雨音に爆ぜる ④
「すまん!! うちのせいや、あの時お嬢のことをちゃんと止めとったら……!!」
「いえ、ウカさんは何も悪くありません……むしろ私がファミレスの時に挑発するような真似をしなければ……」
「そこ、うっとうしいから反省会は後にしろ。 山田ァ! テメェは今すぐお嬢様の足取りを追え、お前の足が一番早い!」
「はい、喜んで!!」
「そこのアル中は寮に行ってオレの部屋から生き残った資料持ってこい、ほとんど燃えカスだろうが何か残ってるかもしれねえ。 あと適当な紙とペン借りるぞ!」
「は、はい! 行ってきまーす!」
「ウカ、おかき! テメェらはさっさとシャキっとしろ、マヌケ晒したなら働きで取り返せ!」
「「はい……」」
さすが魔女集会のリーダーというべきか、悪花は混乱するSICKの面々に鋭い指示を飛ばす。
甘音が攫われたという突然のトラブルに浮足立っていたメンバーは、彼女の号令で動き始めた。
「まずは事実確認だ、一応ガハラの奴をさらったってのがブラフって可能性もある。 おかき、ちょっと電話貸せ」
「かまいませんけど、どうするんですか?」
「お前んとこのアホ麻里元にも連絡必要だろ、オレが直接話した方が早い。 癪だが今回ばかりは魔女集会とSICKの連合体制が必要だ」
「アホ麻里元……まあいいですけど」
おかきは素直に悪花へとスマホを渡す。
しかし悪花が着信を掛けるよりも早く、彼女が手にしたスマホには着信が入った。
そして画面に表示されたのは、またしてもウカの名前だ。
「……おいテメェ、まだ何かオレたちに用があんのか! さっさと失せねえとその面二度と……」
『ほう、どうするつもりだ?』
「あぁ? ンだよ、次は麻里元の声マネか? さっきより似てるが同じネタで騙されるかよ」
「……あの、暁さん? アクタって人は局長の声を知っているんですかね?」
「……………………あ?」
『誰かと勘違いしているようだが、本物のアホ麻里元で悪かったね。 久々に声が聞けて嬉しいよ、悪花』
悪花の顔からあっという間に血の気が引いていく。
さきほどまで華麗な指示を飛ばしていた人物と同じとは思えないほどに、おかきから見てその背中はとても小さく見えた。
「ま、麻里元……嵌めやがったな……」
『嵌めるも何も私もウカの端末を拾ったばかりで状況がつかめないのだが、何があった?』
「局長、私です。 そのスマホはどこで拾いましたか?」
『おかきか、ボヤ騒ぎがあったアーケード付近で雨ざらしになっていたよ。 天笠祓の生徒手帳と一緒にな』
「…………そう、ですか」
携帯はおそらくわざとアクタが残したものだろう。
不必要になった携帯とともに甘音の生徒手帳を回収させ、自分が誘拐したのだとアピールするために。
『ただ事ではなさそうだな、ウカたちがうっかり落とすとは思えない。 2人は今どこだ?』
「ウカの奴は携帯パチられただけだ、ただガハラは攫われた。 さっきまで誘拐犯がオレたちと会話してたのがその携帯だよ」
『なるほど、すぐに職員たちに捜索網を張らせる。 詳しい話は顔を合わせてからにしよう、場所は飯酒盃の家でいいか?』
「はい、悪花さんもそれでいいですか?」
「かまわねえよ、山田達にも早く戻ってくるように連絡しとけ」
――――――――…………
――――……
――…
「暁さぁ~ん、ノート一冊分ぐらいのメモとPCのデータだけ何とか回収してきたよー……お酒ちょうだい……」
「飯酒盃、またお前は冷蔵庫にビールばかり詰め込んでいるのか。 惣菜でもいいからきちんとした食事を摂れ」
「げぇー!? なんで局長がここに!!」
「私が呼びました、さすがに局長へ連絡しないとまずいと思ったので」
