アリス in ワンダーな学園 ①
「おはようござグエーッ!?」
「おはよう新人ちゃん、今日も刈られてんねえ」
「日を重ねるほどにアリスのタックル精度上がってない?」
「なんかもう朝の光景って感じやな」
「だ、誰か助けてくれません……?」
赤室を囲む山々に桜が芽吹き始めるころ、一層鋭く研ぎ澄まされたアリスのタックルがいつものようにおかきを刈り取る。
もはや日常に溶け込んだ景色を皆が皆横眼で眺めながら食堂までの廊下を歩きながら、また今日も賑やかな一日が始まるのだ。
ただし、今日はいつもよりちょっと慌ただしい空気が流れている。
「ほら、おかきとアリスも早くいきましょ。 今日はちょっとばかり忙しいわよ」
「うぐぐ、そろそろ離れてくださいアリスさん……って、そういえば今日はなんだかいつもより寮が騒がしいですね?」
「そらそうだよ新人ちゃん、だって今日は新入生がやってくる日なんだからさ」
――――――――…………
――――……
――…
「そうですか、そういえば今日は入学式の日なんですね」
「うちら最近こまごまとした仕事立て込んでて気にする余裕なかったからな」
「いやあ自走紅茶型感染式パンジャンドラム事件はひどかったよね……」
「あんたら私の知らないところで愉快なことやってるわね」
遠くの時計塔が鳴らすチャイムを聞きながら、おかきたち在学生は第三体育館に整列し、パイプ椅子に座りながら式の進行を待つ。
普段ならホームルームが始まっている時刻だが、今日ばかりは事情が違う。
年に一度の一大イベントに吹奏楽部を含む演奏系の部活動は各々の楽器を構え、新入生たちが歩くシルクロードを脇を固めていた。
『ふむ、なんだか殺気だっておりますな姫よ。 気を付けなされよ、姫の首を狙う者が潜んでいるかもしれませぬ』
「陀断丸さん、声を潜めて。 けどたしかに皆さん気合入ってますね」
「そりゃそうよ、新入生がやって来るってことは“沼”に沈めるチャンスだもの」
「吹奏楽部一同ー! 感謝と祝辞と歓迎の意を込めてー!!」
「「「「「入部しなければ末代まで呪う交響曲ハ長調!!」」」」
「感謝と祝辞と歓迎のカケラもないやん」
「アハハ零細部活は大変だねー、あんなに躍起になっちゃってさ」
「「「「「ぶっ殺すぞ山田鎮魂歌イ短調」」」」
「ボクへの殺意が作曲されてる!」
「あんまり煽ると本当に命取られるわよ、吹奏楽部は主力が今年でいなくなるから特に殺気立ってるし」
「そうか、新入生がいるということは当然卒業生もいますよね……」
わずかな瑕疵も許すまいと楽器のチューニングと打ち合わせを繰り返す生徒たちの背に、おかきはどこか鬼気迫るものを感じさせる圧が感じる。
偉大なる先達が抜けた後、自分たちの代が腑抜けだと笑われないために。 彼らが背負うプレッシャーは尋常ではない。
新たな才能の掻きこみに必死な理由も理解できる……が、それはどこの部活も同じ話だ。
「おかき、しばらく街中歩くときは気を付けなさい。 この時期はみんな気が立ってるから事件の10や20起きても不思議じゃないわ」
「せめて1つ2つで終わってほしいんですが……先に探偵部を作っておいて本当に良かったですね」
「英断やったな、あれなかったら今頃おかきなんて大岡裁きやで」
「肉片すら残らなさそうね」
「引きちぎられる前提ですか。 でもこの熱気に巻き込まれないのは幸いですね……」
何かしらの部活や委員会に所属していれば、過激な勧誘を受けることはない。
掛け持ちは可能だがみな自分の部活に注力してほしいため、掛け持ち勧誘はNGというのが赤室暗黙の了解となっていた。 一部過激な部活勧誘はその限りではないが。
そのため在学生は自己防衛のためにも何かしらの部に所属していることが多く、この熾烈な勧誘戦争を高みの見物で楽しむ生徒もいるほどだ。
「おかきは初よね? 赤室の部活対抗演奏合戦は見ものよ、期待していいわ」
「それは楽しみですね、けど本来ならアリスさんも……あっ」
「んっ、どしたの新人ちゃん?」
「……そういえばアリスさんって、まだどの部にも所属していないのでは?」
「「「…………あっ」」」
――――――――…………
――――……
――…
「アリスさーん、無事ですグエーッ!!」
「また新人ちゃんが鋭いタックルの犠牲に」
「残像が見える速度だったわね」
「そんでもって予想通り赤室の歓迎受けたわけやな」
無事に入学式を終えた昼休み、いつもより2割増しのキレでおかきに抱き着いてきたアリスの制服は、ポケットというポケットに隙間なく勧誘チラシがねじ込まれていた。
おかきの腹に顔を埋めて離れようとしないアリスの反応から、どれほど激しい勧誘を受けたのかは察するに余りある。
「おうウカァ、良いところに来たな。 このリストに挙げた連中ちょっと呪殺してくれ」
「何やっとんねん悪花」
「気持ちは分かるけど落ち着きなさい、どうしてもというなら私特製のスペシャル下剤あげるから」
「甘音さん、物騒なもの渡さないでください。 悪花さんも落ち着いて……」
「チッ、予想はしてたが想像以上だ。 想定の3倍以上で群がってきやがって」
「やっぱりおかきと同じことになってたか、押し切られなかっただけ僥倖ね」
良い意味で制服が似合わないほど整った容姿を持つアリスは人目を引いてしまう、つまりそれだけ勧誘を狙う者たちの目に留まり、狙われるという事だ。
それはただでさえ飢えた獣の前に極上のステーキ肉を置くようなもの。
これまでは冬期休暇と時期がかぶり機会がなかったが、まさに勧誘シーズンを迎えた今ならがっつくなと言う方が無理難題だろう。
「俺も四六時中くっついてるわけにゃいかねえ、探偵部で一度保護できねえか?」
「初めはあれだけ嫌がってたのにすっかり情が移ってんじゃない」
「しょうがないよ悪花様は子供にはすぐデレるタイプのヤンキーだから」
「山田後でお前屋上な」
「悪花さん、探偵部にアリスさんを加えるのはやぶさかではないですが……正直おススメはできません」
探偵部としての活動には、SICKとしての異常現象調査も含まれる。
すでにオカルト系の依頼にも対応実績があるため、学園内からもSICK案件に値する異常物が集まって来る。 あくまで一般人でしかないアリスを巻き込みたくないのがおかきの心情だ。
「うちもおかきと同意見や、それに本人の好きな部に行かせた方がええやろ」
「だったらどうするってんだよ、このままじゃトラウマになりかねねえぞ」
「なら放課後一緒に探しましょうか、アリスさんに合う部活を」




