作戦会議 ⑤
「悪花は欠席として、全員揃ったか。 それでは会議を始めるぞ」
「眠気はしっかり覚ましていけよー、おいら特製眠気覚ましを飲みたくなければね」
「「「はーい」」」
SICK基地に設けられた第3会議室では、悪花を除くカフカたちと、局長である麻理元が集まっていた。
壁に張り付いた薄型ディスプレイには、素人が編集ソフトで作ったようなフォントで「天笠祓 甘音奪還作戦」と表示されている。
昨日の今日であまり編集を凝る時間も余裕もなかったのだろう、激務が続く麻理元の目元にはうっすらとクマも浮かんでいる。
「見苦しくてすまないな、誰かさんのおかげで目が冴えるほどの辛味が残っていてね」
「いったい誰がそんな酷いことを……ボク許せない!!」
「鏡見てこい、犯人おるで」
「局長、辛いなら無理せず休んだ方がいいですよ」
「なに、この程度の修羅場など何度もくぐり抜けてきたよ。 私なら大丈夫だ、1週間程度なら寝ずに戦える」
「それはそれで人間なのか心配になりますけど……」
「SICKの局長たる者、これぐらいは出来なくてはな。 話を戻そう、皆に資料を配ってくれ」
「はいはーい、悪花が頑張って解析した見取り図だよー」
指示を受けた宮古野が、全員にホチキス止めの見取り図を配る。
内容は先ほどおかきが確認したものと同じだ。 ゆえに、おかきは同様の違和感を覚えた。
「さっすが悪花様、ばっちりすっぱ抜いてるね。 これだけ細かければどこからだって侵入できるよ」
「なんや武器庫やらクスリやら物騒な部屋も多いなぁ、警察に渡してしょっ引いてもらった方が早いんとちゃう?」
「天笠祓の安全が確保できない間は難しいな、それになんと説明して警察にこの見取り図を提供する?」
「それもそうやな、ところでおかきはなんでそんなしかめっ面しとるん?」
「いえ、やっぱりなんだか引っかかるところがあって……」
おかきは穴が開くほど見取り図を見つめるが、頭の中にこびりついた違和感がどうしても拭えない。
図に不手際がないことはわかっている、それでも藍上 おかきとしての勘がなにかに反応しているのだ。
「まだ見えてないところあるんとちゃうか? 地下2階とか」
「いや、悪花が能力を使っているなら中途半端に欠けがあるのはあり得ないよ。 おいらが保証する」
「新人ちゃんの気のせいじゃない?」
「おかきは探偵だ、その勘を軽視するのは短慮だろう」
「じゃあ悪花様の作画ミス? 本人起きたら聞いてみよっかー」
「んなわけねえだろ、オレの仕事に間違いはねえ」
「ほぎゃあ!!?」
部屋の戸を乱暴に開けて入室してきたのは、仮眠していたはずの悪花だ。
頭に冷却シートを張り、その目つきは平常時より鋭い。 明らかに疲労が顔に出ている。
「ここはおいらたちに任せて休んでなよ悪花。 君の能力は脳を酷使する、一晩ぶっ続けで動かして限界だろう」
「うっせぇ、オレは魔女集会のリーダーだぞ。 30分だけ仮眠もとった」
「おかきちゃーん、そこのバカの様子見てて。 言っても聞きそうにない」
「わ、わかりました」
おかきはふらつく悪花の体を支え、自分の隣に座らせる。
彼女の顔色はやや血色が悪く、額には汗もにじんでいる。 宮古野の指摘通り、あまり体調はよろしくないようだ。
「おかき、それでお前はなにが引っかかってる? あらためて確認したがやっぱり図に問題はねえぜ」
「わからないです、言語化できない違和感が頭の端っこに引っかかってて……」
「面倒だな、アクタの奴がまたなにか罠でも張ってんのか?」
「相手は元魔女集会メンバーだ、とうぜん君の能力も把握しているだろう。 何か対策を講じていてもおかしくはない」
「言うて全知無能の対策ってなんや?」
「……オレが調べたのは“今”の間取りだ、これから部屋が増設されたらわからねえ」
