アイムソーリー ①
「あ゛ー……やっと終わった、燃え尽きちまったよボクは……」
「みんな同じよ……しばらく参考書とは向き合いたくないわね」
「世界の命運は左右できても問題用紙一つどうにもならん身分が憎たらしいで……」
「皆さん普段から予習復習を身につけましょうね」
悪夢事件から数日後、怒涛のテスト期間を乗り越えた放課後の教室は死屍累々の有様だった。
殺人的な出題範囲と応用問題の数々は毎回生徒たちを忙殺し、精魂尽き果てた生徒の骸が転がるこの光景は赤室学園では見慣れた光景となっている。
「だれか……なにか甘いものもってない……? 脳が糖分を求めてるんだよ……」
「隣の教室から這って来る体力残ってんなら自力で調達して来ぃや」
「ラムネならあるわよ……1粒で300㎞爆走できる強壮剤に漬け込んだやつ」
「おそらく法規制が間に合ってないやつ~」
「そんな物騒なもの仕舞ってください。 これから旧校舎に寄りますけど甘音さんたちは休んでます?」
「……行くわ、正直このまま帰ってベッドに飛び込みたいけど約束だものね」
――――――――…………
――――……
――…
「それにしてもおかきは元気やな、うちらに比べて」
「そんなことありませんよ、徹夜で追い込みかけたのは同じです」
「日々の積み重ねの差よね、化学なら自信あるんだけど……」
「ボクも毎回テスト終わるたびに今度こそまじめに勉強しようと決意するんだけどね、5分と持たないけどさ」
がらんとした路面電車から降り、おかきたちは旧校舎への道のりを歩きながら雑談に花を咲かせる。
疲労困憊の身体を引きずってわざわざこんな僻地へ出向くのは、悪夢事件の発端である依頼を消化するためだ。
「あっ、もう玄関前にいるわ。 こっちに手振ってる」
「子どもは元気やなぁ、初等部もテスト期間は同じはずやろ」
「パイセン、一応自分も学生ってこと忘れないで」
「みーなーさーまー! お待ちしておりましたわー、この度は依頼解決ありがとうございますわー!!」
「よもぎさん、お早いお着きでゴッフゥ」
旧校舎の正面扉前で元気よく手を振るよもぎ……に気を取られたおかきの腰を茂みから飛び出したアリスのタックルが刈り取る。
最近適応し始めてきたおかきに対する奇襲、もはやタックルが主目的と化した本末転倒の一撃である。
「ゴフッ……う、腕を上げましたねアリスさん……」
「うむ」
「うむじゃないのよ、おかき今のでKOされちゃったじゃない」
「殺人事件が起きてしまいましたわー!!」
「死んでへん死んでへん、とりあえず中入れてぇな。 話はそれからや」
アリスに押し倒されたおかきを担ぎ上げ、探偵部の面々は部室として利用している旧校舎の一室へ運び込む。
湯気の立つ紅茶が用意された部室には、すでに今事件の被依頼人である須屋 雛が着席していた。 椅子の脇に松葉杖を添えて。
「こんにちは、雛さん。 夢の中以来ですね」
「こけ……」
「なんやまだ後遺症残ってへんか?」
「しかもその松葉杖は何? もしかして……」
「違いますわ! 須屋さんは長時間眠っていたせいでまだ足腰がフラフラなんですわ!」
「いじめの事実は……未確認」
「……なるほど、2人が言うなら信じるわ。 それで、テストの手ごたえは?」
「んっ」
少し照れ臭そうに、だが力強い須屋のサムズアップを確認し、甘音は満足げに頷く。
隣に座るよもぎはテーブルに頭を打ち付けて意気消沈の有様だが、本件とは関係ないため割愛。
「アリスさんは大丈夫なんですか?」
「悪花が教えてくれた、勉強」
「いいなー、ボクもただで教えてもらいたかったのに門前払いだったよ」
「虚仮」
「そういえば正太郎少年は一緒ではないんですか?」
「正太郎君は今補習確定組の面倒を見ていますわ、私は逃げましたけども!」
「ちゃんと補習は受けた方がいいですよ、それで先に相談していた件ですが……」
「ですわ、須屋さんのことは任せてくださいませ! 私の目が黒いうちはイジメなんてやらせませんわー!」
龍宮院での事件を片付けたあと、おかきはよもぎと連絡を取り、須屋が抱える問題について情報共有を行っていた。
須屋に対する同調圧力からイジメに発展した場合、学級が異なるおかきたちでは彼女を守ろうにも限界がある。
そのため、SICKに関わる情報はぼかしつつ初等部かつ探偵部と協力関係であるよもぎたちに協力を求めたのだ。
「頼もしい限りです。 そういうわけで須屋さん、もし困ったことがあれば探偵部かよもぎさんへご相談ください」
「最終手段として小山内先生も頼りになりますわ」
「あの人は劇薬やろ」
「落ち度のある幼女に対してどんなお仕置きするか分かんないよ」
「わ、私なんかのためにそんな……」
「関わった以上中途半端に事を終わらせたくないのよ、友達なんだからじゃんじゃん頼ってちょうだい」
「は、はい……こけ」
「須屋さん、目を覚ましてからたまに変な語尾がつきますけどなんなんでしょう? 心配ですわ」
「あははそういうこともありますよ不思議ですね。 ただちょっと気になるので須屋さん、このあと時間があれば私たちと一緒に一度検査……ん?」
悪夢の後遺症について確認するために須屋をメディカルチェックへ誘導しようとするおかきだが、その視線が教室に設置された黒板の隅に吸い寄せられる。
ユーコの仕業か、宙を浮かぶチョークの横にはおかきへのメッセージが書き込まれていた。
――おかきさんへキューちゃんから連絡:お客様対応のため至急SICKへ来てほしいとのことっす――
「…………客?」




