作戦会議 ②
「やあおかえりカフカ諸君、悪花は久々だねぇ」
「ケッ、お前は全然変わってねえな、キュー」
学生寮爆破事件から数時間後、おかきたちは学園を離れ、見慣れたSICK基地へと戻ってきた。
すでに基地内には今回の事件が知られているのか、通路を行き交う職員たちは慌ただしい雰囲気だ。
「局長、時速50ノットでニンゲンとヒトガタが侵攻中です! このままだと3時間後に東京湾で衝突します!」
「麻理元局長、ヒマラヤからエントロピー性凍死感染症の死体発見報告上がってます、“一万尺”の使用許可をください」
「チーム甘党から連絡、ぐゎらん堂の栗饅頭が売り切れとのこと、いかがしますか?」
「知らないところで進んでる危機だ……」
「分かった、栗饅頭から処理しよう。 宮古野、すまないがカフカたちを頼む」
「しかも栗饅頭が最優先なんだ……」
「おかきちゃん、SICKが扱うような案件じゃ栗饅頭が世界の命運握ることもあるんだぜ」
呆然とするおかきの肩を宮古野が叩く。
周囲のカフカたちは、宮古野の言葉に黙って首を縦に振るばかりだ。
「そういうわけで、今SICKは絶賛多忙だ。 申し訳ないがガハラ様の救出に割ける人員は少ない、おいら含めてバックアップ数名が限界さ」
「いえ、キューさんがいるなら心強いです」
「おっと嬉しいこと言ってくれるねえ、おいらいつもより頑張っちゃうぜ!」
「お前はブレーキの踏み方覚えろバカ。 演算室借りるぞ、明日まで篭ってる」
「君はいつも勝手だね悪花。 結果を出すから文句は言わないけどさ、何か必要なものはある?」
「食料、それと紙とペン。 それと部屋にはうちの連中とカフカ以外入れんなよ」
「了解、あとで持っていくよ」
いつも以上に鋭い視線を職員たちに向け、悪花が迷わず通路の奥へと消えていく。
元々SICKに所属していただけのことはあり、基地の内部構造は熟知しているようだ。
「ウカっち、悪花についてって。 SICKの中じゃ神経すり減らすと思うからさー」
「ほいほい、ほなおかきたちのこと頼むでー」
「……悪花さん、かなり殺気立っていましたね。 大丈夫でしょうか」
「んー、悪花にとってSICKはいい思い出がある場所じゃないからね。 なにせ、彼女は一度うちの職員に殺されかけてる」
「……えっ?」
「いい機会だしおかきちゃんにも話した方が良いか。 立ち話もなんだ、場所を移そう」
宮古野がおかきを連れてやってきたのは、いまだ破壊の痕跡が残る例の食堂だった。
瓦礫や壊れた食券機などはすでに片付けられているが、ウカたちが残した爪痕はまだ深いらしく、営業再開までまだしばらく立ち入り禁止が続くだろう。
ここでなら周りに聞かせたく内緒話もできる、堂々と侵入してカップラーメンをすすってる忍愛を無視すれば。
「あれ、二人ともどうしたの? 可愛いボクと一緒に夜食食べる?」
「忍愛さん、どうしたはこっちの台詞ですけど」
「勝手にキッチンの備蓄食べてるなー? 見つかったら局長にどやされるぞぅ」
「だから局長が忙しいタイミング狙って食べてるのさ! 今は出番もないし、英気を養うのも仕事だよ仕事」
「まあ局長には黙っておくよ、お隣座るね」
「どうぞー、新人ちゃんもこっち座りなよ。 ヌードルまだあるけど食べる?」
「いえ、お気持ちだけで結構です」
「お茶ぐらいは淹れようか、温かいのと冷たいのどっちがいい?」
宮古野がかろうじてウカたちの破壊を免れたドリンクサーバーからお茶を汲み出し、おかきと忍愛に配る。
ついでに自分の緑茶も注ぎ、席に座った宮古野はぽつぽつと話し出した。
