厳かな侵入 ①
「……決行時間が決まった。 本日0時より目標を奪還する」
停滞し始めた会議に終止符を打ったのは、麻里元が発した鶴の一声だった。
「ええんか局長? 相手が何構えてるのかまだわからんけど」
「もともとこちらが後手に回っているんだ、完全な予測などできない。 この場合で最悪なのは臆病になりすぎて何もできないことだよ」
「おいらもその意見に賛成、常識の外にある存在をいくら考えても無駄さ。 むしろ一人だけでも能力が割れているだけ儲けものだね」
「あー、なんだっけ悪花様? 触ったものなんでも爆弾にする能力だっけ?」
「手フェチの殺人鬼じゃねえよ。 視認したものすべてを爆弾として利用できる能力だ」
「……それってどう違うのさ?」
「お前昨日の話聞いてなかっただろ山田ァ……たとえばここに腕時計が一つある、こいつを爆弾改造して誰かを殺したい、お前らならどうする?」
悪花は身に着けていた腕時計を外し、テーブルに置いて皆に問う。
この中で一番悪用を思いつくであろう宮古野は、口にチャックをかけてほかのカフカたちへ回答を促した。
「なんちゅうか中にこう、火薬詰めてボーンってするんとちゃう?」
「時計なら時限式で着火装置を……具体的な機構は思いつきませんね」
「メリケンサック替わりに手に巻いて殴れば殺せるよ!」
「それができるのはお前だけだアホバカ忍者、キューはどう考える?」
「そうだねえ! おいらなら[禁則事項]を■■して隙間に≪検閲済み≫……ああでもこのサイズ感なら【データ削除】して竜頭はくり抜いて……」
「あー待て待て待て、そこで止まれ。 お前がシャバに出しちゃいけない人間だってことはよくわかった」
指名された途端、宮古野はチャックをほどいてよい子はマネしちゃいけない内容をまくしたてる。
そのまま放っておけばいつまでも喋るどころか実際に腕時計を分解し始めた彼女を、悪花がおかきの耳を塞ぎながら制止した。
「大丈夫だよ、おいらが暴走しても局長が止めてくれるって信じてるから」
「こんなところで重い信頼をぶつけられても困るやろ局長も」
「あー……たった今とんでもねえ悪用方法を提案されたが、アクタのやつなら同等以上のもんを嫌でも思いつくだろうよ」
「嫌でも?」
「難しい数式の計算をすっ飛ばして答えだけわかるような感覚だ。 本人にその知識がなくとも”できる”と理解しちまう、オレも似たような能力だからわかるがキツいんだよ」
「……うちらにゃ実感できないけど、そりゃ辛そうやな」
「ON/OFFできなきゃ脳のキャパ一瞬で越えるね、むしろ今まで生きてたのが不思議なくらいだ」
あたり一面が宮古野が語った性能以上の爆弾に染まって見える。
しかも本人にとってはそれが「当たり前」なのだ、幼いころなど自分しかもっていない能力だとは思わないだろう。
見えるものすべてがいつ誰かの悪意によって爆ぜるかもわからない地雷原など、恐怖で正気が削られてもおかしくはない。
「局長、これも超能力なんですか?」
「ああ、感応能力の一種だろう。 この手の超能力者は周囲の共感も得られず、幼少期からストレスに晒されて短命な者が多い」
「だから魔女集会で保護した、こんな形で恩を返されるとは思わなかったけどな」
「ふーん……つまり今回みたいな状況ってボクらかなり不利じゃない?」
「ワハハ、どこに何の罠仕掛けられてるのかわかったもんじゃないねえ」
人質の救出が目的である以上、閉所かつ死角の多い建物内への侵入は避けられない。
どんな小物が爆弾となっているかわからない中、こちらから攻め込む戦いはどう考えてもアクタが有利だ。
「大丈夫だろ、山田が体張って全部止めんだから」
「悪花様? 別に忍者は無敵じゃないんだよ?」
「悪花ほど極論ではないが、私としても山田の能力を信用している。 罠があるならすべて踏み越えていくしかない」
「建物ごと爆破されたらどないする?」
「……アクタはあくまで私との対決にこだわっています。 そこまで無粋な真似をするとは思えない」
「学園に侵入できる手段があったんだ、ぶっ殺すだけならいくらでも方法がある。 そうしなかったならそこにゃ何か理由があるはずだ」
