死人に口あり ⑤
「ちょっと待ってください先輩、今部長からって」
「続けて」
「…………」
どこから持ち込んできたのか、折り畳み椅子に腰かけて脚を組む中世古はおかきに有無を言わせない。
おかきとしては聞き捨てならない言葉があったが、一度口を閉ざした中世古から話を聞き出すのは難しいことも知っている。
中世古はおかきが出す“答え”を望んでいる。 それはまるでかつての部活動と同じく、ゲーム上で展開された難問が解かれるのを待っているかのように。
「……まず確認ですが、この角について」
「グラーキの角、その先端で刺された人間……正確には内蔵した液体を注入されると、絶命する」
「なるほど、たしかにそれはグラーキですね」
グラーキ、それはクトゥルフ神話における邪神の一柱だ。
三つの目を持つ巨大なナメクジのような姿をしているとされ、全身に生えた夥しい数の棘に刺されると、アンデッドとなりグラーキに隷属してしまう。
TRPG中に名前を聞いた覚えは一度や二度ではなく、たびたびキャラクターロストの危険に晒されたことをおかきは思い出す。
「しかし先輩たちの外見はアンデッドやゾンビとは形容し難いです。 振る舞いや会話の反応すら生きた人間そのもの、これではまるで……」
「ゾンビはゾンビでも、哲学的ゾンビ」
おかきが言い淀んだ言葉を、中世古が補足する。
それは意識はなくとも生前と同じ振る舞いをする、正者と区別できない存在。
あくまで哲学として語られる空想上のものだが、目の前にいる中世古たちだったものを定義する言葉としては適切だった。
「中世古 剣太郎という人間はすでに死んでいる、ここにあるのは故人と同じ振る舞いをするだけの肉塊。 ただし中身は“こう”なってるし、食事も生理現象もないから……気を付けないとバレる」
「ですね、その不自然さがなければ私も気づかなかったところです。 しかしだからこそ誰にも気づかれず社会に溶け込めていたんでしょうね、最近までは」
「…………」
「先ほども説明した搬入物資の不足分、大雑把な計算ですがおよそショーの開催に関わる人員の半分が哲学的ゾンビです。 当たってますか?」
おかきは中世古と四葩に確認するが、返答はない。
中世古は興味がないから把握していないだけだが、四葩がそっぽを向いたまま黙っているのはおかきの指摘が的中しているからだ。
「潜在的な数がどれほどいるのかはわかりません、しかし今の今まで発見を免れていたのならそれなりのコミュニティがあるのでしょう。 保守派と過激派が生まれるぐらいには」
「うん」
確信を抉る手ごたえがおかきにはあった、それでも中世古はどこ吹く風という態度で相槌を返す。
彼にとってはこの推理の行き先などどうでもよいのだ、重要なのはおかきが導き出した結果でしかない。
「これほど大規模なショーにグラーキの犠牲者が偶然集まったとは考えられません、おそらく計画的な犯行でしょうね。 ただ母さんたちのような存在が集まるほど大きなリスクが生まれる」
「はっ……あんたみたいなイカれた連中に目を付けられるってわけね」
「イカれているかどうかはコメントを伏せますけどその通りです。 例の爆弾犯はそれを危惧したのでしょう、だから強引な手を使ってでもイベントの中止を目論んだ、それがあの脅迫文に繋がるわけです」
おかきは話しながら手元の”グラーキの角”へ視線を落とす。
針先からにじむ紫色の液体は粘性があるのか、滴り落ちることはない。 同時にいつまで待っても凝固や乾燥はせず瑞々しい状態を保っていた。
適当なチリ紙で拭っても次から次へにじみ出す液体、見かけの内容量を超えたとしても際限なく溢れるとしてもおかしくはない。
「母さん……いや、先輩。 正直に答えてください、使いました?」
「……誤解ないように言うけど、自分は無理やり使ったことはない。 みな合意は得た」
「合意? 自分が死ぬことに合意する人間がいるんですか」
「いる、わりと。 自分もそうだったから」
「――――はっ?」
「睡眠、食事、疲労、病気、加齢……全部絵を描くのに邪魔だったから、なくした」
おかきが推理できたのはあくまで原因と一連の流れまでであり、加害者の事情については探偵の知る由ではない。
それでも何らかの理由はあるのだと身構えていたが、おかきには目の前にいる中世古のようなナニカが話す言葉が理解できなかった。
「はっ! あんた私がいない間にずいぶん幸せな生活してきたの? いないわけないじゃない、この国で毎日どれだけの人間が自殺してると思う?」
「…………母さんも、自分からこの針に刺されたんですか?」
「ええもちろん、だって老いたくなかったから! 醜いババアに成り下がるなら死んだほうがマシよ、私はずっと綺麗で可愛くいたいの!!」
職員に取り押さえられたままの四葩が笑う。 おかきを見下し、1+1が分からない子供をバカにするように。
彼女にとっては「美」こそが何よりも優先する動機だった。 満足いく容姿を保つためならば、自らの死をもいとわないほどに。
「だけど私の身体は完璧じゃなかった、顔だってこんなんじゃまだまだ可愛くないの! 分かる!? お人形みたいな顔になりたかったの!!」
「……それでも、死ぬんですよ? 今こうして私と話しているあなたはただそれらしい反応を返すだけの死体で、早乙女 四葩の意識はグラーキに刺された時点で消滅しているのに」
「だから? ほんっとバカでつかえねえガキだわお前、美醜なんて他人が判断するだけじゃない、私が生きている必要なんてどこにもねえんだよ」
「……そうですか、理解はできませんが納得しました。 やはりあなたはアリスさんの肉体を乗っ取るつもりだったんですね」
「そうだけど?」
とぼけるでも開き直るわけでもなく、心底きょとんとした顔で首をかしげる四葩。
自分が行おうとしたことの深刻さにも気づいていない、どす黒い邪悪がそこにはいた。
「先輩、あなたたちは首や心臓を潰しても活動可能ですか?」
「無理、人が死ぬレベルの負傷で反応が停止する。 だけど脳や心臓が無事なら結構しぶとい」
「ならあなたたちゾンビの特性は脳か心臓に依存するものだと?」
「……うん。 試したことはないけど、“中身”が入れ替わると思う」
それは悍ましい真実でしかない。 早乙女 四葩は、アリスの美貌を自分のものにしようとしたのだ。
肉を削ぎ落し、防腐剤を飲ませ、四葩にとって理想的なスタイルを維持したまま絶命させる。
あとはおかきの推理通りにアリスと四葩の脳を入れ換えれば、早乙女 四葩を模した哲学的ゾンビの特性はアリスへ移し替えられる。
「だからアリスを肥えさせて、代わりに自分をターゲットにさせたのは正解。 危険だけど」
「……もういいです、聞きたくありません。 続きはSICKで聴取しますから、2人は――――」
「新人ちゃん、逃げろ!!!」
――――吐き気を催すほどの動機を解明したおかきの言葉を遮ったのは、今まで潜伏していた仲間の声と、突然目の前に現れた秒針を刻む時計の音だった。