「さて、悪花がSICK所属時代に殺されかけたって話だったね。 これは山田ちゃんも初耳かな」
「うん、初めて聞く。 ボクが悪花様に嫌われたのはもう敵対時代の話だし」
「君のセクハラ話はまた次の機会にしよう、今は彼女がSICKを去った理由についてだ」
「職員に殺されかけたんですよね、その人は?」
「知らなくていい、ただ君たちに危害を加える可能性がないから安心してくれ」
宮古野のその言葉は、満面の笑顔とは裏腹にその職員への怒りが滲んでいた。
SICKは決して善意だけで成り立つ正義の組織ではない、その職員の末路は推して知るべしだろう。
「悪花の能力は知っているだろう? 全知無能、扱いは難しいが未来すら特定しうる力を持っている。 そんな力をカフカが持つことを恐れ、独断で“処分”しようとした」
「…………」
処分という言葉の圧に、唾をのむ。 それはもし巡り合わせが違えば、忍愛やおかきが迎えていたかもしれない結末だ。
おかきは自分がとてつもない幸運で生かされていることを、あらためて実感する。
「その職員は食事に毒を仕込んだ、幸い致死量に至らず治療も間に合ったよ。 だが回復までには時間もかかり、悪花の心には深い傷も残ったんだ」
「…………ゴチソウサマデシタ」
毒云々の話で食欲が失せたのか、忍愛は飲み干そうとしたスープをテーブルに置いた。
「しばらくは食事もほとんど摂らなかった、全知で安全だと理解してようやく口にして、それでも吐き戻す。 今の悪花の性格が出来上がったのもそのころだったかな」
「今の、ということは元々は違う雰囲気だったんですか?」
「あー、新人ちゃんは知らないよね。 “暁 悪花”ってキャラクターは原作じゃもっとホンワカパッパした感じなんだよ、3話目で死んじゃうけど」
「死んじゃうんですか」
「そいつぁネタバレだぜ山田ちゃん。 今の悪花はモデルより元々の人格が前に出てるね、原作ファンなら卒倒するぐらい違うよ」
「原作も気になりますけど、それだけ辛い思いをしたという事ですよね」
「そうだね、見た目もやせ細ってカフカ特有の餓死現象で死にかけてたよ。 そこで救いになったのがガハラ様だった」
「甘音さんが?」
「うん、あの人のプライベートにズカズカ踏み込む陽キャっぷりが功を奏したねぇ。 無理やり信頼を勝ち取って食事ができるまで回復させた、彼女がいなかったら魔女集会との関係性はもっとこじれてただろう」
おかきの脳裏には、見たこともない当時の光景が目に浮かぶようだった。
押しの強い甘音の性格は、疲弊した悪花の心に深くしみ込んだことだろう。
「だから悪花はガハラ様に恩がある。 今回も文句は言いながら、SICKに乗り込んでまで手伝ってくれるんだ」
「すごいんだね、ガハラ様。 ボクたちの体液を欲しがるだけの変態だと思ってたけど」
「もちろん当時もしっかり唾液や体毛は回収していったけどね」
「抜け目ないじゃん」
「さすがガハラ様だよねー。 ま、そういう事だからおかきちゃんも気を付けてよ、あまりSICKを過信しちゃダメだからね」
「ええ、肝に銘じておきます。 ……ところで、備蓄の食糧ってまだありますか?」
一瞬だけ何か思案したおかきは、厨房の奥へと目を向ける。
非常用の備蓄ならば、まさか忍愛が完食したカップ麺だけということはあるまい。
「おっ、新人ちゃんもヌードル食べる? お餅や乾物も一杯保管されてたよ」
「君たちねぇ……しょうがない、小腹空いたならおいらも共犯者になろうか」
「そうですね、それならウカさんたちも巻き込んでしまいましょうか」




