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作戦会議 ③

「……で、わざわざ飯作ってきたのかよ」


「はい、簡単なものばかりですが」


「おいらたちも手伝ったよー、必要なら毒味もするけど」


 演算室と呼ばれた、整列したパソコンといくつかの作業机が並んだ殺風景な部屋に空腹をくすぐる匂いが広がる。

 おかきたちが持ってきたパーティー用の大皿に盛り付けられていたのは、おにぎりやサンドイッチ、焼きウインナーと卵焼きに申し訳程度のサラダが添えられた夜食だ。


「なんや、飯作るならうちも呼んでくれたらええのに」


「女の子感全くないよねー、ボクのサンドイッチがなかったら危ないところだったよおにぎりうめえ」


「テメェは何勝手に食ってんだ山田ァ!」


「毒味です毒味ぃー! あと山田って呼ばないで!」


「山田ちゃん大抵の毒物効かないじゃん」


「では私が毒味を……」


「あー、もう気にすんなって! 気使われる方が面倒だ!」


 悪花はおかきが手にとったおにぎりをひったくり、躊躇わずに一口齧る。

 食べながらも仏頂面が続く彼女の反応からでは、味の感想はわからない。 しかしおにぎり一つをペロリと平らげると、すぐに次のおにぎりへと手を伸ばした。


「……なんだよ、人の顔ジロジロ見て。 落ち着かねえからお前も食え」


「そうですね、ではいただきます」


 悪花に促され、おかきも適当なおにぎりを一口頬張る。

 この深夜帯で暴力的な香りにおかきも食欲が刺激されていたが、全力で噛み付いた一口は悪花の半分もなかった。


「悪花様、見てる? あれが女子力ってやつだよ」


「ドタマかち割られてえか、口の可動域が狭いだけだろ」


「なんや昔飼ってたハムスター思い出すなぁ」


「成人男性が女児の体に四苦八苦する中でしか得られない栄養があるとおいらは思うんだよね」


「何らかの罪で投獄しろよこいつ」


「人の食べ方見て好き勝手言わないでください」


 注目を集めて気恥ずかしいおかきは片手で口元を隠す。

 おにぎり自体の味は悪くない、形は崩れ気味だが、胃に収まれば皆同じだ。

 それに忍愛や宮古野が握ったものに比べて見栄えが悪いので、少しでも自分で消費してしまおうとおかきはもそもそ食べ進める。


「見て見て、こっちがボクが握ったやつ。 ちゃんと三角形だよ三角形!」


「そうか、そっちの形崩れたやつくれ。 おかき握ったやつだろ」


「バレてる……」


「そこの2人が器用すぎるから浮いてんだよ、味は悪くねえから気にすんな」


「なーなーうちも一個欲しいわ、具はなんなん?」


「おいらが握ったやつはサプリメントたっぷりの栄養食だよ!」


「大将、うちにもおかき握ったやつ1つ」


 突然始まったロシアンルーレットに、安全牌であるおかき製おにぎりがどんどん捌けていく。

 残る忍愛と宮古野製はほとんど見分けがつかない、おかき製が売り切れれば後は完全に闇鍋だ。


「……山田、正直に話せ。 お前は何仕込みやがった」


「山田言わないで。 ボクは一個だけ冷蔵庫の奥にあったデスタバスコをひと瓶ふりかけたものを」


「もはや本物のロシアンルーレットですね」


「じゃあおいらは局長たちを手伝ってくるからこの辺で失礼……」


「あかんで、食べ物粗末にしたら。 責任もって食べようか」


 一足先に逃げようとする宮古野の肩を掴み、ウカがその場に座らせる。

 先ほどまでの楽しげな雰囲気は何処へやら、大皿を囲むカフカたちの間に緊張が張り詰めた。


「あー……し、進捗はどうなのかな、悪花様?」


「発言するなら飯を食え」


「嘘でしょ、なんでバカが考えたデスゲーム始まってるの?」


「おどれのせいでデスゲーム始まってるんやで主催者バカ


「で、進捗の話だが進みは悪くねえ。 この調子で詰めていけば日が昇るころには解析できる」


「ちなみに今は何を調べていたんですか?」