「これよりSICKと魔女集会の緊急会議を始めるところだ、座れ」
「は、はいぃ……」
麻里元との通話からおよそ20分後、飯酒盃の家にはSICKと魔女集会のカフカ計4人と、局長である麻里元が、部屋の中央に置かれたガラステーブルを囲むように座っていた。
そこへ寮から資料を回収して戻ってきた飯酒盃は、居心地が悪そうに麻里元の隣に腰を下ろす。
「さて、すでに皆知っていると思うが、天笠祓 甘音が攫われた。 おかきたちとの通話後、すぐに追跡部隊を派遣したが結果は芳しくない」
「相手もそこまでマヌケじゃねえってことだな。 この学園に容易く侵入できる相手だ、あまり期待しちゃいなかったが」
「局長、現場には携帯と生徒手帳以外に何かありませんでしたか?」
「いや、ほかにはボヤの原因になった段ボール片ぐらいだな。 それも燃え尽きてしまったが」
「ボクも確認したよー、雨の中でもめっちゃ燃えてた」
「おそらく燃えやすいようになんか塗られてたんだろ、キャンプグッズで似たような着火剤を見たことがある」
「手帳は持っていますか?」
「ああ、持ってきたぞ。 ご丁寧に屋根のかかった場所に置かれていたからな、濡れてもいない」
おかきは局長から手渡された生徒手帳をぱらぱらと捲る。
中には持ち主である甘音の顔写真と、細かく記載された学校規則、そして年間スケジュールが付与されたカレンダーのページの後、罫線だけが引かれた白紙のページが続く。
「新人ちゃん、なにか気になるの?」
「わざわざ濡れないように置いていたなら、この手帳を見つけてほしかったということです。 それに彼女はヒントを出すと言っていました」
メモ用途として用意された白紙をどんどんめくるおかき、その手は最後の一ページを前にして止まる。
そこにはまるで印刷したような歪みのない筆記で刻まれたQRコードが載っていた
「気持ち悪っ、鉛筆書きかこれ?」
「……おそらくこれがヒントでしょうね」
おかきは次にウカの携帯を起動し、不自然にもインストールされていたカメラアプリをタップする。
起動したカメラでQRコードを読み取ると、祝福するようなSEとクラッカーの音が鳴り、画面にどこかの住所を示す文字列が表示された。
「無駄に手が込んだマネしやがって、教えたきゃ普通に書けっての」
「本人は遊んでるつもりなんやろ、腹立つわホンマ」
「局長、この住所について調べてください」
「すでに宮古野へ転送した。 どうやら違法カジノを運営している店の住所だな」
「違法って……摘発しなかったんですか?」
「残念ながら異常性のかけらもない賭博だ、私たちが取り締まるのは越権行為になる」
「ケッ、お利口ちゃんで感心するね。 だがカジノか……アレを流通させるにゃちょうどいい場所だろうな」
「アレ? そういえば悪花様、なんかヤクがどうこうで寝返ったとか言ってなかったっけ」
「お前にしてはよく覚えてんな山田、その件についてだが……ちょうどいい、オレのメモも残ってら」
悪花が寮から回収された紙束を漁り、その中から煤のついた資料を取り出す。
テーブルの上に置かれたその紙面には、一見すると理解できない複雑な図形が記されていた。
「これは……何かの暗号ですか?」
「いや、昔から悪花の悪い癖でな。 自分だけしか読まないようなメモはかなり字が汚い」
「黙ってろ麻里元ォ!! クソッ、清書したデータはUSBごと吹っ飛んだんだよ!」
「それで、これはなんて書いてあるんや? なんや化学式みたいなもんも書いとるけど」
「ふんっ! そいつはな、最低最悪の薬物だ。 名を“天使の妙薬”、あのファミレスでお前たちが見たヤク中がキメてたクスリだよ」




