けたたましい休日 ②
「はるばるぅ~来たぜ新宿! 実質ボクの庭!!」
「己惚れるなよ」
「ウカさん、忍愛さん、あまり離れない方がいいですよ。 新宿は異世界です」
「駅から出るまで5回声かけられてそのうち3回モデルのスカウトだったものねあんたたち」
『やっぱおかきさんとアリスさんが並ぶと破壊力たっけぇっすね』
「…………な、なんでこうなってますの~~~~!!!??」
菓名草 よもぎは新宿駅前広場の中心で溜めに溜めていたツッコミを叫ぶ。
右を見れば大手製薬会社の一人娘、左を見れば顔面偏差値の暴力、あと後ろは山田。
四方をほぼ見ず知らずの先輩たちに囲まれ、よもぎの気分はさながら不思議の国に迷い込んだアリスだった。 なぜこんなことになったかと言えば……
――――――――…………
――――……
――…
「……お、おでかけ……ですの?」
「ええ、実は週末街に繰り出さないかという話になりましてね。 よければアリスさんといっしょによもぎさんも同行しませんか?」
時刻は巻き戻り猫又神隠し事件の後。
よもぎはベッドの上で半身を起こしたまま、おかきから“延長戦”についての詳細を説明されていた。
とはいえ、身構えながら聞いた内容は要約すると「一緒に遊びませんか」というだけの話だが。
「あ、アリスさんと……! いえいえ待った待ったお待ちになって! 話が美味しすぎますわ、一晩寝かせたカレーですわ!」
「そりゃ美味いわね」
「私そこまで好待遇を受ける謂れはありませんわ! それに探偵勝負の延長戦という話はどこに行きましたの!?」
「ええ、ですから街を歩く道すがらなんやかんや勝負を付けようかと」
「おかき、肝心なところがあやふやよ」
「むぅ……」
うまく説明できない自分にもどかしさを覚えるおかきは口元に手を当ててしばし思案する。
見た目こそミステリアス片目隠れ幼女だが、その下に隠されているのはネグレクトを受けて学校もまともに通ったことがない男。
つまるところおかきは“友達を遊びに誘う”という経験が極端に乏しかった。
「……甘音さん」
「はいはい、ようは一緒にショッピングとか楽しむ合間にいろんな勝負事を提案して楽しく遊びましょうってことよ。 ファッションセンスとか、ゲームセンターとか、ガチャガチャの運勝負だとか、おかきは何でも受けて立つと言っているわ」
「むむ、自信満々ですわね……!」
「そういうわけではないんですけどね」
おかきとてこれが負けられない勝負であるならここまで気前のいいことは言わない。
挑まれればわざと負けるような温い真似はしないが、それでもエンタメ性を優先したのは全員が楽しめる休日にするため。 そしてあわよくよもぎとアリスの仲を取り持つためだ。
(頼みますよよもぎさん、私の腰が砕ける前に……!)
度重なるアリスの挨拶は日々キレを増し、おかきの下半身へ確実なダメージを蓄積していた。
原因は人見知りがちなアリスが長い授業から解放された放課後、おかきを発見したことの情動が爆発するため。
つまり日中の学生生活をともにする友人がいれば自然とガス抜きができる……というのがおかきの整骨を担当した飯酒盃の見解である。
「ふっ……甘音さん、来月から湿布の枚数減らしてもらって構いませんよ」
「苦労してるところ悪いけど本人に一言いえば済む問題じゃないのそれ?」
「しかしあの震えるハムスターのような目を見るとなんとも……」
「ほーんとそういうところよおかきー?」
――――――――…………
――――……
――…
「……そうでしたわ思い出しましたわ! 藍上さん勝負ですわー!」
「突然ですね、構いませんが勝負内容は?」
「何も考えてなかったですわー!?」
「なっ、この子おもろいやろ?」
「なんというかパイセンが気に入るのも納得って感じの子だね」
時は現在に戻って新宿駅前、目的を思い出して勝負を挑むもよもぎはあえなく撃沈する。
おかきとの決着は彼女も望むところだったが、残念なことに「アリスと共におでかけする」というイベントが楽しみすぎて肝心の目的をすっかり忘れていた。
「なーにまだまだ時間はあるわ、勝負についてはゆっくり考えましょ。 それより今は早くここ動かないと悪目立ちするわよ」
「すみませんわたしメテオプロダクションのものですが少しお時間よろしいでしょうか?」
「あのぉーそこのお店でカットモデルいま探しててぇ、よければお嬢ちゃんたち可愛いから無料でヘア整えて見ない?」
「そこの君、ずいぶん恐ろしい女学生の霊に憑かれておるぞ! 今すぐこの邪気を払う壺(50万円)を買って私の除霊を受けなさい!!」
「ほーらろくでもないのが集まってきた」
『まるで誘蛾灯っすね』
アイドル事務所、ナンパな理容師、自称霊媒師、その他もろもろ。 おかきたちが足を止めている間にぞろぞろと人が群がって来る。
メンバーのおよそ半数がカフカ、つまり文字通り“絵にかいたような美少女”なうえ、誇張抜きで芸能事務所に所属していた実力持ちのアリスまで揃っているとなればそこにあるのは顔面偏差値の暴力だ。
「さ、さすがアリスさん……輝きが違いますわ~!」
「…………不本意」
「ご主人、我が脅かせば皆逃げるのでは?」
『姫よ、この下郎たちは切り捨ててよいか!?』
「タメィゴゥたちは大人しくしてください、あとで局長たちに怒られますから……!」
「おかき、サングラス。 ミニマム顔良し組はちょっとその輝く面隠してなさい、さっさと移動するわよ」
「さすがお嬢、準備がええな」
「当然、今日のためにスケジュールは分単位で練り上げてきたわ!」
「気合が空回っとるな?」
リュックに隠れたタメィゴゥとストラップに化けた陀断丸を隠し、そそくさと駅前から離れるおかき。
逃走ルートはすでに甘音が悪花とともに下調べしていたこともあり、群がる追手は驚くほど簡単に振り切ることができた。
ここまでは甘音の想定通りに過ぎない、無事に逃げ切った後も彼女のプラン通りに進めば平穏な休日は約束される……はずだった。
「ふははははは!!! 見つけたぞくたくたクタにょん!! 相変わらずなぜ人気かわからぬ名状しがたい造形だが、今日こそその謎を暴いてみせる!!!!」
「………………ん?」
雑多な新宿の喧騒を貫通するそのうるさい声を聞くまでは、おかきもそう思っていた。




