逃れられない悪夢 ④
「こーれは……山田、どないな状況かわかるか?」
「山田言うな、ボクも何か急に眠くなったことは覚えてるけど……つまりここって夢の中?」
「まんまとあの小説家気取りとキタローメガネにしてやられたな……で、ここどこや?」
おかきがスカートを食い破られている一方そのころ、ウカと忍愛の2人は病院のロビーにて目を覚ましていた。
しかしあれほど賑わっていた空間に人気はなく、空席ばかりががらんと並んでいる。
そのうえ窓の外からは日光も差し込まず、墨を塗りたくったような闇ばかりが広がり、いくら目を凝らしても外の景色は見えてこない。
「病院内の空間だけ隔離されたっぽい? 新人ちゃんが言ってた悪夢かなこれ」
「死体安置所ってのがおかきの話やったけど、場所が違うな? 寝てもうたのはみんな同じ部屋なんやけど」
「ガハラ様たちもいないもんね、人によって起きる場所が違うんじゃないかな? 当然のように通信機は使えないっと……」
忍愛はイヤリング型の通信機やスマホを操作するが、どれも電波がつながらず、外に繋がる扉は開けることも壊すこともできない。
ウカも自分の頬をつねったり自らの指に歯を立てて血を流してみるが、痛みこそ感じはするが目を覚ますことはできなかった。
「自力で覚醒は無理っぽいね、新人ちゃんは何て言ったっけ?」
「あの女医に出会ったらすぐ目覚めた言うとったな、夢の主の許可がないと目覚められんっちゅうことかもしれんな」
「だったら合流が最優先だね、ボクらが寝てる間にあのメガネたちが何してるかわかったもんじゃな……」
「ゴゲゴッゴオオオオオオオオオ!!!!」
「「ん?」」
閑古鳥が鳴く待合室には似つかわしくないけたたましい鳴き声に、2人は音の出どころへ首を向ける。
地鳴りのような振動が次第に近づくにつれ張りつめる空気の中、壁を粉砕しながら転がってきたのは巨大な白い球体……否、肥え太ったニワトリの巨体だった。
「パイセン、パス!!」
「パスもなんもないわ! いいから逃げんと押しつぶされるでアホ!!」
――――…………さぁぁぁぁん……忍愛…………さぁぁぁ……
「待ったパイセン、なんか聞こえる! 新人ちゃんの声だ!」
「なんやて!? まさかあれに押しつぶされとるんか!?」
待合室に並ぶ椅子を圧し潰し、転がり迫るニワトリはとてもじゃないが人力で止められるものではなく、2人は迷わず逃走を選択。
しかしウカのことはためらいなく見捨てようとも、忍愛は逃げる背中から聞こえてくる鳴き声の中に混ざるおかきの叫びを聞き逃さなかった。
「ちゃうちゃう、あのお嬢ちゃんは無事やさかい安心してええよ」
「へっ? うわっジェネリックパイセン」
「おうその呼び方やめえや山田」
後ろ髪引かれるウカたちのとなりに、いつの間にか現れた真宵が並走する。
病に侵されて吹けば折れそうな虚弱な体はどこへやら、夢の中の彼女は忍愛と比べても負けない健脚を発揮していた。
「それよかおかきは無事ってのはほんまか? あとあのニワトリは何やねん!」
「あのニワトリな、話は長なるけど雛ちゃん」
「雛どころか成鳥やんけ!!」
「うふふ、そのツッコミ二度目や~。 ちょっとばかし病気でケダモノになっとるだけやさかい、安心してな」
「ゴゲゴッゴオオオオオオオオオ!!!」
「ボクにはすでに人としてアレやコレ全部失ってるように見えるけど!?」
「たしかにこのまま悪化するとちと不味いかもしれんなぁ、けど治療のために必要なことなんよ」
「治療ってことはおかきが追い回してるのも関係あるんか?」
「ゴゲエエエエエエエ!!! テストヤダアアアアアアア!!!!」
「逃げるなぁー! 勉強から逃げるなぁー!! 2人とも、雛さんを止めてくださーい!!」
「……ってことで、お嬢ちゃんの案であの子治すために勉強が必要なんやけど」
「「どういうことで!?」」
――――――――…………
――――……
――…
「ぜぇ……ぜぇ……ゆ、夢の中でも疲れるものなんですね……」
「新人ちゃーん、もっとフィジカル鍛えた方がいいよ?」
「言うてうちら基準にされると困るんやけどな」
「何はともあれお嬢ちゃんの友達と合流できてよかったわぁ、ほなこれからどないする?」
「どないしよなぁ……」
体力が尽きて廊下の真ん中で倒れたおかきの頭をつっつく忍愛を引っ張りながら、ウカはため息をこぼす。
適当な小部屋でニワトリをやり過ごしおかきと合流したまではよかったが、その代わり廊下を爆走(?)するニワトリは逃がしてしまった。
あの巨体ゆえ追いかければ見つけるのはたやすいが、同時にあの巨体ゆえ取り押さえる手段がない。 そのためおかきとの合流したところでどうしたものかと頭を悩ませていた。
「しっかしヤケに長い廊下やな、現実の病院よりずっと長いやろ?」
「夢の中やさかい、そういうこともあるんよ。 我が強い子ほど夢の中で好き勝手しはるわ」
「つ、つまり……夢の世界を改変できる優先権みたいなものですか……げっほげほうぇ」
「落ち着くまであんま喋らん方がええでおかき、我の強さってなら山田はどないや?」
「山田言うな。 好き勝手していいなら大義名分を抱えて好き勝手するぞボクは」
「やっぱええわ、何するかわからん。 ただそうなると……院長さん、この悪夢ってあんたのものとちゃうんか?」
「この場所提供しとるのはウチの夢遊症で間違いないな、ただどうもみんなのこと目覚めさせられへんねん」
「チッ、やっぱ手ぇ打っとるかあの借金男……」
真宵と合流した以上、まずこの世界の“出口”を確保したいと考えたウカだったが、そんな安易な抜け道を用意するほど九頭たちは甘くない。
須屋 雛の話を聞いてウカが最初に感じた嫌な予感の通り、肥満ニワトリと化した彼女を鎮静化させなければ脱出はできない。 これはそういう密室シナリオだ。
「ならおかきの提案通りあのニワトリの欲求を解消してやらな話は進みそうにないな、問題はその方法やけど……」
「我が強い……精神力が高い人ならこの夢に干渉できるんですよね? 正攻法なら須屋さんより強い我を持つ人で対抗するところですが」
「いるじゃん、間違いなく我の強さトップクラスのお嬢様」
「あー……おるなぁ、お嬢」
「人材としては間違いですが……どこにいるんですかね、甘音さん」




