白紙の回答文 ⑤
「はぁーい飯酒盃先生でぇーす、深夜でも開いてる郵便受付回って……わあどういう状況?」
「飯酒盃ちゃん、ええとこにきたな。 山田縛るの手伝ってくれへん?」
「やめろー! いくらボクが可愛いからって争いは何も生まない!!」
『やあエージェント飯酒盃、見ての通り状況は混迷を極めている。 手を貸してほしい』
「すみません……主に私のせいです……」
「えぇ……? とりあえず駆け付け一杯飲んでからでいい……?」
――――――――…………
――――……
――…
「なるほどぉ、あの紙にそんな仕掛けが……ってことはもしかして私も?」
「いえ、飯酒盃先生が回収した手紙には封が切られた形跡がありません。 私と違って……ふふ……」
「新人ちゃんが自嘲してる」
「気にしたらあかんておかき、こんなん誰も避けられへんわ」
『発動のトリガーはおそらく紙そのものに触れることだね、逆に言えばエージェント飯酒盃は封を切らなかったから無事だったか』
椅子に縛り付けられた忍愛、その足元で床に倒れ伏すおかき、一人頭を抱えるウカ。 三者三様の有様を肴にしながら、飯酒盃はワンカップを傾ける。
半分は現実逃避のため、そしてもう半分は焦りに支配されそうな頭に冷や水をかけるため。
この程度の逆境などSICKでは日常茶飯事、歴戦のエージェントである飯酒盃はまだ冷静だった。
「なるほど、それで山田さんを縛っているのは暴走を恐れて?」
「こいつが殺人マシーンになったら学園壊滅もシャレにならんで」
「滅相もない、ボクなんてこのように可憐で可愛い&か弱い一般女生徒で……」
『貴様は蹴りで大木をへし折れるだろう』
「はいはい小芝居は後で、藍上さんも失態だと思うなら取り戻すためにしゃきっとする。 キューちゃん、サブリミナルの無効化は?」
『大急ぎでフィルターを掛けたゴーグルを作った。 旧校舎のワープゲートを通してユーコっちに配達を頼んである、ただすでにかかった暗示については取り除けない』
「了解、すぐに受け取ります。 感染拡大を防ぐため追加のエージェントは送らないでください、ワープゲートも念のためロックを」
『わかった、けど人員は大丈夫かい?』
「万が一紙片を学園外に持ち出されれば手に負えません、最悪の場合は私や藍上さんたちごと緊急プロトコルを実行してください」
「パイセン、緊急プロトコルって?」
「この前学園中に撒いた記憶処理薬あったやろ? ああいうセーフティがいくつかこの学園にはあんねん」
「……今回の場合は学園全体の無力化ですね」
顔を伏せて床に突っ伏していたおかきがおもむろに頭を起こす。
もしもタイムリミットを超えた場合、暗示をかけられた生徒はおかきを含めて全員が周囲の人間を殺害しようと暴走する。 その凶行を止めるには本人の意識を奪ってしまうのが一番手っ取り早い。
その方法が気絶ならまだマシだが、LABOの暗示が解けない場合は最悪……
「はいはい、悪い方向にばかり考えない。 とにかくまずは行動、先生はユーコさんと合流してゴーグルを回収してきます、藍上さんは千切った紙片を探して!」
「は、はい! えーとえーとまずは……」
「おかき、落ち着き。 まずはあの紙手にしてからの行動を振り返るで、幸い寮からそう遠くまでは……」
「ねえ、ボクちょっと思ったんだけど新人ちゃんってネコたち呼んだじゃん? あの時ネコに紙を渡したんじゃないかな」
「…………その場合どうなるんやろな、紙の行き先」
『気まぐれにもよるだろうけど面倒くさいことになりそうだ、手遅れだろうけどもう一度ネコを集めてくれおかきちゃん』
「はい、ただちにぃ……」
「ここまで落ち込んでる新人ちゃん初めて見た」
「自分のせいで誰かに迷惑かかるのが嫌なんやろな、うちらでフォローしたろ」
「たっだいまー、すぐ戻って来いって連絡来たけどなに……うわったった、どしたのおかき?」
「へぶっ」
ちょうど甘音が入室した瞬間、部屋を飛び出そうとしたおかきが衝突し、正面から抱きかかえる形になる。
そしておかきの背に回された甘音の手には、数枚の紙片が握られていた。
「おっ、ガハラ様その紙ってもしかして」
「そうそう、寮の中歩いてゴミ箱やポストに突っ込まれてたの回収してきたわ。 便箋にLABOマークくっついてたからすぐわかったし」
「我らも手伝ったぞご主人」
『うむぅ……ご学友とはいえ姫の護衛を離れるのはなんとも筆舌に尽くしがたき心境……』
甘音の後ろから護衛を任されていた陀断丸を抱えたタメィゴゥがひょっこり顔を見せる。
深夜帯ということもあり、人目を気にせず動けるタメィゴゥも人手不足の今回は貴重な戦力だった。
「お嬢、ありがたいけどちょっと面倒なことになってな……」
「あれでしょ、無意識に紙千切っちゃうの。 タマゴたちが止めてくれなかったら私も危なかったわ」
「ああ、知ってたんですね……って、タメィゴゥが?」
「うむ、突然紙を千切り出して我驚いた」
『幸いにも某たちが声をかけるとすぐに我に返ったのだが、あれも何かの妖術か?』
「……タメィゴゥたちには催眠が効いていない?」
探偵としての性質が落ち込んでいたおかきの脳を回す。
カガチのホログラムが映し出された時、タメィゴゥたちも同席していた。 ならなぜ彼らは無事なのか。
おかきとタメィゴゥたちの間にある最も大きい差といえば、それは人であるかどうかという点だ。
『なるほどね、カガチのやつが仕掛けた暗示は人にしか効かないのか。 対象が人間でないと“他の人間を殺す”という命令文にバグが生じてしまうんだ』
「えっ、なにその物騒な話」
「悪いなお嬢、話はあとや。 ということはおかき、猫たちも催眠に掛かってないはずやで!」
「そうじゃん、これで回収は楽勝だよ新人ちゃん!」
「いえ、果たしてそうでしょうか……」
おかきの脳裏によぎるのは、“もしも猫に催眠が感染しない場合、藍上 おかきは猫に紙片を託すのか?”という疑問。
正気の頭で考えてみてもその答えはNOだった、不確定な要素に重要な手がかりを隠すとおかきには思えない。
「ふーん、詳しくは分からないけどおかきもどこかに紙を隠しちゃったの?」
「そういうことや、だけどあいにく隠し場所が分からなくてな……」
「それなら1つ心当たりがあるわよ」
「えっ? 本当ですか甘音さん」
「もちろん。 というわけでおかき、脱ぎなさい」
「………………え゛っ?」




