正は見逃せ」とおかきに圧を掛ける。
どちらが味方かわからない状況に若干引きながら、おかきは雲貝の背後へと回り、彼の一挙手一投足を注意深く観察し始めた。
――――――――…………
――――……
――…
「「ま、負けたぁー!!?」」
「あんたらはストレートとフルハウス、俺はロイヤルストレートフラッシュだ。 これで従業員3人確保ー」
その宣言通り、場に並んだ3組の手札は雲貝の勝利を示していた。
ウカたちの手札も十分に強い役だが、ポーカーに疎いおかきでも雲貝の役が一番強いことくらいは分かっている。
何より異常なのは、彼は一度も手札を交換することなく、初手で最強の5枚をそろえていたことだ。
「なんでフルハウスなんだよー! センパイならもっと強い役揃えられたでしょ!?」
「お前こそストレートってなんやねん、やる気あるんか!?」
『二人とも、くれぐれも喧嘩の余波で部屋吹き飛ばさないでよ? それでおかきちゃん、不正の気配は?』
「……すみません、まったく見つけられませんでした」
決して怠けていたわけではない、おかきは常に雲貝の動きを注視していた。
それでもイカサマどころか、怪しいと思えるような動きは一切なかったのだ。
彼はただ配られた手札を確認もせず、公開する寸前まで場に伏せていたのだから。
「ピンクちゃんはセカンドディールにフォールスカット、キツネちゃんは多分また幻術ってやつで手札をごまかしているのかな? いやーお見事、プロ並みの腕前じゃん」
「……趣味わっる、気づいてて何も言わなかったんだ」
「だって俺の方が強いし、幻術の方は公開される札とダブるのが怖くてあまり強い札揃えられなかったか? 残念、そっちもロイヤル揃えたらまだ引き分けだったのに」
「お、おんどれぇ……!!」
悔しさに打ち震える二人とは対照的に、笑顔の雲貝は無言で卓上に2つのうさ耳を置く。
今度はミュウに渡したファンシーなデザインではなく、れっきとしたバニー用の耳だ。
「すまん、うちらじゃ力になれんかった……!」
「新人ちゃん、ボクらの仇取ってぇ!! ところで似合う?」
「律儀につけるんですね、耳」
バニー耳を装着した2人に代わり、おかきがテーブルに着く。
ミュウ、ウカ、忍愛の3人がうさ耳の餌食になった今、おかきに退路はない。
なにも大人しくバニーになる義理はないが、どのみち彼をどうにかしなければおかきたちはこの部屋から脱出できないのだ。
「さて、君で最後だなおチビちゃん1号。 衣装のカラーぐらいは選ばせてやるよ」
「結構です、SICKは副業禁止なので」
「なら秘密組織は今日で退職だ。 さあ、君はどんなゲームで俺に挑む?」
トランプ、ダイス、ルーレット、ダーツ、部屋の中にはより取り見取りの遊戯が並んでいる。
だが、おかきはどれも選ばない。 結局のところ、相手が用意した選択肢の中で戦ってはアウェイのままだ。
「……この部屋にあるものは、すべてあなたが勝つように仕組まれているものばかりですね」
「へえ? 何を言い出すかと思えば、俺がイカサマしているとでも?」
「いいえ、あなたは一切不正を働いていない。 この場で作用しているのはただ一つ、あなたが抱えている異常な能力だけです」
おかきはここまでの勝負で得た情報から、推測した仮説を述べる。
雲貝がしつこくイカサマについて言及していたのは、すべてただのミスリードだ。
どれほど注意深く観察したところで意味などはない、彼は何もしていないのだから。
「――――異常な幸運、それがあなたが持つ能力ですね?」
 




