血鬼血鬼仏恥義理レース ⑤
「……悪花さん、これは」
「これはも何も見ての通りだよ、魔女集会総力で作り上げた特注のバイクだ」
マフラーを震わせて唸るバイクに背を預け、今日一番の自慢気な顔をおかきたちへ向ける悪花。
“魔女集会の仲間は優秀だろう”と言いたげな表情だが、後ろに並んだ頼れる仲間たちは皆目が死んでいた。
「あっはっは俺っち三徹目でぇーす!!」
「ぼくも2てつ!!」
「趣味で作ってたもん1日でチューンアップしろって無茶っすよ姐御ぉ!!」
「お前らならどうにかなるだろ、これぐらいで泣き言ほざくヤワなヤローは魔女集会にいねえよ」
「物は言いようだよなァボス!!」
「給料上げろー! 休みを増やせー! あとたまにはアジトにも顔出せー!!」
「だぁーうっせえうっせえ! 客の前でみっともねえ真似すんな!」
「仲ええなあ魔女集会」
「そうですね、しかしバイクですか……」
一瞥してわかる750㏄のバイクの表面には錆1つなく、履かせられたタイヤも溝が深い。
店頭に並んでいても遜色ない新品同然の仕上がりにはこの機体を仕上げた整備士たちの腕が窺える、ただ一つ問題があるとすれば……
「悪花さん、作戦の概要は理解しましたが……だれが運転するんですか?」
「あっ、そういえば確かに。 ボクら全員無免許だよ。 パイセンは?」
「カフカ前なら普通免許持っとったけどドペーパーやで? それに400㏄越えの二輪車はたしか大型免許が必要やろ」
普通免許は16歳、大型免許なら18歳以上でなければ取得できない。
そのうえ免許の問題に目を瞑るとしても、カフカになる前と後では体の感覚が大きく異なる。 かつての経験と慣れだけで運転する自信はウカにはなかった。
「年齢だけなら新人ちゃんの実年齢でクリアできるけど……」
「みなさん、由々しき事態です。 ペダルに足が届きません」
忍愛は咄嗟に自らの太ももへクナイを突き立て笑いをこらえる。
悪花に抱えてもらい一足先にバイクへまたがり、大真面目な顔にわかり切っていた問題点を語るおかきの姿はそれほどシュールだった。
「おかきってたまにとんでもない大ボケかましてくるから油断できひんねん」
「パイセン、話しかけないで……今笑ったら殺される……っ」
「まあ運転は俺が担うから心配すんな、元からおかきに期待しちゃいねえよ」
「えっ、悪花様って運転できるの?」
「問題ないスよお客人! 何度も自慢しやすがこのバイクは俺らが仕上げた特注品でさぁ!」
「内部に仕込んだPSY-AIをコアに機械感応持ちが動作を補助、目つぶって走ったって事故らねえスよ!」
「しかも脳波コントロールできる!」
「やったぜエンジニア班、俺たちの整備のおかげで使いやすくしてくれてありがとう!」
「使いやすくしたあぁ!?」
「まあそういうわけで簡単に言えばこいつにゃ超能力を仕込んだAIが搭載されてる、そいつが運転中のサポートしてくれっから事故らねえってことだよ」
「濃いですね、魔女集会エンジニア班」
徹夜続きでハイになっているのか、バイクのまわりでわちゃわちゃ騒ぐエンジニアたちのテンションはアガる一方だ。
虚ろな目の下にクマを作った少年少女たちが踊って騒ぐ様はかなり異様だが、不思議と周りの一般人から奇異の視線を向けられることはなかった。
「安心しろ、このバイクにもドローンと同じ迷彩が施されてる。 存在を認識しない限り俺たちは炉端の石にしか思われねえよ」
「ずいぶん賑やかな石ころやな……で、そっちのじゃりン子が転がしてきたサイドカーはな?」
「ウッス! 今からバイクに装着して2人乗りにするんで、誰か姐御と一緒に疾走れるます!」
「悪花様、ボクは自力で走れるからパイセン乗せてあげてよ」
「おかき、何かあったらこの遺書をうちの家族に届けてな」
「失礼だろがテメェら! うちのエンジニアの腕を信じやがれ!」
「「「「「あ、姐御~!」」」」」
「なら私が乗ります、いいですか悪花さん?」
「死ぬ気か新人ちゃん!?」
相手は高速道路をアクセル全開で突っ走る暴走バイク、しかも近接格闘能力に長けたミュウも乗っている。
忍愛が予想したのはハリウッドばりの激しいカーチェイスだ、運転手が非戦闘員の悪花ならばサイドカーに乗るのは自分かウカだと考えていた。
「今回の事件は謎が多いです、できれば犯人をこの目で確認したい。 それにミュウさんとも直接の面識がある、交渉するなら忍愛さんたちより有利だと思います」
「戦闘は起こす気がねえ、というか目立つ真似は今回ご法度だ。 もし騒ぎが大きくなればSICKが顔色変えて事態の鎮圧に罹る」
「あっ、そっか。 今回ボクらSICKじゃないから……」
「魔女集会はSICKに比べりゃ小規模組織だ、大規模な隠蔽工作は出来ねえ。 SICKに尻拭いさせるような真似は敗北宣言に近い」
「ミュウさんの身柄もSICKに拘束されることになるでしょう、できればそうならないように動きたいですが……」
「姐御、サイドカーのセッティング終わりました! おかきさん、どうぞお乗りください!!」
慣れた手際で作業を終えたエンジニアの手を借り、サイドカーに乗り込むおかき。
シートベルトと風防も備え付けられ、荒い運転で吹き飛ばされるような心配もない。
「おかき、いざとなったらこのボタンを押せ。 座席ごと真上に打ち上げて緊急脱出できる」
「漫画でようあるやつ初めて見たわ」
「姐御、斥候部隊から入電! 5㎞先よりターゲット北上中、迷彩纏ってるぽいんでフィルター付きのゴーグル付けて行ってください!」
「わかった! 行くぞおかき!」
「はい、安全運転でお願いしますね」
「はっ、そりゃ相手の出方次第だな」
おかきから見て、スロットルを吹かし、バイクにまたがる悪花の姿は実に様になっている。 とても初めてとは思えないほどに。
運転経験はあるのか? あるとしたらカフカになる前と後のどちらか? そもそも免許はあるのか? 聞きたいことは色々あったが、そのすべてを飲み込み喉の奥へしまい込む。
「ゴーグル付けて口閉じてろ、行くぞォ!」
「……あ、アシスト付きなんですよね? このバイク……」
聞きたいことはあれど、黙っていなければ舌を噛む。
アスファルトを削り駈け出したバイクの加速度は、そう思わせるのに十分すぎるものだった。




