造花 ②
「ま、松ヤニって……あの工芸とかに使われるやつ?」
「うちはほかに似た名前のモンは知らんな、少なくとも飲みものとはちゃうやろ」
「そうだね、漢方に使われるぐらいだから無害っちゃ無害だけど積極的に飲むのはお勧めしないな。 彼女が服用していたものは量も多いし、余計な成分も混ざってる」
「余計な成分?」
「速乾性の高いオイル含む合成成分……まあ要するに山田っちが言ったように工芸用に加工された松脂を服用していたってことだよ」
「……それって大丈夫なんですか?」
「当然健康にはよろしくない、だから内臓が弱ってるって言っただろう? このカルテをガハラ様に見せたら怒髪天を突くだろうね」
おかきはアクタのせいで本日は欠席中である甘音のことを思い浮かべる。
医薬知識なら間違いなくこの中でズバ抜けている彼女がアリスの現状を知ればどうなるか、おかきはその光景が瞼の裏に映るようでただただ天井を見上げた。
「ふぅー……この件は内密に進めましょうか」
「そだね、おいらも知り合いの刃傷沙汰は見たくない」
「けどさー、なんでアリスって子は松ヤニなんて飲んだの?」
「少なくとも誤飲ではないだろう、量が量だ。 おそらく日常的に少量を摂取し続けていたんだと思う、それこそ食後の薬みたいにね」
「食事はさせてもらんかったのにな、ほんま解せんわ……」
「……防腐剤、でしょうね」
尻尾を逆立てて怒りを堪えるウカの隣でおかきがぽつりとつぶやく。
「母さんの企みは分かりました、おそらく松脂はアリスさんの美しさを保つためです」
「でも新人ちゃん、こんな扱いしてたら容姿を保つ以前に死んじゃうんじゃない?」
「だからですよ、母さんはアリスさんの容姿が大事だからこそ殺したかったんです」
「パイセン、新人ちゃんがおかしくなった!」
「お前ほどやないで」
「キューさん、アリスさんのことは頼みます。 私は一度姉貴に連絡してくるので」
「任せらぁ、核弾頭ぶち込まれても守護り抜いてみせちゃうぜ。 けどお姉さんは今忙しいんじゃないのかい?」
「ええ、なので今のうちに連絡しておく必要があるんです。 失念していましたけど次の母さんの行動はきっと――――」
――――――――…………
――――……
――…
『あーね、だからあいつうちの会社に殴りこんできたんだ。 警備員につまみ出されてたけど』
「やっぱり……」
電話口の向こうから、どこか納得したように手を打つ音が聞こえる。
おかきは娘の身柄を預かると連絡したが、四葩はおかきの正体も所在地も知らない。
唯一彼女が知っている手掛かりと言えば、おかきは陽菜々の仕事を手伝う関係にあるくらいであり、陽菜々が働く会社への接触はもっと早く懸念すべき事態であった。
「ごめん姉貴、こっちのミスだ……」
『いやいや気にすんなって、あんな無様晒したんだからしばらく近づき……いや近づくかもな、恥とか知らない人だし』
「SICKに姉貴の警備を増やすよう頼んでみるよ、今の母さんは娘のためなら人を殺しかねない」
『ははっ、笑えないねー……その愛情のほんの少しでもこっちに向けてくれたらよかったのに』
「……そうだね」
『いやごめん、嘘。 アリスちゃんのこと聞いたらそんなこと言ってらんないや、今は容体とか大丈夫?』
「危ないところだったけど一命はとりとめてる、とにかく栄養失調がひどいから今は点滴打って様子見」
『そっか、よかった……』
おかきはアリスが服用していた“薬”の件は伏せ、命の別条がないことだけを伝える。
詳細を伝えたところで陽菜々に動揺を与えるだけでしかない、ただでさえ仕事が重なっているところに余計な不安を重ねたくはなかった。
「それより姉貴、そっちの進捗は?」
『ぐぅ、とりあえず怒りでインスピレーションはモリモリだからあとは形にして仕上げるだけ……』
「つまりほとんど進んでいないと」
『間に合うから! 〆切には必ず間に合うから、本当にヤバい方の〆切には絶対間に合うの、お願い!!』
「姉貴さぁ……まあいいや、信じるよ。 なんだかんだで仕事も宿題も諦めないってことは知ってるし」
『雄太様ぁ~~! 任せて、絶対に雄太に似合う服仕上げて見せるから!!』
「その一点さえなければ心の底から応援できるんだけどな……」
陽菜々が服を仕上げるということは、おかきはそれを着て舞台を歩かなければならないという事だ。
まさかカフカと化しているとはいえ弟によほど際どい服は着せないと信用してはいるが、それでもいずれ来る本番のことを想うとおかきの気は重くなる。
だがそれでもおかきはこの役を降りることはない、この事件の解決を目指すなら避けられない壁なのだから。
「……姉貴、母さんのことは今でも恨んでる?」
『おっ、どうした急に。 ん-、まあ恨んないといえば嘘になるし、何ならもう一度顔合わせたら自分でも何するか分かんないぐらい怒ってる』
「そっか。 じゃあ――――母さんのことは死んでもいいと思ってる?」
『……いや、さすがにそこまでじゃないかな。 あの人がやったことは許せないし絶対許さないけど、罪は罪として償ってほしい』
「…………うん、だよね。 ごめん、変なこと聞いた」
『いやいや、それ言い出したら変な仕事に巻き込んだのはこっちが先だし。 あっ、ドタキャンとかはやめてね? もし嫌になったら降りてもいいけどできれば代わりの人探してほしいなーって』
「大丈夫逃げやしないって、姉貴の仕事は絶対成功させる。 ……ああそうだ、代わりと言ってはなんだけど後で髪の毛か血の提供に協力して」
『えっ、別にいいけどなんで?』
――――言えなかった。 早乙女 雄太は、カフカとして導き出した真相を姉に話せない。
言ってしまえばすべてが終わってしまうようで、喉が締まって声が出なくなる。
早乙女 四葩はすでに死んでいるなど、どんな顔をして伝えればいいのだろうか。




