にゃおん みゃーお にゃんにゃおみゃお まーお ③
「パイセーン、どうし……うわっ、猫だらけ!」
呆然としたまま出口を塞ぐウカを押しのけて廊下の惨状を目にした忍愛が声を上げる。
こうも大声で指摘されればおかきたちも直視するしかない、目の前に待つ数え切れないほどの猫たちに。
「にゃー……」
「「「「「「「にゃおおーん!」」」」」」」
「どいつもこいつもおかき目当ての客やな、どこから入ってきとんねんこいつら……」
「ウカ、ちょっと退けて。 猫アレルギーの子もいるのよ、様子見てくるわ!」
「わかった、こっちは任せとき。 とりあえず部屋に戻るでおかき」
「にゃーん」
「「「「「「「にゃむおおぉん」」」」」」」
「お前らには言ってへんわ!」
おかきの手を引き、猫を踏まないように気を付けてながら廊下を突っ切るウカ。
そのままおかきたちの部屋のドアノブに手を賭けた途端、部屋の中からあふれ出したのはさらに密度の高い猫の雪崩だった。
「なんやー!?」
「ご主人ー……大変だぞご主人ー」
「にゃにゃんにょ!?」
どさどさとあふれ出す猫の雪崩に巻き込まれて廊下に転がり出てきたのは、療養中であるはずのタメィゴゥ。
その好奇心を刺激する形状のせいか、猫という猫からじゃれつかれてピンポールのように廊下を縦横無尽に転がされている。
「にゃんとも由々しき事態であるな。 まずはあのタマゴ生物を回収せねば正体が一般生徒にバレるかもしれぬ」
「すまんけどマキさんもあんま喋らんといてな! 山田ー、仕事や仕事!」
「あいあーい! ちょっと皆そこ退けてー!」
足の踏み場もない廊下を八艘飛び、タメイゴゥを拾い上げる忍愛。
そして帰る足でおかきの身体を抱きかかえると、そのままの勢いを殺さずおかきたちの部屋へと滑り込んだ。
「ふぅ、任務完了! 点呼ー!」
「いーち!」
「にゃーん」
「にゃーん」
「うむ、よん」
「猫2人いるのがややこしいな……それであれが猫まみれの原因か」
猫たちがごろごろと喉を鳴らし回る部屋の中、開け放たれた窓からぴゅうと寒風が吹きこむ。
その時、外の寒さから逃れるため今まさに一匹の猫が窓の外から部屋へ飛び込んできた。
忍愛が近づいて窓の下を覗き込んでみると、近くの街路樹から猫たちが壁に飛び移り、気合と根性でおかきたちの部屋まで登ってくる様子が見える。
「うわー、あっぶな!? 何が君たちをそこまで駆り立てるの!?」
「我も外から鳴き声がして……気になって窓を開けたらドカドカ飛び込み……すまぬ、ご主人……」
「にゃおおーん」
「ご主人が猫と化しておる……」
「それにはアゾフ海より深い理由があってやな……ともかく先に外の猫なんとかするで、このまま落っこちてケガしても気分悪いわ」
「おかきー! 私の机から抗ヒスタミン剤取って……私たちの部屋が猫毛まみれー!?」
「ああお嬢、ちょうどええとこに戻って来たわ。 ちょっちこっち手伝ってや」
――――――――…………
――――……
――…
「ハァ……ハァ……思った以上に厄介ね、おかきのパワー……!」
「にょおぉん……」
甘音たちが躍起になって猫たちを追い払い、部屋中に舞った猫の毛を掃除し終えたころにはもうとっぷり日が暮れたころだった。
幸いなのは生徒たちもこの程度の騒ぎには慣れきっていること。 寮に猫たちが溢れるというとんちき騒ぎを楽しみながらも、その原因を深く追求する者はほとんどいなかった。
「おかき、あんま気にせんでええで。 元を辿ればお嬢が悪い」
「おかしいわね、予想通りなら99%上手くいくはずだったんだけど」
「それ絶対ダメな奴じゃん」
「にょおん」
「して、この現状にゃのだが如何致す? 今のところ治る気配もにゃいのだが」
原因の薬を飲んでからすでに12時間は経過しているが、おかきの頭には相変わらず猫耳が自己主張している。
これ以上悪化しないのは不幸中の幸いだが、猫耳すら消えなければおいそれと人前に姿を出すこともできないままだ。
「我はご主人の言葉分かるから問題ないが」
「なんで分かんねん」
「このままじゃSICKから任務振られても新人ちゃん連れていけないよ、意思疎通ができないのは危険すぎる」
「うぅ……マーキス、ちょっと髭と爪切らせてくれない? 急いで中和剤作るわ」
「天笠祓嬢、貴女が動くと悪化する気しかしにゃいので大人しくしてくれると助かる。 猫と寝転ぶのだ」
「うぐぅ……ごめんおかき、SICKの人たちには私から説明しておくわ」
「まあお嬢のやらかしは今に始まったことやない、キューちゃんもすでに根回ししとるはずや。 それにこの前神様シバいたばっかですぐ仕事振られるなんてそんな――――」
ウカが立てたフラグを回収する着信音が部屋に響く。
それはおかきたちなら嫌でも覚えてしまうほど耳に染みついたSICKからの呼び出しを知らせるメロディだ。
「パイセン、今のはパイセンが100悪いよ」
「なんでや!? もしもーし!」
『ごめーん緊急だけどちょっと手貸してくれ! 戦闘要員が足りないんだ、おかきちゃんは待機で! 旧校舎のゲート開くからなるはやでお願い!』
「このタイミングでかぁ……じゃ、頑張ってねパイセン」
「戦闘要員言うたやろ、お前もや! すまんマキさん、お嬢と一緒におかきのこと頼むわ!」
「任された、謝礼はねこまんまを所望したい」
「帰ったら朝一で食わせたるわ! ほな!」
エレベーターを待つ時間すら惜しみ、忍愛の首根っこを掴んだウカは部屋の窓から飛び降りる。
開けた窓から侵入する猫はいないが、ウカが飛び出していったあとにはかすかに地上で鳴く猫たちの声が聞こえてきた。
「まだ外にいるわね、念のため今夜は外に出ちゃダメよおかき」
「にゃーん」
「安心してほしい、ご主人は我々が護る。 猫のタマゴとして」
「あんたはダチョウでしょ」
「にゃに、人には猫より優れた解毒力がある。 一晩寝れば治るものかもしれぬしそうでないかもしれない、シュレディンガーだな?」
「相変わらずたまに話が明後日に飛んでいくわね……けど一理あるわ、良い時間だしもう寝ましょ」
「うにゃう」
電気を消し、枕元に陀断丸を置きながら寝床に入るおかき。
外の猫たちも気になるが、特に異常性が関与していないなら過剰な警戒は必要ない。
原因は猫化したおかきそのものであり、猫たちには罪がない……と、おかき本人も油断していた。
だが忘れてはならないがここは赤室学園、生徒一人一人が何かしら異常な個性を持っている場所。
そんな環境で育った猫たちを“ただの猫”と侮っていい理由など、何一つなかったのだ。