「理由……この場合は美学か浪漫ってところかな。 おいらも気持ちの一端ぐらいは分からないでもないよ」
「とはいえ危険な任務には変わりないな。 SICK局長として無理強いはできない、作戦の参加は任意とするがどうだ?」
「おい君たちぃ、この中で日和ってるやついる!?」
「「「「「いない!!」」」」」
一見部下を思いやる台詞だが、麻里元の言葉は挑発と変わりない。
そしてこの会議室の中で、尻尾をまいて逃げるような“男”はいなかった。
「再確認だ、作戦決行は今夜0時。 それまで全員十分な休息を取れ、解散!」
――――――――…………
――――……
――…
「……で、ドレスコードまでしっかりして何の用事?」
「お前は黙ってついてこい」
「なによもー……」
甘音は男2人に前後を挟まれ、逃げ場のない廊下を歩く。
一歩扉の外に出てみれば、甘音を出迎えたのは成金趣味にあふれた赤と金に塗装された道のりだった。
甘音本人もまた、この身の合わない露出過多の白いドレスに着替えさせられ、あまり機嫌はよろしくない。
「言っておくが、どこか適当な部屋に逃げて窓から脱出しようとか考えるなよ。 ボスが見逃すとは思えねえが、どのみちここは地下だかんな」
「あら、そんなべらべら喋っちゃってあとで怒られない?」
「…………」
「ヒッ……す、すんません!」
無言の圧におびえて冷や汗を流すプリン頭は、ついさきほどまで甘音の見張りをしていた男だ。
アロハシャツの襟にぶら下げたサングラスと言い、軽薄な印象がぬぐえない。
「雄弁は銀、沈黙は金だ。 お前は少し言葉を噤むことを覚えろ」
「へ、へへへそうっすよねぇ俺ったらもうついうち口ばかり回っちゃって……いやあボスは博識ですねぇ!」
「絵に描いたような三下ね」
「うっせ、お前も黙ってろ! 金だぞ金!」
後ろでキャンキャン吠える三下に比べ、甘音の前方を歩く男はボスと呼ばれるのも納得のオーラを放っている。
ライオンとゴリラを合わせて擬人化したような巨躯と金色の髪。 身長は2m近く、身にまとったスーツは盛り上がる筋肉に悲鳴を上げている。
あの丸太のような腕を振るうだけで、甘音の華奢な体はクシャクシャに折れてしまうだろう。
「……大丈夫かしらね、おかきたち」
「はっ、例の湿布とかいう連中だろ? 無駄だよ無駄、ボスにかないっこねえって!」
「SICKよ、敵の名前ぐらいちゃんと覚えてなさい三下。 そんなんだから三下なのよ」
「うるせえよ女ァ! それと俺の名前は三下じゃなくて實下だ!」
「へー、珍しい名前ね。 ついでに聞くけど、ボスさんの名前は?」
「……名など捨てた、今はただ“ボス”とだけ呼ばれている」
「そう、私は天笠祓 甘音よ。 これで互いに少しだけ仲良くなったわね、それでどこに向かってるのよこれ?」
「お前の仲間がもうじき攻めてくる、これはそのための支度だ」
「……!」
ボスの言葉に甘音の心臓が高く跳ねる。
すぐに助けが来ることは信じていた、それにしてもかなり早い。 甘音の推測では、悪花の力を借りてもあと1~2日はかかる見込みだった。
「SICKといったか、やつらは我々の目的を果たすために大きな障害となる。 ゆえに、排除しなければならない」
「……そんなこと、あんたたちにできるかしら? SICKは強いわよ」
「戦うための力ならば、ここにある」
廊下の突き当りにある部屋の前で、ボスの足が止まる。
そのまま彼が甘音の倍はある掌を認証モニタにかざすと、軽い電子音を鳴らしながら扉が開いた。
「誰が呼んだか、名を“天使の妙薬”という。 常人が使えば、依存性の高い覚せい剤と変わりない」
「……物騒ね、何キロあるのよ」
扉を開けると、そこにはビニールに包まれた塩のような結晶が、所狭しと並んだ木箱の中に梱包されている。
末端価格に変換すれば何万何億になるか途方も知れない。
「しかも、その言い方だと別の使い道があるみたいね」
「そうだぜぇ! 聞いて驚けよ女ァ、このクスリはなぁ――――」
「………………はっ?」
水を得た魚のように、甘音の背後で實下と名乗った男が語りだす。
そしてべらべらと口が回る男の弁舌を聞くほどに、甘音は絶句した。




