目覚めと巣立ちと誰かの墜落 ④
「えーと貸出リスト貸出リスト……あったあった、このデータ照合すれば棚にない本わかると思うんよ」
「うへー、結構な数じゃん。 キューちゃん、全自動貸出図書確認機とかない?」
『うーむ作れなくはないけど今すぐ用意はできないぞ』
「となれば最後に頼れるのはやっぱりマンパワーしかないわね」
「どうやら今夜は徹夜になりそうですね……」
龍宮院の図書室に集まったおかきたちは、PC画面に表示されたリストの量に圧倒される。
ちょっとした図書館にも匹敵する冊数は、病院の娯楽施設にしてはあまりにも多い。 おかきたちも頭数こそ揃ってはいるが、1冊1冊目視で確認しては日が暮れてしまう。
「新人ちゃーん、これって本当に必要な作業?」
「私たちと遭遇した時、江戸川さんはこの図書室で本を探していました。 龍宮さんの証言からも何らかの目的があったのだと思われます」
「あいつのことだから新作書くための参考文献でも探してたんじゃないの」
『山田っち、それはさすがに身もふたもないぜ』
「けどいまいち否定できへんな……それでも無視できるもんでもないしいっちょ気合いいれて探すか」
「パイセンのそういう真面目なところ嫌いじゃないよ、じゃあボクあっちでハッ〇リくん読んでるから頑張って」
「ぶっ飛ばすぞ」
SICKの面々が再びこの図書室にやってきた理由は1つ、江戸川 安蘭の目的を探るためだ。
九頭の付き添いとしてこの病院を訪れていた彼だが、真宵曰く並行してこの図書室で探し物に勤しんでいたという。
おかきたちとの遭遇は偶然とはいえ九頭と別れての1人行動はリスクが伴うもの、そこには必ず意味があると踏んだおかきは「探し物」の正体を求めて虱潰しに貸出本を照らし合わせることにした。
「漏れがなければ貸出リストに記載がない紛失本が江戸川さんが持ち出したものです、手分けして探しましょう」
「リストと本棚を照らし合わせて“貸し出されていないけど棚にない本”を探す……って簡単に言うけどすごいしんどい作業だよね、しかも律儀に手続きしてたら無駄な苦労に終わるじゃん」
「私たちがいつ起きるかわからない中、悠長に手続きを踏む余裕はなかったと思います。 それに部長たちにとってはSICKに警戒される前に残された最後のチャンス、あの人なら必ず目的を果たしてから去ります」
「おかきが言うならそうなんでしょうね、けどこれ朝までに終わるかしら……」
時刻はすでに病院の消灯時間を過ぎ、利用時間も過ぎた図書室に一般人の姿はない。
おかげでおかきたちも人目を気にせず探し物集中できるが、朝になればまた入院生活で暇を持て余す患者たちが図書室へやってきてしまう。
そうなれば貸し出しや棚に残された本の並びもかき回され、作業はまた1からやり直しとなる。 この機会を逃せばまた次の捜索チャンスは明日の消灯後だ。
『そういえば先ほど学園内で待機してるエージェントから連絡があった、須屋 雛氏は無事に目を覚ましたそうだよ。 もう夜も遅いからそのまま二度寝したみたいだけど』
「よう寝るな、頼もしい後輩や」
「寝る子は育つっていうしね、新人ちゃんすぐ背抜かされあだだごめんて無言でスネ蹴らないでスネ!」
「とはいえこれで依頼は完了ですね、ただ悪夢の方は……」
『その件はおいらたちで何とかしよう、悪夢を見る手順があるなら流布された噂にノイズを含ませれば妨害は可能だ。 それに今回は原因が分かっている』
「結局みんなウチの悪夢に合流するってコトやさかい、夢遊症さえ治ってしまえば問題解決やな」
「いいや、問題はもう一つあるね! テストだよテスト、ボクらが寝てる間にタイムリミットは迫ってるんだよ!!」
「「「あー……」」」
円満で終わりそうな所へ盛大にぶっかけられた冷や水に、学生たちの悲嘆が重なりあう。
だが忍愛もわざわざ水を差したいわけではない、それでも本来ならばこんなところで道草を食っている暇などはないのは事実なのだ。
「依頼解決に時間割きすぎたわね、始発に乗って帰ったとして……赤点回避できるぐらいには追い込みかけられるかしら?」
「これでも夢の中で勉強したはずなんやけどなぁ、起きたらほとんど忘れてもうたわ」
「うっかりしていましたけど悪夢の中では記憶を持ち帰れないんですよね、とはいえ突然のことだったので対策も出来なかったですけど」
「雛ちゃんが探偵部の戸を叩いたら全力で手を貸すことは忘れてないわ! ……勉強以外のことは割と覚えてるのに何でそこだけ抜けてるのかしら」
「本能的に嫌な記憶と認識してるんとちゃう? ウチはもう慣れてるさかい、はっきり覚えとるけど久々に学生気分味わえて楽しかったわぁ」
「あれ? でも新人ちゃんって記憶保持剤の効果まだ残ってるんじゃない?」
「うっ……」
こんなときだけ察しのいい忍愛から投げつけられたキラーパスに思わず目を逸らすおかき。
たしかにおかきは2度の悪夢調査で得た経験値と保持剤の残留効果もあり、他3名に比べれば夢の中の記憶を多く持ち帰っていたが、それを話せばどうなるか。
「いいなぁ~新人ちゃんいいなぁ~~~! 教えて教えて、勉強教えて! なんならボクの代わりにテスト受けて!!」
「無理があるやろ」
「ウザがらみは後にしなさいよ山田、おかきだって私たちより先に体張ってたんだからこれぐらいの見返りはあってもいいでしょ。 今からでも勉強すればたぶん間に合うわ」
「ボクの嫌いな言葉第1位は努力、その次は正々堂々だぞ!」
「まあ勉強を教えるのはやぶさかではないですが……」
そのためにはまず目の前の問題を片付けなければならない。
人力によるローラー戦術では時間がかかるのは目に見えている、ならば必要なのは捜索範囲の絞り込みだ。
第一候補はおかきたちが江戸川と遭遇した近辺の棚だがそれでもまだ数が多い、そこからさらに可能性をそぎ落とすならば――――
「……龍宮さん、部長たちは何度もこの病院に通っていたんですよね?」
「ん? せやで、そのたびに江戸川くんはこの図書館でなんか探しとったんやけど」
「なるほど……」
何度も足を運んだうえでなかなか見つからない本、この図書室内でそんな場所はかなり限られてくる。
頭の中で描いた見取り図にバツ印を加え、ターゲットを絞り込んだおかきは……目的の本棚を前にして足を止めた。
「忍愛さん、肩車してください。 そしてウカさんは忍愛さんの口が滑ったら迷わず仕留めてください」
「よっしゃ骨も残さんわ」
「クソッ、失言前に釘を刺された……!」
「失言しない用意しなさいよ」
しぶしぶお口にチャックをかけた忍愛の肩を借り、本棚の上を覗き込むおかき。
埃をかぶった本棚の天面には透明な収納ケースが無造作に積まれており、透けて見える中身には1冊だけ抜き取られた痕跡のある本の束が詰め込まれていた。




