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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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厳かな侵入 ③

『テスト、テスト、聞こえるかなカフカのみんなー? 聞こえていたらイヤリングを2回ノックしてくれ』


 クリアな音声で耳に届く宮古野の声をしっかり拾い、おかきは自然な仕草でイヤリングを指先で叩く。

 通信状況は良好だ、隣のウカたちも同じようにイヤリングを叩いている。


『OK、こちらもしっかり音声拾えているね。 それじゃいざ突入と行こうか』


『油断するんじゃねえぞ、何かあったら1人でも帰ってこい。 特におかき』


「私そんなに信用ないですか?」


『一番戦闘力がねえからだよ、オレたちに任せりゃいいのに無茶しやがって』


「アクタの狙いは私です、この身で赴かないと始まりません。 それに甘音さんを助けたいのは私も同じですから」


『……ケッ、そうかよ』


 悪花たちとの通信が途切れる。

 最後に聞こえた声色は、どことなく照れ臭さを誤魔化すものだった。


「ふぅー……さて」


 あらためておかきは目前の標的を見上げる。

 ネオンの明かりが明滅する死にかけの看板から、かろうじて「雀荘」の文字が読み取れるような古びた建物。

 表通りから隠れるように建てられたその建物の中に、甘音は監禁されているはずだ。


「けど本当にここであってるのかな? 悪花様の見取り図だともっと大きいビル想像してたけど」


 ビルの隙間に差し込んだような裏路地の雀荘は、4階建てのビルにテナントを借りた謙虚な経営状況だ。

 おかきたちが頭に叩き込んだ見取り図とおおまかに比較しても、どう考えても横にスペースが足りない。


『んだテメェ、疑ってんのか?』


「いえそんな滅相もないですハイ!」


「場所は合ってるで、全知無能で導いたなら見取り図の方が正解やろ」


「あ、暁さんは……間違ってない、です……!」


「ええ、私たちも信じていますよ」


 おかきは自分の背後にくっついたミュウの頭を撫でる。

 おそらく3人の中で一番背丈が近いおかきのそばが一番安心するのだろう。

 袖を掴んで震えながらついてくる様は、無いはずの母性がくすぐられるような気分になる。


「なんや、こうしてみると姉妹みたいやな」


「あはは、お姉ちゃんだねぇ新人ちゃん。 けどさ、2人連れて行って入れるかな? 見た目まんま小学生だけど」


「私こう見えても(設定上は)成人してますからね」


「見た目が年齢に追いついてないと意味ないで」


「それは……そうなんですが……」


「まあその点は心配しなくてええで、キューちゃんからええもん借りとるわ」


 するとウカは、首元に下げたペンダントを引っ張り出して全員に見せる。

 油膜のような光沢を放つそのアクセサリーを、おかきは知っていた。


「東京の一等地……」


「なんでやねん。 認識迷彩っちゅう機械や、こいつ持ってると他人からあまり気にかけられなくなるらしいで」


「ああ、石こ〇ぼうし」


「忍愛さん、そのくだりはすでに私がやりました」


「こいつをうちの幻術をかけ合わせれば、全員分の恰好をごまかすぐらい余裕や。 てなわけでキューちゃんから預かった中継器くばるでー」


「東京の三等地……」


「新人ちゃん、ペンダントの数が増えても等級は増えないよ」


「それやと土地の価値も下がっとるな」


 ウカから受け取ったペンダントは、本体の認識迷彩よりもやや小さく、油膜の代わりに黄色に透ける石がはめ込まれている。

 本体同様、おそらく同質量の純金よりこのペンダントの方が高い。 具体的な金額を想像しないように、おかきは慎重な手さばきでペンダントを身に着けた。


「ほなうちが先頭、おかきとちびっ子はその後ろや。 しんがりは任せたで山田」


「山田言うな。 けどその並びが安全かな、OKOK」


――――――――…………

――――……

――…


「…………いらっしゃい」


 カンカンと音を立てて外階段を上り、ウカが雀荘の戸を開く。

 その瞬間にあふれ出すアルコールとタバコの臭いに彼女が思わず立ち止まると、部屋の奥から酒に焼けた歓迎の声が聞こえてきた。

 本来なら風営法に抵触するような時間だが、店内にはジャラジャラと牌を転がす音がそこら中から響いている。


「セット料金2000、うちは一見お断りだよ。 誰かの紹介?」


「なんやたっかいなぁ、勅使羽てしばねって人に紹介されてきたんやけど」


 周囲に目もくれず、ウカはまっすぐに受付に向かって500円玉を4枚差し出す。

 衝立に隔てられて相手の顔は見えないが、ウカの告げた名前に一瞬だけ反応した様子がおかきには窺えた。


「……4人かい? 今なら自動卓も開いてるけど」


「三麻や、こっちの子は見学。 自動卓の方がスピードあってええからそっちにしてもらえる?」


「あいよ、奥の個室使いな」


 つらつらと隠語めいたやり取りを交わすと、衝立の向こうからしわがれた手が伸び、タグが付いたディンプルキーを差し出される。


「ラブホの受付じゃん」


「忍愛さん、子どももいるんですよ」


「己が欲望に忠実で非常に下品」


「ねえやっぱこの子ボクに対する当たり強くない?」


「だぁっとれアホ山田、さっさと行くで」


 この部屋でカギが使えそうな扉は、受付の横にある頑丈な鉄扉だけだ。

 カギを受け取ったウカは、背後から突き刺さる視線も気にせず、迷わずそのカギを扉へと挿入する。

 軽い音を立ててシリンダーが回ると、油の切れた緩慢な動きでゆっくりと扉は開かれた。


『OK、第一関門は突破だね。 その調子で頼むよ』


『言っておくが返事はしなくていいぞ、妙な行動は見せるな。 返事は咳払いでいいぜ』


 イヤリングから聞こえるサポーターたちの声援に、おかきは軽い咳払いで答える。

 敵地の真っただ中に立っている今、耳元で聞こえる仲間たちの声がとても心強く思えた。


「お客様、恐れながらここで一度立ち止まっていただけますか?」


 しかし鉄扉をこえたところで、おかきたちの足は2人のガードマンによって止められる。

 身に纏うスーツが悲鳴を上げるような筋骨隆々の男たちは、対応こそ紳士的だが有無を言わさぬ迫力を放っている。


「なんや、うちらはよ遊びたいんやけど?」


「申し訳ありません、この先に進むにはボディチェックを受けていただきます」


「ボディチェック……」


「ご心配ならば、女性のスタッフと交代いたしますが」


 ガードマンたちはおかきに向けて優しく声をかけるが、懸念はそこではない。

 いくら幻覚で誤魔化しているとはいえ、触ってしまえば違和感など一瞬で看破されてしまうだろう。

 そのうえ、おかきの腰には護身用として持ち込んだ拳銃が吊り下げられているのだ。


「いかがなされましたか、お客様?」


 突入からおよそ3分、おかきは早速最大級のピンチを迎えることとなった。

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