アリス in ワンダーな学園 ③
「いやーなかなかいい部活ないもんだね、これで何件目だっけ新人ちゃん?」
「第二化学部、紙飛行機研究部、帰宅部、クラッキング部、脱獄部、木工ボンド部……6件は巡りましたね」
「うちが言うことやないけど碌な部活ないなこの学園」
「まともなのもそれなりにあるけど母数がおかしいのよ、部活一覧だけでちょっとした小冊子が出来上がるわ」
「まあそれを言い出したら探偵部も大概ですから……」
部活動巡り、2日目のカフェテラス。
アリスの身を安全を確保するために始まったこの集まりだったが、想像以上に進捗が芳しくない現状に、おかきたちは頭を悩ませていた。
その原因は間違いなく、この一行が目立ちすぎるせいだ。
「しょうがないけどおかきとアリスと並ぶと……目立つわね」
「小山内先生に2人の写メ送ったら何も言わずレターパックで現金送られてきたよ」
「何しとんねん」
おかきとアリス、2人が並べばそれはもう劇薬に等しい。
見るものみなが2人の背中を目で追い、ときには声を掛けられて時間を取られることも。 酷い時にはこっそりと後を付けられることすら珍しくはない。
「サングラスでも掛けてみる? ボクのお古上げるよ」
「ダメね、逆にバレバレお忍びタレント感が出てくるわ」
「アリスにいたってはまるで似合わんせいで余計に悪目立ちや」
「これもう私居ない方が良いのでは……?」
「でもおかきから離れないのよこの子」
人見知りのきらいがあるアリスは、人の多い場所では常におかきからくっついて離れない。
次点で陀断丸やタメィゴゥ、悪花たちにも懐いてはいるが、彼女にとってクタにょんの一件でつながれたおかきとの絆は別格なのだ。
「うーん、アリスさんは今までの部活でこれはと思うところはありました?」
「…………おかきと……おなじところが、いい」
「ぐぅ……申し訳ありません、それはダメなんですよ……」
とんでもない破壊力を持つアリスの上目遣い攻撃に一瞬揺らぐが、唇を嚙みしめてこらえるおかき。
一般人を危険なことに巻き込みたくないのがおかきの心情であり、譲れない一線だ。
「まあ遠ざけたいおかきの気持ちもわからないわけじゃないわ、けど過保護すぎるんじゃない? 私と同じで名前だけ置いて幽霊部員って扱いでも……」
「お嬢は危険域には首突っ込まん理性と自制があるやろ? けどこっちの白い嬢ちゃんはおかきに引っ付いたままノンブレーキで突っ込みそうでな」
「それにアリスさんにはこの学園で楽しく生活してほしいんです、万が一にでも探偵部に身を置いていることが足かせになってはいけない」
おかきには結果的にアリスの両親を奪ってしまったという負い目がある。
四葩たちがSICKに収容されたのは半ば自業自得のようなものだが、それでもアリスにとっては理不尽な結末に変わりない。
だからこそおかきはアリスに年の離れた妹のような気持ちがあり、この学園で何不自由なく暮らしてほしいと願っていた。
「あれ、そういえば悪花様は? あのツンデレヤンキーが一番アリスちゃんのこと気にかけてたじゃん」
「ああ、悪花さんならおそらく……」
――――――――…………
――――……
――…
「よお、待たせたな。 これがピックアップした部活と委員会のリスト、それとこっちがアリスに近づけたくねえ人物と過激派部活動の資料だ、3色に色分けして黄→赤→黒の順で危険度が高いと思え」
「ガチじゃん」
悪花とアリスの寮室を訪ねたおかきたちの手に積まれたのは、人数分コピーされた悪花お手製の資料束だった。
1枚1枚ピックアップされた部活や委員会活動のデータが事細かく記載され、広辞苑じみた厚みを形成している。 山田にいたっては1~2枚捲ってすぐに読み込むことを諦め、天井を見上げていた。
「悪花、あんた目の下にクマ出来てるわよ。 まーた徹夜したでしょ」
「うっせ、こいつが変な連中に騙されると同室の俺まで嘗められるんだよ」
「そんな斜に構えちゃってもー、これ終わったらちゃんと寝なさいよね。 ……ところでこの量読みこまなきゃいけないのかしら」
「そもそも部活を選ぶのはアリスさんですから、この物量は暴力的ですよ」
勇逸熱心に資料をめくるおかきの横で、試しとばかりに忍愛がアリスへページを千切って渡す。
アリスもされるがままに差し出された紙片を受け取るが、びっしりと書き込まれた文面に目を通すとすぐに目を回してしまった。
「まあ、おかきが例外なだけでこの年の子に読ませるもんやないな」
「ウカさん、私の実年齢知ってますよね?」
「……もう少し噛み砕いて作り直す、どうせ“ついで”の作業だ」
「その前にあんたは一回休みなさい、別に誰も急かしてないんだから」
「……ついで、ということはほかに何か調べものでも?」
額に冷却シートを張り直し、自室に戻ろうとする悪花が足を止める。
そのまま出入り口付近に積まれた資料の山に手を突っ込むと、赤字で大きく「要確認」と印字されたプリントを1枚取り出した。
「この時期に新入生が増えるのは学生だけじゃねえ、要注意組織に加入した連中の洗い出しをSICKの上司に頼まれてな」
「それはなんというか……無理を言ってすみません」
「なんでお前が謝るんだよ、これも契約のうちだから気にすんな。 ついでに精査済みの人物リストも持ってけ、俺たちにしか内容が読めない認識阻害のミームも印字済みだ」
「異常性がプリンターで付与できる時代ですか……」
おかきはお札のような細かい認識阻害模様で縁取られた紙束を受け取り、なんとなく紙面に張り付けられた顔写真の一覧に目を通す。
当然ながら見覚えなどない顔ぶれと、サーカス団をはじめとした見覚えしかない要注意組織の名前たち。
――――その中にふと感じた違和感に、おかきの手がピタリと止まった。
「ん、どうしたの新人ちゃん? 顔色悪いけど」
「……忍愛さん、飯酒盃先生を呼んでください」
「へっ? なんで……」
「問答している時間はないです、大至急!」
おかきは声を荒げ、思わず手にした資料を握りつぶしてしまう。
勘違いならそれでいい、しかしおかきは紙面に印刷されたその顔写真が他人の空似とは思えなかった。
「名もなき神の教団」の名とともに写るその顔は、さきほどボドゲ部で見かけたいがぐり頭の少年と瓜二つだったのだから。




