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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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しかたなし ②

「……………………で、ですわ~~~~!!!?」


「少年、2人を連れて今すぐ逃げてください!」


「お、お前はどうするんだ!?」


「いいから早く!!」


 おかきは実寸大に戻した陀断丸を引き抜き、大樹を吹き飛ばした脅威と相対する。

 こうなってしまえばもはや機密保持など考える余裕はない、SICKの事後処理に頼るばかりだ。

 今おかきが奮闘しなければ、だれ一人生きて帰ることはできないのだから。


『姫、ここが某の死に場所か?』


「縁起でもない事を言わないでください、それにしてもなんですか“あれ”は……」


 汗でにじむ視界を拭い、おかきは目前に立つ“それ”が見間違いであることを願う。

 おかきたちが隠れていた大樹を吹き飛ばした存在を一言で表すなら、「頭部が欠損した巨大な鹿」だった。


 脚部だけでも目測3mはある巨体。 その胴体から上に本来あるべき頭部は存在せず、代わりに輪っかを伴う輪郭がぼやけた漆黒の球体が鎮座している。

 あまりに異様な存在でもおかきが「鹿」と形容できたのは、その球体の横に浮いている一対の特徴的な角のおかげだ。


『人の子よ、あれは神獣に至りかけた鹿の無念を我が拾い上げたもの……首から上に見えるのは高密度の無念が渦巻く呪詛の塊、圧縮しすぎて空間が歪んで見える』


「なるほど、見た目通りブラックホールみたいなものと解釈します。 それで元凶に聞きますが、あれはどういった危険性を孕んでいるんですか?」


『単純明快、知覚した侵入者を全力で殺しに来る。 見ての通り視覚情報に頼らないので隠れても無駄』


「それはまた面倒なものを――――」


 ――――陀断丸を握る腕に強い衝撃が走り、おかきの視界がひっくり返る。

 攻撃を受けたと理解したのは頭から地面に着地し、喋りかけの舌を噛んでしまってからだった。


「っ……ぐっ……な、なに……!?」


『姫よ、無事か!』


『高濃度の呪詛を一点に圧縮して撃ち出した、防御できたのは幸運』


「呪いってそんなウォーターカッターみたいなものなんですか……!?」


 文句だけは流暢に出てくるが、頭は眩んで腕は衝撃で痺れて感覚が戻ってこない。

 鹿が射出した呪詛を陀断丸が間一髪で受け止めなければおかきは胴体と泣き別れしていたところだ、さきほどの大樹と同じように。


『当たれば当然即死、掠っても呪詛に侵され苦しんで死。 二段構えで隙が無い』


「自慢げに言わないでくださいよ、弱点はないんですか!?」


『ない、強いて言えば聖気を用いた強制成仏。 もしくはその刀で心臓部を串刺し』


「簡単に言ってくれますけどね……」


 ノーモーションで飛んでくる呪詛の狙撃を掻い潜り、懐にもぐりこんで急所を一刺し。 言うは易いが実行できれば苦労はない。

 第一おかきの身長では背伸びして鹿の腹を切りつけられるかもギリギリだ。

 勝ち目はない、生き残る道は撤退のみ……頭では理解しているが、それ以上に足が動いてくれなかった。


『姫、次が来る! 某を構えてくだされ、この身に代えても防ぎますゆえ!!』


「そうはいっても……腕が……っ」


 痺れた腕は刀を握るだけで精いっぱいで持ち上げることすらかなわない。

 見れば手の甲には黒い痣が浮かび上がり、じわじわと腕へ侵食している。 

 痺れの原因は受け止めた際の衝撃だけではなく、飛散した呪詛の飛沫がおかきの身体を蝕んでいた。


「くそっ、これで死んだら化けて出てやりますよ――――」


「――――うわあああああ!!! 避けろ避けろ避けろ!!」


「ですわ~~~~!!!!」



 死を覚悟したおかきへ即死の呪詛が放たれるその寸前、横から跳んできた正太郎たちがおかきの身体を突き飛ばす。

 そして全員まとめてもんどりうった頭上を掠め、亜音速で放たれた呪詛が大地を抉り森の木々を薙ぎ払った。


「で、で、で、ですわ~~~!!? なんですの今のは!!?」


「おい、重い! 退けろ! うわあなんだあのバケモノ!?」


「おかき、無事……?」


「み、皆さん!? どうして、逃げたはずじゃ……」


「逃げたよ、お前に言われた通り! だけどどうしてかここに戻って来るんだ!」


『鹿の頭部に作られし重力場は空間を歪曲させる、簡単に言えばどこへ逃げても必ず奴の眼前に戻って来る』


「先に言ってくださいよそういう大事なことは!」


「誰に向かって話してるんだ!?」


「すみません気にしないでください! そんなことよりまたあれが飛んできます、私は良いから散って逃げてください!!」


 アリスたちの乱入にも巨鹿は微動だにしていないが、耳をすませば頭部の球体が高速回転している音がかすかに聞こえる。

 これまでの射撃感覚からおかきは呪詛には“溜め”が必要だと推測し、実際にその推理は当たっていた。

 狙いは十中八九機動力のない自分、だから散り散りになればアリスたちが巻き込まれる心配はない。 一射分だけは。


「あ、藍上さんはどうしますの!?」


「私は自力で何とかできます、だから早く!」


「嘘ですわ絶対嘘ですわそんなの! 一緒に逃げますわよ!」


 半べそをかくよもぎは動けないおかきの肩を抱えて逃走を試みる。

 しかし非力な彼女では引きずることもままならない、正太郎の力を借りてもその足取りは微々たる歩みだ。


「こここここここここで友を見捨てたら菓名草家の恥ですわ! なんでこんなことになったのかよくわかりませんけどとにかく生きて帰りますわー!!」


「無理です、私は良いですから……! アリスさん、2人を連れて離れて!」


「おかき、大丈夫」


「大丈夫じゃな……」


「大丈夫、私たちじゃ無理なのは知ってる。 だから()()()()()()()


「はい?」


 今にも即死の呪詛が放たれようとする中でアリスがのんきに指を指した先、地面ごと木々を吹き飛ばして巨大な何かが鎌首をもたげる。

 気の遠くなる数の節足をわさわさと動かし、鋭利な牙から溶解液を滴らせる細長いそのシルエットは、おかきたちがこの森に迷い込んで初めて出会った怪物だ。


「化け物は化け物をぶつける……クタにょんが教えてくれた」


「な、なんて……無茶な……」


『―――――ギチチチチチチチ!!!!』


 鳥肌が立つ奇怪な鳴き声を上げながら呪われた巨鹿と対峙するのは、幾重にも絡まり合った巨大ムカデの束だった。

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