「例の違法カジノについてだ。 間取りや人員配置に武装状況、あとセキュリティ面の強度ぐらいは調べがつくな」


「おいらたちが情報を渡して悪花がすっぱ抜く、懐かしいパターンだよねえ」


「それもうボクらいらなくなーい?」


「アホ、カジノに乗り込むのはうちらの仕事やで。 気張っとき」


「事前に相手の戦力が把握できると大きいですね、違法ということは物騒なものも所持しているでしょうし」


「まあチャカくらいは隠し持ってるだろうな、胸ポケットに形見のペンダントでも仕込んでいけよ」


 会話が弾んでいくほど、いつの間にか敷かれたデスゲームのルールにより、大皿に載った食料はどんどん減っていく。

 皆がある地雷を避けて周囲の卵焼きやウインナーを食べつくせば、皿に残るのは綺麗な三角形のおにぎりだけだ。


「…………けぷ」


「おかき、腹いっぱいなら無理しなくてええで。 あとはそこの下忍の胃に破裂してでも詰め込んだる」


「えっ」


「す、すみません……」


 健闘空しく、おかきは口元を抑えて白旗を上げる。

 以前ならばこのくらいの量は食べられたが、カフカを発症してから明らかに胃が小さくなった。

 菓子パンひとつと飲み物で昼食が済む燃費の良さでは、この腹持ちの良い食料たちはつらい。


「以前ならこのメニューにから揚げがついても余裕でした……」


「おじいちゃんみたいなこと言うじゃん新人ちゃん」


「うちは逆にカフカになってから油もの食えるようになったなぁ」


「おじいちゃんじゃんセンパイ」


「ドタマかち割ったろか」


「山田ちゃん、カフカの実年齢はタブーだよ。 ……あっ、サプリ入り当たった」


 順調におにぎりが減る中、いよいよ外れ枠のサプリも減ってきた。

 おかきがリタイアしたことで残るメンバーが気合を入れて消費を重ねる中、最終的に残ったおにぎりは2つ。

 そして恐ろしいことに、ここまで誰一人デスソース入りを引いてはいない。


「「「「…………」」」」


 途端に演算室の中に満ちる重い沈黙、この先一言でも言葉を発せば50%で地獄行きが決まる。

 こうなれば皆考えることは同じく、自分以外の犠牲者をどうやって作るかだ。


「…………」


「…………!」


「ッ…………!!!」


「なんだお前たち、こんな時間に夜食か」


「「「「ウワーッ!!?」」」」


 にらめっこやくすぐりなど醜い蹴落とし合いが続く沈黙を破ったのは、いつの間にかおかきの背後に立っていた麻里元の声だった。


「ま、ま、ま、麻里元ォ!! 脅かすんじゃねえ!!」


「なんで局長いつも足音殺してやってくるの!? ボクですら気づけないって相当だよ!?」


「お、おかき……そこらに飛び出た心臓落ちてへん……?」


「大丈夫ですよウカさん、心臓ちゃんと収まってます」


「事情は呑み込めないが、バカな真似をしていたんだなお前たち」


「違うよ局長、おいらたちは自分たちの尊厳をかけたデスゲームを繰り広げていたのさ……!」


「意味が分からないな。 まったく、備蓄の食糧を勝手に持ち出して……」


 ため息をこぼした麻里元は、おもむろに皿に残っていたおにぎりを一つ取り上げる。

 それは皿に乗っていたときは分からなかったが、よく見れば下の方から赤い汁がうっすらと染み出していた。


「あっ……局長、それ」


「なに、今回はこれ一つで見逃してや――――」


 仕事に忙殺され、おそらく麻里元も小腹を空かしていたのだろう。

 そして皿に残っていたおにぎりをこれ幸いと口にした、その瞬間……彼女の動きが停止した。


「……………………誰が犯人だ?」


「「「「山田《忍愛さん》です」」」」


「裏切り者どもォ!!!!」


「そうか、山田ちょっとこっちにこい」


「待って、待って局長!! これはみんなと親睦を深めるための小粋なアア゛ァ゛ー!!!!?!!」


 その日、深夜のSICK基地では、忍愛の汚い断末魔が基地中に響き渡ったという。

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