血鬼血鬼仏恥義理レース ①
「にゃおーん」
「“お腹が空いた”……ですね」
「まーお」
「“やんのかコラ”と言ってますね、渋おじ声です」
「にゃーん」
「ん……これはよくわかんないです」
「それで正解だよ、最後はマーキスに意味を込めずに鳴いてもらった録音だ。 お疲れ様、もうヘッドホン外していいよ」
宮古野から終了の言質を貰い、おかきは計測機器が張り付いた重たいヘッドホンを外して一息つく。
ねこまっしぐら事件の後日、おかきはSICK本部にてメディカルチェックとともに不本意ながら習得した能力のテストを受けていた。
「ふーむ、おいら特製ニャウリンガルくんと遜色ない翻訳だ。 こりゃたしかに猫の言語が理解できるというのも納得だね」
「おかきもとうとう常識はずれな能力身に着けてもうたな」
「でも猫と話せるなんてちょっとうらやましいかも、ボクもほしい」
「人間の声と聞き分けできないので人前でうかつに返事すると恥ずかしい目に遭いますがそれでもですか?」
「やっぱやめとく」
「不便には慣れるしかないね、能力は使いこなしてなんぼだ。 さて問題はこうなった原因だけど……」
「「「甘音さん(お嬢)ですね(やろ)」」」
「満場一致か、おいらも同意見だぜ」
おかきが猫語を理解できるようになったのは甘音が制作したカフカ治療試験薬を飲んでからだ。 原因があるとすればそこしかない。
皮肉なことに異常な病を治すために、“猫の言語を理解する”という新たな特異性をもつ薬を産んでしまったのだ。
「キューさん、あの薬に再現性は?」
「いちおう同じ方法で調剤したものはストックがある。 ただ同じ効果を得られるかはぁー……山田っち、500円上げるから試してみない?」
「やだよ子どものお使いじゃないんだからさ!」
「ですよねー、というわけで再現実験は未定だ。 おかきちゃんに付与された特性はもうしょうがないと割り切ろう」
「割り切られました」
「しゃーない。 そういえばあのマタタビはどないなっとん?」
「今植物学チームが解析中、科学的に効能が証明できるなら新種の植物としてそのうち公表されるだろうね。 だけど今のところは未知のオブジェクトだからおかきちゃんの功績だよ」
「よかったなおかき、特別ボーナス貰えるで」
「今でもカフカ前の年収を超える額を貰っているのですが……」
「なあに減るものじゃないだから貰っておきな。 さて、それはそれとして仕事の話をしようか」
宮古野が指を鳴らすと、壁面の一部がグルンと回転して巨大仮名液晶モニターが現れる。
画面に移されているのは今朝のニュースを録画した映像だ、新人ニュースキャスターが緊張気味の声色で明朝に起きた交通事故を読み上げている。
「これはすでにSICKが適用したカバーストーリーだけどね、事故の原因は自動車の衝突ではないんだ」
「……なんだかタメィゴゥと初めて出会った事件を思い出しますね」
「まあ状況は似ているよ、今回違うのは犯人の正体だ。 被害者へのインタビューによると“ひとりでに動く暴走バイク”に驚いて事故を起こしたらしい」
「なんや幽霊騒ぎっちゅうことはうちの出番か?」
「ちょっと微妙かも、現場からはPSYの痕跡が確認された。 おそらく野良で覚醒した超能力者の仕業だね」
「……アクタたちのような人の仕業ですか」
超能力者、その脅威についてはおかきもアクタ事件で嫌というほど味わっている。
念動力や空間転移、異常な幸運から呪いにも等しい爆破衝動に至るまでその能力は多岐にわたる。 遠隔でバイクを暴走させたり運転手の姿を隠す真似ができてもおかしくはない。
「わかりました、次の任務はその暴走バイクの正体を突き止めろという事ですね」
「いや違うけど」
「あれぇ?」
「最近の君たちは働きすぎさ、これぐらいの超常事件は他のエージェントに任せてくれ。 それより無視できない懸念点が1つあってね」
「ああなるほど、悪花様だね」
「悪花さんに何か問題が?」
「おかき、魔女集会の理念は覚えとるか?」
「……あっ」
最近仲が良いためおかきもうっかり忘れていたが、魔女集会はもともとSICKと敵対する危険組織だ。
その行動理念は“異能を持て余す少年少女たちの保護”、暴走バイク事件の犯人が超能力者ならば魔女集会の保護範囲だ。
「SICKとしての最良はすべての異常存在・現象の確保と管理だ。 魔女集会と正面衝突は避けたい、なので3人には悪花の動向を見守ってほしいんだ」
「もし悪花様に動く予兆があればすぐ報告か……なんかスパイみたいでいやだなぁ」
「忍者やろお前」
「でも悪花さんも当然SICKとの衝突は予想の範囲内ですよね」
「ああ、お互いに手の内が分かっている中で腹の探り合いさ。 いつのものことだから気楽に頼むぜぃ」
「ほんま気楽に言ってくれるわぁ……そういえばおかきが猫ンなったときも見とらんけど」
「悪花様のことだし部屋に引きこもってるんじゃない? データとにらめっこ中でしょたぶん」
――――――――…………
――――……
――…
「おうおかき、ちょうどいいところに来たなちょっと来い」
「えっ? あの、ちょっ」
学園寮に戻るや否や、エントランスで待ち構えていた悪花に腕を引かれて拉致されるおかき。
そのままウカたちが止める暇もなくエレベーターに連れ込まれ、あれよあれよという間に悪花の部屋まで連れ込まれた。
「あ、悪花さん? これはいったい……」
「お前らのことだ、朝のニュースは知ってんだろ? 手ェ貸してくれ」
「……それはSICKを裏切れと?」
「ああ」
最低限のやり取りで単刀直入にものを言う、最短の“答え”が分かる彼女らしい交渉だ。
だがおかきとて無償でSICKを裏切って味方をするほどお人よしでもバカでもない、そんなことは悪花としても理解している。
おかきの背丈よりも低く頭を下げるその姿には、どこか彼女らしくない焦りがあった。
「何があったんですか悪花さん、まずは事情を聞かせてください」
「おかき、ミュウのことは覚えているか?」
「ええ、アクタ事件の時はお世話になりました。 彼女がいなければ私は死んでいたかもしれません」
カフカ症例第12号:魔法少女ミュウ、それはおかきにとってカフカの先輩にあたる少女だ。
アクタ事件の際には魔女集会からの助っ人として参戦し、仲間と分断されて窮地に陥ったおかきを助けてくれた恩人である。
「俺の判断ミスだ、例の暴走バイク犯を捕まえるためにミュウを派遣した。 そして今日まで連絡がついてねえ」
「……!」
「頼むおかき、ミュウを助けてえんだ。 魔女集会に協力してくれ」




