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厳かな侵入 ②

「……眠れなかったみたいだな」


「悪花さんこそ、ろくに休めていない顔色ですよ」


 時刻は日を跨ごうというころ、おかきは落ち着かない思いで車の外を眺める。

 作戦決行目前、カフカたちを護送する車の中では、最後の打ち合わせが行われていた。


「じゃあはじめ強く当たって後は流れってことで」


「いや打ち合せ雑いわ」


「わかんないかなセンパイ、高度な柔軟性をもって臨機応変に対応しろってことだよ」


「要するに具体的な情報は何もないわけですね」


「悪ぃな、オレが解析できたのは間取りで精いっぱいだ」


 言葉では謝罪しながらも、悪花はいまだ手元のノートパソコンを使い、分析を進めている。

 ファミリーカーに偽装された車内の大半は、大量の紙と山積みの資料でいっぱいだ。


「悪花さん、もう0時になりますしさすがにこれ以上は……」


「無駄だよおかきちゃん、こうなったら悪花は納得するまで止まらない。 ぶっ倒れてからおいらが無理やり休ませるからさ」


「この程度じゃ倒れねえよ、エナドリは魂のガソリンだ」


「はいはい、強がりは放っておいてみんな一度降りて。 前線拠点に到着だ」


「前線拠点……?」


 宮古野にせかされ、おかきたちが駐車場に停められた車から降りる。

 しかし、そこにあったのはシャッターを締め切った文房具屋が一軒あるだけだ。


「ここが拠点なんですか?」


「そうだよー、ちょっと待っててね」


 おかきが戸惑っている間に、宮古野がシャッターを規則的なリズムでノックする。

 すると、重く閉ざされたシャッターがひとりでに開き始めた。


「閉店した店を買いとったSICKのカモフラージュは各地にあるんだよ、今回みたいなときに素早く対応できるようにね」


「毎度のことやけど金かかっとるなぁ、ちゃんと元取れてるん?」


「ははは、半分ぐらいおいらの浪漫だよ」


「取れてないんかい」


 無言の笑顔で誤魔化す宮古野に先導され、おかきたちはシャッターの隙間から店内に侵入する。

 内部は商品を陳列する棚などもなく、がらんどうのスペースに大量のケーブルと電子機器が設置されていた。

 

