命賭け ①
「……どうやらうちらの正体も察してるようやな」
「ええ、人質に釣られてのこのこ敵地に乗り込んできた涙ぐましい友情御一行様でしょう?」
「あはは煽ってくるじゃんどうするセンパイ、処す?」
「落ち着け山田、程度が知られるで」
青筋を立てて挑発に乗る山田を、ウカは片手で制する。
笑顔を貼り付けた青年は全身隙だらけにも見えるが、こんな場所で騒ぎを起こすわけにもいかない。
何より、いくつも修羅場を超えてきたウカの勘が危険信号を発していた。
「賢明な判断です。 もしも私どもの身に何かあれば、天笠祓様の安全は保証致しかねますので」
「かたっ苦しいなぁ、三下らしく“俺に手を出すとこのガキがどうなっても知らねえぜ”とでも言うたらどうや?」
「これはこれは、配慮が行き届かず申し訳ございませんでした。 品性のレベルを合わせるのは少々不得手なものでして」
「おかきぃ、降りてこい! こいつここで殺るで!!」
「ウカさん、挑発に乗っちゃダメですってば!」
積み上げられたコインケースの山から、ようやくおかきが降りると、今まで足蹴にしていたコインたちがケースごと運び出されていく。
これから換金されるあの数千枚のコインが、一体いくらになるのかおかきには想像もつかない。
「君、そこで泡を吹いているスタッフリーダーを医務室に。 私は彼女たちをVIPルームにお連れします」
「は、はぁ……あの、処罰などは」
「ギャンブルとは運のいい者が勝つというのが常です、お客様が稼ぐたびにスタッフを処罰してはキリがないでしょう?」
「は、はい!」
大柄の黒服たちが担架を持ち込み、泡を吹いたまま倒れたスタッフを運び出す。
皆、体格だけなら指揮を執っている雲貝を越している。 だというのに、誰も彼もが雲貝の機嫌を損なわぬよう怯えているようだ。
「…………」
「お待たせいたしました、それでは皆様をVIPルームにご招待いたします」
ウカは幻術で隠した狐耳をひくつかせながら、その異質な光景を訝しげな目で見つめていた。
――――――――…………
――――……
――…
「――――はぁー、しんどっ! いやースタッフの前でネコ被んのマジで疲れんだよね」
「いや全然キャラ違うやん」
VIPルーム、金と赤で彩られた趣味の悪い部屋にウカたちを案内すると、雲貝は手ごろなソファに腰を下ろす。
落ち着いた色調の照明に照らされた広い室内は、高そうな調度品に彩られ、ダイスやトランプテーブルも一通りそろっていた。
「あー、それで何? 君たちがキックとかいう組織なんだっけ?」
雲貝は脱いだ上着を投げ捨てると、備え付けのワインセラーから乱暴に赤ワインとコルク抜きを引っ張り出す。
そのままネクタイも緩めたラフな格好になると、飛沫を飛ばしながらテーブルに置かれたグラスへと注ぎだした。
もしもこの場にワインの銘柄に明るい人物がいれば、あまりに粗雑な扱いに卒倒していただろう。
「SICKやSICK! ってか分かってて連れてきたんとちゃうんかい」
「いや、勘。 あのインチキ台でバカ勝ちしてる客いたからもしかしてと思って声かけたんだわ、あんたらも飲む?」
「あいにく全員未成年や、そんなことも知らんかったんか……」
ウカが指を鳴らすと、雲貝は少し目を見開いて驚いた表情を見せる。
今の合図で幻術を説いたのだろう、もはやここまで正体がばれているなら隠す意味もない。
「へー……驚いた、俺たち以外の異能者初めて見たわ。 その耳って本物?」
「じゃかあしい、優男に時間取られてる暇ないねん。 大人しく甘音を差し出さんと痛い目見るで」
「おっ、ボクの出番? とりあえず指全部へし折る?」
「おっと、暴力はお勧めしないぜ。 このVIPルームから次の部屋に続く扉は俺にしか開けない、ムリにこじ開けようとすれば部屋ごとドカンよ」
「……アクタの爆弾技術ですか」
「ご明察、この部屋は空間ごと隔離してるからほかのフロアに被害も出ない。 それに、何度も言うけど俺に何かあればそれこそアマネちゃんは無事じゃすまないと思うぜ?」
「気やすく空間隔離なんてするなや、なんやねんお前たちは」
「俺たちは引きずり堕ちる、目的はとある薬物の流通。 これ以上はまーだ話せないかな」
「まだ、ですか」
「そうだよちびっ子ちゃん1号、もし俺から話を聞きたかったらゲームに勝ってからにしてもらおうか」
おかきの言葉に歯を見せて笑うと、雲貝はワイン染みの残るテーブルにトランプを広げた。
「ポーカー、ブラックジャック、ババ抜き、何でもいい。 そこにあるルーレットやビリヤードでも好きなゲームを選びな、もし俺が負ければ続きも話すし扉も開ける」
「……使う道具はこちらで確認しても?」
「もちろん、イカサマでもなんでも疑ってくれ」
許可を得たおかきは、テーブルに広げられたトランプを回収して観察する。
封を切ったばかりの新品、目印や裏面の柄に細工はない。
透かしや特殊塗料などの仕掛けもなく、なんの変哲もないただのトランプカードだ。
「……どうや、おかき?」
「私が確認する限りではとくに怪しいところはないですね」
「新人ちゃん、ボクにも見せて。 …………うん、ボクも同意見だ」
「イカサマなんて冷めるマネはしないっしょ。 そんなもん使わなくても俺が勝つし」
「えらい自信やな、もしうちらが負けたらどうする気や?」
「じゃあバニーでも着てうちで働いてもらおうかな、キツネちゃんは耳と尻尾そのままで」
幻術が解けたウカたちの容姿を舐めるように品定めし、雲貝は目を輝かせる。
カフカである彼女たちは容姿端麗、さらにおかきは頭一つ抜けている。 集客能力は間違いないだろう。
「新人ちゃんのバニーか……“アリ”だね」
「クズが」 「下劣」 「失望しました忍愛さん」
「寄ってたかってそこまで言う!?」
「まあそこのカスは放っておいて、ずいぶん温い条件やな。 命でも取られるのかと思ったわ」
「嫌だよ、汚れ仕事なんて俺の仕事じゃねえし。 それに美人には商品価値があるんだよ、殺すなんてもったいないじゃん」
「センパイ、ボクにはこの人が悪い人には思えない」
「じゃかあしいわボケ。 ……信用できんわ、うちらがゲームに勝ったところでいちゃもんつけられたらそこで終いや」
「ゲームを反故にする真似はしない、俺の誇りにかける。 それにどのみちあんたらは勝負を受けるしかないんだ」
ウカたちの背後、入室した扉から「ガチャン」と施錠音が鳴る。
一番近くにいたミュウがドアノブに手をかけるが、何度捻っても扉が開くことはない。
「あまり乱暴に扱うと爆破しちゃうよ、おチビちゃん2号。 これであんたたちに退路は無くなった」
「……正気ですか? もし爆発すればあなたも巻き込まれるんですよ」
「なに、運が良ければ死なないさ。 この部屋から出る方法は2つ、俺にゲームで勝つか、あんたらが全員バニーになるかだ」
雲貝はグラスに注いだワインを飲み干すと、その中にダイスを投げ入れてひっくり返す。
テーブルにたたきつけられたグラスの中では、すべてのダイスが「6」の出目となっていた。
「さあ、楽しいゲームをしようぜお嬢さん。 ディーラーはこの俺、雲貝が務めさせていただきます」