「増設言うてもなぁ、限度ってもんがあるやろ?」
「でも常識が通用する相手じゃないでしょ、パイセン」
「……それもそうやなぁ」
常識的に考えれば、1日2日で増設工事など不可能に近い。
しかし、SICKが関与するのは常識の外にある裏の案件だ。 アクタを含め、どんな非常識な連中が隠れているかもわからない。
「たしかアクタのやつは“ドラッグ&ドロップ”だとか名乗っていやがったな、組織を自称するなら構成メンバーはあいつだけじゃねえはずだ」
「複数人いるとして、私たちが把握していない死角から奇襲されると怖いですね」
「うーん、やっぱりセンパイが体張って罠踏んでもらうしかないか」
「おう、水臭いこと言わず一緒に行こうや。 お前だけは逃がさんぞ」
「そこ2人、漫才やってる暇はないよ。 局長、どうする?」
「……おかきの悪寒が曖昧な以上、悪花の能力で原因を確かめるのも難しい。 なにか罠があるという前提で警戒しつつ行動するしかないな」
「すみません、私が原因にあたりを付けられれば……」
「気にするな、私たちでは気づきもしなかった違和感だ。 それにただの思い過ごしならばそれに越したこともない」
杞憂ならば、たしかにそれが最善だろう。
だがおかきには、あのアクタという女性がなんの策もなく、自分たちを待ち受けるとは思えなかった。
「そういえば、魔女集会からの増援はどうしたの悪花様?」
「作戦決行決まったら連絡してこいってよ、どいつもこいつも勝手な連中だ」
「へー、もしかして悪花様って結構人望がないいだだだだだ肉が!! 肉が千切れる!!!」
「というわけだ、開始時刻が決まったら教えろ。 あんまりもたもたしてるとガハラの奴も持たねえ」
「そうですね……甘音さんは無事でしょうか」
――――――――…………
――――……
――…
「ひーーーーーまーーーーーー!!! 暇暇暇暇ヒマァ!!」
『うるせえぞ女ァ!! 自分が人質だってわかってんのか!!』
「なんでよ暇なんだからいいでしょ、文句言うなら防音設備ぐらいしっかり整えておきなさいよ!!」
おかきたちが喧々諤々の議論を交わしているそのころ、幽閉中の甘音はベッドの上を飛び跳ねながら暴れていた。
なんの娯楽もない監禁生活は、思春期真っ盛りの彼女にとってあまりにも耐えがたい苦痛だった。
『TVがあるだろ、本も! それでも見てろ!』
「そんなもんが現役女学生の暇つぶしになるとでも思ってんの? せめて遠心分離機と各種実験器具とあんたらの血液サンプルぐらい寄越しなさいよー」
『現役女学生はそんなもん欲しがらないだろ!!』
「もー……でもあんた、昨日の奴に比べて話がだいぶ通じるわね」
短い監禁生活の中、甘音は虎視眈々と情報を集めていた。
昨日、扉の外で行われたアクタとその他の口喧嘩。 そして今朝に至るまで交代で部屋の前に着いた見張り。
アクタを含めて少なくとも6人。 それも何らかの異常能力者が関わっていることを、甘音は把握している。
「ねーねー、暇つぶしついでに話し相手になってよー。 あんたらって何者なの? あんたの名前は? なんか不思議な力もってるの?」
『教えねえ、お前には何も情報渡すなってボスに言われてんだ』
「ケチー、バカー、マヌケー。 そんなんだからモテないのよ」
『どどどど童貞ちゃうわ!! クソッ、なんて可愛げのねえ……あっ、ぼぼぼボス!?』
「ん……?」
男のひっくり返った声が聞こえたと思った次の瞬間、部屋のドアノブがバキリと音を立てて外れる。
そして物理的に開かなくなった扉を破壊し、天井に頭を擦りそうなほどの大男が部屋へと入ってきた。
「……出ろ、天笠祓 甘音。 お前に用事ができた」
その声は、甘音が知る中で初めて聞く――――7人目の声だった。