「来たか、カフカたち。 全員コンディションに問題はないな?」


「きたよー、局長。 悪花がちょっち無理してるけど気合で何とかするって」


「まったく……あいつは変わってないな」


 数名の職員がせわしなく機器の調整をする中、ともに作業をしていた麻里元がおかきたちを迎え入れる。

 さらに彼女の後ろからは、作業服に身を包んだ子どもたちが顔を覗かせる。


「あー、悪花さん! 遅いよ、もう整備終わりますよ?」


「悪花ちゃん顔色悪いー、また無茶してんでしょ?」


「あとは俺らが引き継ぐんで、リーダーは休んでていいっすよ」


「うっせぇガキども! ケツの青い連中に大事な計算任せられるかよ、お前らはサポートだけしてろ」


「悪花様? まさかこの子たちが魔女集会からの助っ人?」


「バカにすんなよ、右から順に演算能力、低純度の未来視、機械感応の能力者だ。 引き抜くんじゃねえぞ」


「「「よろしくおねがいしまーす!」」」


 子供らしい快活な挨拶がおかきたちへ向けられる。

 しかしおかきは、彼らが着る服の隙間から覗くリストカット痕や、特徴的な火傷を見逃さなかった。

 彼らが魔女集会に保護されるまでの経緯は、きっと聞かない方が良いのだろう。


「悪花、休む気がないならこっちの作業を手伝ってくれ。 今急ピッチで解析作業を進めている」


「わかってんじゃねえか、テメェらも目つけてたんだな」


「局長、今度はなにを調べるんですか?」


「ファミレスで捕らえた男がいただろう? 彼から採取された麻薬の成分分析だ。 アクタたちの謎に深く迫る可能性がある」


「というわけで悪花はおいらたちとここで君たちの支援を行うことになる。 おかきちゃんにはこいつを渡しておこう、どうぞ」


「どうも……?」


 宮古野から差し出されたものを、おかきは反射的に受け取る。

 手にずしりとのしかかったものは、まず現代日本ではお目にかかる機会のない物騒な鉄の塊だった。


「グロック23キューちゃんカスタム、扱いには気を付けてね」


「け、拳銃……」


「おうコラ、キューおまえ何物騒なもん渡してんだよ」


「護身用だよ、使わないことが一番いいんだけどね。 おかきちゃん、できるだけ自分の命を最優先にしてくれよ」


「……善処、します」


 ともに渡されたホルスターを腰に装着し、おかきは恐る恐る拳銃を収納する。

 羽織るコートに銃を隠しながら、命を奪うには軽すぎる重量におかきの背筋が凍えた。


「大丈夫だよ~、ボクらがいればそんなの使う必要はないって。 ねえセンパイ?」


「山田の言う通りやな、うちらがついとるし……そういや12号はどないしたん?」


「なんだ、ミュウならずっと山田の後ろに張り付いてたぞ」


「へっ? ウワァー!? びっくりした!!」


「―――――……」


 バッタのように飛びのいた山田の背後には、マフラーと厚手の防寒具を着込んだ白髪の少女が立っていた。

 長い髪の隙間からじっとりと忍愛を睨む少女の姿は、シチュエーションが違えば亡霊と見紛う凄みがある。


「紹介するぜ、カフカ12号こと神薙かんなぎミュウだ。 中身も小学生のガキだからオレたちみたいに扱うなよ」


「よ……よよよよろしく、おねがいします……ですっ」


 蚊の鳴くような挨拶を済ませると、ミュウと呼ばれた少女は素早い脚運びで悪花の背後に隠れてしまった。

 

「あー、見ての通りシャイなやつだ。 これでもうちの貴重な戦力なんだけどな」


「大丈夫なんですか悪花さん? そんな小さな子を連れてきて」


「問題ねえ、こいつの実力は俺が保証する。 山田とウカも知ってんだろ?」


「うん、まあ……ボクが保護しようとして悪花様にかっさらわれた子だし」


「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ、あれは100%テメェが悪い」


「ミュウも山田が悪ィと思うです」


「なんかこの子ボクに対してだけ流暢に喋ってない?」


「はいはい、雑談もそこまでだ。 悪いけど時間が押してる、作戦を始めよう」


 宮古野が手を叩きながら会話を遮ると、ケーブルに埋もれていない床の一部に地図を敷く。

 それはこの拠点を中心とした近辺の地図だ。 赤マルで囲った拠点のすぐ裏手に、目的のカジノが虫ピンで印づけられている。


「嬉しいことに目的地はここから徒歩5分もかからない、囚われの御姫様さえ奪還できればおいらたちがすぐに応援へ駆けつける。 だから絶対に無茶はするなよ」


「表はただの雀荘を装っているが、中で合言葉を示せば奥に隠されたカジノ部屋に招待されるようにできている。 悪花、そちらはすでに知っているんだろう?」


「当たり前だぜ麻里元ォ。 しっかり覚えていけよお前ら、とくに山田ァ!」


「なんでボクだけ名指し!? あと山田言うな!」


「おいら特製イヤリング型小型通信機を渡しておくよ、好きなデザインを選んでね」


 地図の上に置かれた多種多様のイヤリングは、うっかり落とせばなくしてしまいそうなサイズだ。

 ひとつ手に取ってみても一見では構造が分からないほどに精巧だ、誰かに見られてもまさか通信機とは思われない。


「局長として命令するが、必ず生きて帰ってこい。 非情なことを言うが天笠祓一人より君たちの命の方が貴重だ」


「……任せてください、全員無事で帰ってきます」


 腰に吊り下げた銃の重さを再確認しながら、おかきは手にしたイヤリングを装着する。

 つい先日まで、貧乏暮らしを続けるだけの青年だったというのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


 だが、なにより「おかき」も「雄太」もここまで来て引き下がるような性格はしていない。

 マグネット式のイヤリングを耳に下げ、おかきはその胸に強い決意を灯した。

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