そして誰もいなくなった ④
「気にしたら負け……気にしたら負け……気にしたら負け……」
「早くするべき、別に人の子の裸体に興味などない」
「誰のせいだと思ってんですか! 着替えましたよ着替えました!!」
「うむ、見事だぞご主人」
神と妖刀とタマゴが見守る中、着替えを終えたおかきは包まっていたシーツをはぎ取ってやけくそ気味に放り投げる。
彼らが今さら人の身に欲情するとは考えにくいが、無関心と羞恥心とは別問題。
しかし羞恥心を感じるのは元男としてどうなのかという板挟みの葛藤の中、着替えを成し遂げたおかきを讃えるのはタメィゴゥの虚しい拍手の音だけだ。
「はぁ……すでに疲労で一杯なんですけども」
「まだ始まったばかり、体力は温存が吉。 ではいざ出発」
「出発と言っても……そういえばここって山のどのあたりなんですか? 学園まで歩いてどれぐらいかかるのか」
「違う、ここは我が領域ではない」
「えっ」
おかきは今の今まで自分が学園を取り囲む山のどこかにいると思い込んでいたが、山の神が首を振ってそれを否定する。
もともとなじみのない山の中、それも寝起きで連れてこられた場所など人間には見分けがつかないが、間違われたことが不快なのか少し不機嫌そうな素振りさえ見せている。
「ここはお前たちが殺した神の遺骸、その中」
「…………すみません、もう一度お願いします。 神様は一応、契約に基づいて私を助けに来たんですよね?」
「その通り。 だから向こうに取り込まれる前に連れてきた」
頭痛を抱えるおかきと対照的に、木枯らしを纏う山の神はさもそれが当然のように語る。
おかきの脳裏に「いっそ本当に斬ってやろうか」と邪念がよぎるが、それこそ取り返しのつかない事態になるため理性が制止。
害を与えないという制約がある以上、山の神はおかきを害する目的で危険地帯へ引きずり込むような真似はできない。 どのような経緯であれ、この行動によって契約を反故にしようという意思は彼にはないはずなのだ。
「ご主人、燃るか? 我火炎放射吐けるぞ」
「おやめなさいタメィゴゥ、気持ちはわかりますが報復行動は後回しです。 ……改めて聞きますが、ここはあの神書の中身だと?」
「正確にはその亡霊。 彼奴は儀式半ばで討たれた、そのせいで半端に実行された儀式を完遂しようという怨念が残されている」
「……たしか女子の下着を山ほど集める必要があるんでしたっけ?」
「部分的にそう。 本当に必要なのは1000人以上の“処女の体液”、ごく微量でも構わない」
「……ここでドン引きしてしまうこの心は男女関係ないですよね」
『ご安心なされよ、某も筆舌に尽くしがたい心境でありまする』
仮に処女云々を無視したとしても、学生の身分で1000人分の体液を収集することは至難の業だ。
下着ならば多少の体液が付着していてもおかしくはない、社会倫理を犠牲にするなら利口な選択とも考えられる。 実際は忍愛のように未使用のダミーが紛れていたことで儀式は失敗したわけなのだが。
「話を戻す。 儀式を再実行するため、学園中の人間が幽閉された。 神の怨念が漂う、人の世と隔離されたこの地に」
「……SICKのアジトみたいなものですか、拡張された空間の中に閉じ込められたと」
「少し違うがめんどいからその認識でいい。 神の世に侵入できるのは神だけ、つまり人の子たちは我が身を信仰し褒め称えるべき」
「はいはい、あとで飯酒盃先生のお酒を捧げますから」
「人の子は理解が早い、加護をあげちゃう」
「結構です、間に合ってますから。 それで私はこれから何をすればいいんですか」
「これから元凶のところに向かう、その刀で弔って」
「……無茶苦茶言ってくれるなあ」
――――――――…………
――――……
――…
「……う、うーん……えっ、ボクを月9ドラマのヒロインに……?」
「幸せそうに寝ぼけてんじゃないわよ、起きなさい頭ピンク忍者」
「あいったぁー!? 刺すような痛みッ!!」
落ち葉が積み重なる天然のベッドの上、腕に刺さった注射針の痛みで忍愛は飛び起きる。
傍らには呆れ顔の甘音が立っており、その手には採血済みの注射器が握られていた。
「ちょっとガハラ様、人が気持ちよく寝てる時に止めてよ危ないでしょうが!」
「一般人相手にこんな危険な採血するわけないでしょ、それより状況分かってる?」
「状況って……あれ、ここどこ?」
甘音のおかげで完全に隠した頭を周囲を見渡し、忍愛は首をかしげる。
木、林、森、四方八方どこを見ても生い茂る植物しか見当たらない。 当然ながら忍愛にはこんな場所に立ち入った記憶もなかった。
「ウカと一緒に消えたおかきを探していたことは覚えてる? 私も気づいたらここにいて帰り道もわからないのよ」
「んー、少なくとも学園周りの山じゃないっぽい。 匂いと景色が違う、それに見てよこれ」
忍愛は服の下から小型の水筒と黒い針を取り出し、水で満たした蓋の中に針を浮かべる。
それは常日頃から彼女が持ち歩いている原始的な方位磁針だったが、針の向きは定まらず水の上をいつまでもぐるぐると旋回していた。
「やっぱりここ異空間っぽい、星の磁気がないから針が狂うんだよ。 前に何度か見たことある」
「ってことはおかきもこれに巻き込まれたのかしらね……心配だわ、探しましょう!」
「わー待った待ったガハラ様! 下手に動くと危ないって、何があるかわからないんだよ、SICK案件に常識は通用しない!」
「だったらなおさらでしょ、おかきだってどんな目に遭ってるかわからないわ!」
「新人ちゃんにはタメィゴゥと陀断丸がついてるはずだよ、あの2人が一緒なら大丈夫だって!」
「むぅ……そうね、ちょっと焦ってたわ」
はやる気持ちを抑え、呼吸を整える甘音。
本当はそれでも今すぐにおかきを探しに行きたい気持ちでいっぱいだったが、専門家の忠告を聞かぬほど頭に血は上っていない。
SICKが関わる異常現象には理不尽が常、経験者である忍愛を無視するなど自殺行為だ。
「よし、じゃあ慎重に行動しながら臨機応変に対応し手掛かりを探していこう。 条件は分からないけどボクらが取り込まれたならパイセンたちもいるはずだ」
「手掛かりね……そういえばあんたが気絶している間に見つけたのよ、村」
「……村ぁ?」
「そう、いかにも何かあるって感じの村。 どうする? 鬼が出るか蛇が出るか、確かめてみる?」




