雨音に爆ぜる ③
「うーん、やっぱり本人がいないと無難なものしか選べないわね」
おかきたちが飯酒盃の家に集まっているころ、甘音はアーケードを1人で歩いていた。
理事長の私財により学園内に建てられたこのアーケードは品揃えが幅広く、生徒たちにも重宝されている。
多感な女子のニーズに合わせた化粧品を扱う店も多種多様に並んでいるが、甘音が買ったのはお手頃価格の保湿液と美容液だけだ。
「本当に私と同じやつで良いのかしら……いやでも、うーん……少し押し付けがましいわね」
当てもなく歩きながら、甘音は独り言を呟く。
おかきの美容に対して無頓着な姿勢は、甘音にとって見て見ぬふりができなかった。
しかしおかきは元々男性であり、甘音とは価値観が違う。 そこへ無理矢理自分の考えを押し付けるのはどうなのか、という自問自答が甘音の脳内では繰り返されていた。
「……まあ良いわ! 嫌だったら私が使えば良いし、男の子でも肌ケアは必要でしょー」
深く考えると沼に沈みそうな思考を打ち切り、甘音は傘を片手にアーケードを出る。
そして甘音はふと、寮のある方角へ視線を向けると、雨の中にくっきりと黒煙が立ち上っているのが見えた。
「何あれ……まさか火事?」
「あーあ、失敗しちゃった。 じゃあプラン2だ」
「えっ―――――ムグッ!?」
道行く学生たちの視線が立ち昇る黒煙と傘に奪われる中、口元を塞がれた天音の姿は、薄暗い路地の中へと消えていった。
――――――――…………
――――……
――…
「ウカさん、イタズラではないですよね?」
「こんな趣味悪い真似せえへんわ、誰やうちの携帯勝手に使うてるの!」
「……心当たりは一つしかないですね」
おかきは着信を受け、通話をスピーカーモードに切り替える。
「もしもし、どちら様ですか?」
『なんや、うちやでうち。 この声忘れてもうたか?』
スピーカー越しに聞こえてきたのは、ウカとそっくりの声だった。
隣に本人がいなければおかきも騙されかねないほどに似ている。
「ずいぶんヘッタクソなオレオレ詐欺やな、コントにしか聞こえんわ」
「そうだよねえ、センパイの声ってもっと人殺してそうなドスが効いてあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛腕゛は゛そ゛っ゛ち゛に゛曲゛が゛ら゛な゛い゛よ゛ぉ゛!!!!!」
「てなわけやから正体表しぃや、こっすい宴会芸披露したいなら場末のスナックにでも行ってこい」
『……なーんだぁ、恥かいちゃった』
電話の向こうから聞こえてくる声色が途端に変わる。
それはおかきとウカが、あのファミレスで聞いた真犯人の声とよく似ていた。
『知ってる? 電話越しの声って本人とよく似た合成音声なんだって、だからごまかせると思ったのになー』
「雑学をひけらかすためにウカさんの携帯を盗んだわけじゃないでしょう。あなたが“名匠”ですか?」
『その呼び名は嫌だなぁ、アクタって呼んでよ探偵さん』
「おかき、ちょっと代われ。 そいつがテメェの本名か、アクタさんよォ?」
通話していたおかきを押しのけ、悪花が電話を手に取る。
その額には青筋が浮かび、見るからに爆発寸前だ。 忍愛に至っては飯酒盃と一緒に部屋の隅に退避している。
『あら、リーダー。 プレゼントは気に入ってくれた?』
「死にてえならそう言えよ、さっさとドタマぶっ飛ばしてやったのによ。 いつから企んでいた?」
『入会したその日から』
「つまんねえ冗談はやめとけよ、大筋は知ってんだ。 ヤク目当てで寝返るなんざなっさけねえな」
『……性格悪いなぁ、分かってるなら後回しにしてよ。 私は今探偵さんと話がしたいの』
「私は何も話すことはありませんよ、強いて言えば自首してほしいのですが」
『探偵さんのお友達を預かっているといってもダメ?』
「…………今、なんと?」
『あなたのお友達を預かってる。 可愛い寝顔、化粧品なんて買っちゃって背伸びしちゃってる』
「……! おかき、それお嬢のことや! たしか化粧品買うてくるって言っとった!!」
スピーカーから聞こえてくる嘲るようなアクタの言葉に、狐耳をピンと立てたウカが思わず立ち上がる。
おかきもその様子を見て、アクタが決してはったりをかましているのではないと確信した。
「すぐに彼女を開放してください、従わなければこちらも穏便な手段はとれません」
『まあ怖い、何してくれるの? ねえ探偵さん、次は私をどうやって楽しませてくれるのかしら!』
「話聞いてます? いい加減に……」
『あのファミレスで私が見たあなたの顔、私が聞いたあなたの声! とってもかっこよかった、思い出してもゾクゾクしちゃう! あの時に理解したわ、私の爆弾はあなたに解かれるためにあったんだって!』
おかきの言葉を遮り、語るアクタの言葉は止めどない。
『目に映るものすべてが、いつ爆ぜるのか不安で仕方なかった。 なのにあなたに解かれた瞬間、私は生まれて初めて“壊れないもの”を見つけた気がしたの……!』
狂気にも似た熱量を前に、おかきを含めたその場の全員が、それ以上口をはさむことができなかった。
『ねえ探偵さん、私はこれから色々壊しちゃうと思うの。 だから――――あなたが私のホームズになって?』
「あなたは……あなたはいったい、何がしたいんですか! こんなに人を巻き込んで、危険にさらして、殺して……なんのためにこんなふざけたマネをする!」
『楽しいからよ、探偵さん。 私たちの名は引きずり堕ちる、自分たちのために楽しんで生きていきたい』
「……なら、あなたは私たちの敵です」
『ええ、ええ! そうよホームズ、私はあなたのモリアーティ。 どうかあなたの手で滝つぼに突き落として』
「おかき、電話切れ。 話しても何の得もないでこんなやつ」
「しかし甘音さんが……」
「人質にしてるっちゅうことはそう簡単に死なんわ、安心しい。 こいつはSICKを敵に回した、絶対にいてもうたる」
アクタの態度に怒っているのはおかきだけではない、気づけばウカの髪の毛は金色に染まっていた。
「前置きはもうええやろ、要件を言えや。 お前はおかきに何をさせたい?」
『うふふ……簡単よ、一緒にゲームをしましょう? ヒントはこの子の荷物と一緒に置いておくから、あまりのんびりしてるとこの子で遊んじゃうかも』
「お嬢に傷一つでもつけてみい、お前を末代にしたるわ」
『そういう啖呵は探偵さんから聞きたかったけどなぁ、まあいいか。 それじゃ、またね』
その言葉を最後に、アクタとの通話は切断される。
部屋の中にはただただ重い沈黙と、屋根を叩く雨音だけが響き続けた。




