バラバラのピース ④
「……どこにいるかくらいは聞いておくべきでしたね」
休憩室を出てからアリスを探し始めて1時間、おかきは道に迷っていた。
否、すでに館内のマップは暗記しているため正確に言えば迷子ではない。 ただ少しばかり目的の人物がどこにいるのかわからないだけだ。
『んー、こっちも監視カメラ確認してるけど見つからないな。 というかこの建物カメラの管理がずさんすぎるよ』
「昨日の大ホールもろくに映像残ってませんからね、まさかこれ見よがしに置いてあるもののほとんどがダミーだとは……」
廊下を歩きながら天井に設置された監視カメラを睨むおかき。
奇天烈なデザインに予算を吸いつくされたのか、まともに機能している監視カメラは見た目の3割ほどしかない。
『だけどここまで歩いた分と生きている監視カメラの範囲を除外すれば……そろそろお姫様の活動範囲も絞られたんじゃないかな?』
「そうですね……」
頭の中に引いたマップに赤線を引き、おかきはいまだ会えぬ少女の活動範囲を絞り込む。
相手は活動的とは言い難い、おそらくどこか一点にとどまっているはずだ。 それこそ手錠に繋がれた昨日のように。
「……ああもう、なんであの父親は何も言わないでしょうかね」
推理に思考を割く最中、ついあの胸糞悪い光景を思い出してしまい、おかきの口から悪態が出てしまう。
阿賀沙の思考がおかきにはわからなかった。 もはや四葩の非常識については何も言わないが、あの虐待極まりない行動を認可しているなら共犯同然だ。
『……ん? 待ったおかきちゃん、希少な監視カメラ君が珍しく仕事したようだ。 外見て外』
「外?」
スマホを通して聞こえる宮古野の案内に従い、ガラス張りの渡り廊下から外の風景に目を向ける。
そこには降り積もった雪に融けるような白いゴシックロリータに身を包んだアリスが、松の木の下にしゃがみこんで何かを探している様子が観察できた。
――――――――…………
――――……
――…
「――――……」
ゴスロリが泥と雪に汚れることもいとわず、その少女は膝をついて地面をまさぐり続けていた。
気温は氷点下に近く、今にも雪が降り出しそうな曇り空には日光の姿もない。 防寒効果の望めないゴシックロリータでは、この寒空の下で活動するにはあまりにも心もとない。
「……なにをしているんですか?」
「――――……」
だからおかきもつい、見ていられずに声をかけてしまった。
自らの背丈に合わせた(それでも若干丈が長い)特注のトレンチコートを肩にかけ、彼女のかじかんだ指先を両手で包みこんで温める。
相変わらず人形のように表情の乏しい少女だが、赤くなった鼻先と鼻水をすする音が彼女が生きていることを証明していた。
「えっと……アリスさん、ですね? 何をしてるのか聞いても?」
「……さがし、もの」
『わ、喋った。 おかきちゃん、スマホのカメラだけその子に見えるようにしてくれ、あとはこっちで勝手にハックするから』
「勝手にハックしないでくださいよ……」
渋々言いながらも言われた通りカメラレンズだけが覗くようにスマホを胸ポケットへ入れるおかき。
その間にもアリスは再び雪の中に手を突っ込むと、指先の感覚を頼りに黙々と何かを探し始める。
「ああ待ってくださいアリスさん待ってください、風邪をひいてしまいます。 もっと暖かい服に着替えてから出直しましょう!」
「お母さんが、こんな服しか、くれないから」
「っ……えっと、あなたのお父さんにそのことは?」
「頼んでも、すぐに捨てられるから」
「…………」
陽菜々という前例に裏切られたせいか、早乙女 四葩の「理想の我が子」に対する執着は悪化している。
アリスの環境はかつての早乙女家よりもひどい。 彼女の感情が希薄なのは生来のものではなく、自ら望んだものを何も与えられなかったゆえの諦観だ。
幼少期から自我を発する機会を極端に奪われ、会話を交わすことすらたどたどしい。 彼女の有様は虐待と呼んでも余りある。
「……わかり、ました。 ならせめて何を探してるのか教えてください、私も手伝います」
「クタにょん」
「はい?」
「クタにょん、ストラップ……なくしたの、このあたり」
「…………キューさん、ヘルプです」
『あーはいはい、クタにょんね。 ちょっと前に局地的な流行を見せたキモカワ系マスコットだよ、今画像おくるね』
カタカタとキーボードを打鍵する音からコンマ1秒後、ポォーンという通知音を鳴らしておかきのスマホにひどく冒涜的なゆるふわモンスターの画像が添付される。
その造形を一言で表すなら「ネコの頭部を三つ目のタコに置換し、全身から細かい触手を伸ばしたような存在」としか表現できない。 少なくともおかきにはこのキャラクターを一目で可愛いとは呼べなかった。
「クタにょんは……かわいい、好き……だけど、お母さんは……怖いって言う……」
「生まれて初めて母さんと意見があったかもしれません」
『おかきちゃん、それが好きで集めている子が目の前にいるんだぜ?』
「すみません、失言でした……それでそのクタにゃんを」
「クタにょん」
「失礼しました、クタにょんをなくしてしまったと」
「……お母さんに見つかりそうだったから、投げた」
「なるほど……」
娘へ病的な理想を押し付ける四葩がもしこの冒涜的なモンスターを見つければ、ヒステリックに叫ぶ姿は想像に難くない。
ゆえにアリスもストラップを隠すため、苦肉の策として投げ捨て、後ほど回収しようとしたが見失ってしまったというところだろう。
「キューさん、物は相談ですが」
『うーん、現地にいるならともかく遠隔でストラップ1つ探す装置はあいにく準備してないかな。 ごめんね』
「いえ、こちらもダメで元々でしたから。 そうなると方法はひとつですね」
おかきはされるがままのアリスにきっちりとコートを着せ、その両手に手袋をはめる。
この雪の中でクタにょんを探す彼女の執念はすさまじい、言葉で説得できるビジョンがおかきには浮かばなかった。
「……まずはクタにょん探しです、気合入れていきまへっくち!」
『うーん、締まらないなぁ』




