龍の宮 ②
「龍宮院……本当にそう書いてあったのよね?」
「ええ、扉にその名前が彫り込まれていたのをたしかにこの目で確認しました。 タメイゴゥの記憶とも齟齬はありません」
「けどなして遺体安置所の扉に建物の名前が刻まれとるん?」
「そこは気になるけど新人ちゃんが見たって言うならそっちのが信じられるな、見間違いってことはなさそうだし」
「うーん謎は深まる一方ね……あっ、悪花ちょっと冷蔵庫からお茶取ってくれない? 私の名前書いてあるやつ」
「なんで俺の部屋でお前のボトルが冷やされてんだよガハラァ! よそでやれっつってんだろいつもよォ!!」
「今日もキレのあるツッコミやな」
おかきが二度目の悪夢から目覚めて地続きの朝、休日の余暇を悪用したSICKの面々は恒例のたまり場と化した悪花の自室に集まっていた。
事件への注目が高まる中、周囲からの視線を避ける意味でも悪花の部屋は絶好の隠れ家だ。 なお本人の意思は尊重されないものとする。
「でも悪花様にも一応共有しといたほうがいいでしょ? 龍宮院の住所だって調べたのは悪花様なんだからさ」
「そりゃまあそうだけどよ、なら用事が終わったんだからさっさと帰りやがれ」
「今外に出るとおかきのファンたちに絡まれるのよ、みんな悪夢事件の行く末が気になるみたい」
「旧校舎の方にもちらほら熱心な連中が集まっとるからな、悪花の部屋が一番近いし安全やろ」
「納得できねえ……アリスのやつがいねえから今日は平和だと思ってたのに」
「アリスさんも今は事件の調査中でしょうね、帰ってきたらまた頼られると思いますよ」
「クソがよォ……ガキでもわかるように資料まとめんのも楽じゃねえんだぞ」
それでも断らないから頼られるのではないのか、と喉までこみあげてきた言葉を飲み込むおかき。
口に出せば怒った彼女に追い出されてしまうのは火を見るよりも明らか、今後も魔女集会との円滑な関係を築くために賢い探偵は口を噤んだ。
「ゴホンッ、話を続けましょう。 今後の方針ですが……」
「夢の中で追い返された以上、現実の龍宮院にカチコミかけるってんだろ? 言っておくが俺は手伝わねえからな」
「わかってます。 相手は得体のしれない相手です、むしろ悪花さんの存在は相手に知られない方がいい」
「せやな、うちらに何かあった時は頼むで悪花」
「俺を万が一の保険にするんじゃねえ、死んでも助けねえからな! とくに山田」
「悪花様? どうしてボクだけ名指し??」
「まあまあ。 ともかくそういうわけでしばらく不在にします、何かトラブルがあれば旧校舎のユーコさんにお知らせください」
「SICKにゃ頼らねえよ、ただお前ら中間試験は平気か? 前も話したけど龍宮院は一泊二日で済む距離じゃねえぞ」
「そうなんですよねぇ……」
北海道から沖縄まで空路で4時間もあれば移動できるこの世の中、移動だけなら一日もあれば事足りるが、そこから病院に潜入するとなれば時間に余裕はない。
ましてや休日明けはすぐさまテスト期間へ突入、欠席すれば成績に受ける被害は計り知れない。 常識的な学校ならともかく、成績がAPに直結する赤室学園では致命的だ。
「ただ悠長なことも言っていられない、まだ須屋 雛さんは悪夢から目覚めてないですし」
「このまま眠り続けたままだと点滴による栄養供給も限界があるわ、それに筋力もどんどん衰えていくし……なにより彼女もテストを全部落とすことになる」
「致命的やな」
「昏睡期間が長いほど社会復帰にも時間がかかります、依頼解決は早い方が望ましいです」
「それに早く事件片付けて鎮静化しないと第二第三の被害者が出そうだよねぇ、これ……結局行くしかないかぁ」
「というわけで悪花、私たち不在の間タメイゴゥの世話を任せたわよ」
「待て、あの謎の生き物置いていくのか!? 俺じゃ面倒見切れねえぞ!?」
「タメイゴゥは足音の主に存在が割れているので……ぬいぐるみの振りをしてもらうのも限界があるためお願いします」
「大丈夫、別に噛んだりしないわよ。 それじゃ何かあったらメッセージでやりとりましょ、行ってきまーす」
「おい待てガハラァ! おかきたちはともかくお前は行く必要ねえだろ、おォい!!」
――――――――…………
――――……
――…
「わー見てこれ、悪花のやつから飛んできたスタンプとメッセージの嵐」
「帰ったら怒られますよ甘音さん……」
「あれでお嬢のことかなり心配してんねんで」
「ツンデレだよね悪花様って」
朝一で学園を離れ、電車に揺られること3時間。
SICKの仕事を面目に学外活動を許可されたおかきたちは、龍宮院が建つ地域のくたびれた最寄り駅に降り立った。
『はいはい、悪花の話はそこまで。 ここから先は仕事の時間だ、気を引き締めていこうぜ皆の衆』
「おっ、やっと通信繋がった。 キューちゃんもよろしくー」
『いえーい、悪いね別件から手離せなくてちょっと遅れちゃったぜ。 だけどこの世界がケーキの山に埋もれる危機は去ったから安心してくれ』
「いつの間にそんなファンシーな危機が……」
『まあこの話はいつか茶請けにしようか、それよりみんな今回の目的は分かっているね?』
「ええ、もちろんです」
イヤリング型の通信機に耳を傾けながら、おかきは念のため周囲に視線を向ける。
閑散とした駅構内には人気もまばらで、花粉シーズン真っ盛りの中、マスクで顔を隠すおかきたちを気に掛ける人間などはいない。
『おかきちゃんの報告から今回の主目的は龍宮院の潜入、および悪夢事件に関連すると思われる須屋 雛氏の調査だ。 そのため君たちにはまず患者を連れて龍宮院の受付を通ってもらう必要がある』
「よっしゃ任せとき、歯ぁ食いしばれ山田」
「パイセン? どうしてボクの腕をへし折ろうとしてるのかなパイセン?」
「おかきの捻挫を診てもらうってわけにはいかないの?」
『悪夢の情報を持っているのはおかきちゃんだ、診療中は拘束されるし治りかけの捻挫を診てもらうだけでそこまで時間は稼げないからね』
「だからできるだけ診察に時間をかけてもらえる人材を用意したと、しかしそんな人どこから……」
「あっ、いたいたぁ。 お~いみんなぁ~こっちこっちぃ~」
駅の改札を抜けた先、ベンチに座ったままおかきたちに手を振るのは、毎日学園で顔を合わせる教師兼エージェント。
常人なら肝臓が木っ端みじんになりそうな量の酒瓶を抱えた飯酒盃がほろ酔いのままカフカたちの到着を待っていた。
『どうだ、適任だろう?』
「ええ、ぐうの音も出ないほど……」




