危険物取扱注意 ⑤
「先輩」
「………………」
「中世古先輩」
「………………」
「もしもし十文字先輩ですか? かくかくしかじかで中世古先輩を発見しました場所は」
「待ってほしい、話をしよう」
「毎度このくだりがないと会話できませんか?」
中世古が後輩の話に耳を傾けたのは、おかきがスマホを取り出して十文字との通話を始めたころだった。
なおすでに現状は向こうへ伝えているため、時すでに遅しだが。
『マ!? ちょっ、早乙女ち……いや早乙女様!! そこにつるぎんいるってマ!? マジ!? 待って待って今そっち行くから場所教えt』
「中世古先輩、こちらの質問に答えてくださいね。 でなければ次はないです、いいですね?」
「あいむおーけー……のーぷろぷれむ、どんとうぉーりー」
『だいぶ英語が怪しいなMace氏』
「ほな爆弾犯とはちゃうか」
「ボクも英語ガバガバだけど今どき英文ぐらいネットで翻訳できるんじゃない?」
「ほな爆弾犯かもしれへんな」
「ではまず確認ですが、先輩は爆弾が送られた現場に居合わせたんですよね?」
「はい」
簡素な返事とは裏腹に千切れんばかりに首を縦に振る中世古
十文字 黒須の効力は絶大だ、今なら口座の暗証番号すらためらいもなく吐き出すかもしれない。
「ならその時の光景をできるだけ正確に教えてください、壁際に座っていた先輩なら全体を俯瞰できたはずです」
「ん」
肯定……ではなく、首を縦に振ることを辞めた中世古は、床に散らばったスケッチブックのページを指し示した。
意図の読めない中世古の行動に、おかきが首をかしげながらもページを1枚拾いあげる。 すると紙面には、写真のように精密なタッチで描かれた大ホールの様子が刻まれていた。
「うっわすっご、ほぼ写真じゃん。 ボクらが社長さんと話してるところも描いてあるよ」
「まさかこれ全部ホールの様子描いてあるんか? いや、何枚あんねんこれ……?」
「……先輩、また腕を上げました?」
「まだ未熟、この腕じゃネコもまともに描けない」
『うわー葛飾北斎みたいなこと言ってら、化け物かな?』
中世古の周りに散らばっているページはすべて、事件前後のホール内を映した風景画だ。
1枚ずつ左下にページ数も書かれているため、順番に並び変えればコマ送りのように時系列が見えてくる。
常軌を逸した筆の早さだが、中世古 剣太郎の画力には一切の異常性が関わっていないのが恐ろしい。
「最初の1枚を書けばあとは簡単、変わっている部分だけ書き直せばいい……動かない背景部分の描き方は腕が覚えてるから、トレースするだけ」
「新人ちゃん、よくこの人たちに混ざってゲームできたね」
「忍愛さん、ドン引きするには早いですよ。 まだ序の口です」
「しっかしよう描けとるけど、あくまで手書きやろ?」
「私が知る限り中世古 剣太郎という人間は絵に関しては嘘をつきません。 それに本人から事情聴取するよりよっぽど正確で手っ取り早い情報源です」
「そのとおり」
「ディスられとるんやからちったぁ否定しとき?」
おかきが番号順にページを並び替え、パラパラ漫画よろしくめくっていく。
途中までは順調な段取りで工事が行われている様子が描かれているが、ことが起きたのはページ数が50を超えたころだ。
1枚前まで何もなかったランウェイ上に突如小さな箱が現れ、さらに次のページには黒煙を噴き上げているところが事細かに描写されている。
「中世古先輩、1ページ描き上げるまでどれぐらい時間がかかってますか?」
「だいたい1分以内、早くて30秒」
『推しの絵師が化け物すぎる』
「……ランウェイ上では作業中のスタッフも映っています、誰かがこっそり置いて行ったなら誰かが気付くでしょうね」
『ブリキ缶周辺の空間からは転移系能力特有の“歪み”を観測してる、犯人が物質転送能力という予測は十中八九間違っていないよ』
「ではその前提で語らせてもらいます。 キューさんの技術で犯人の位置を特定することはできませんか?」
『爆弾が送られる前に座標を特定して測定機器を設置し転送の瞬間を計測できれば逆探知は可能だね!』
「ほぼ不可能ってことやな」
『そうとも言う。 とはいえ犯人の目星は絶賛悪花が無理をしない程度に解析中だ、文字通り時間の問題だろう』
「ってことはボクらの出番はこれまでかな? 新人ちゃんの推理タイムもなさそうだ」
「なければそれが一番なんですよ」
「――――本当に?」
「えっ?」
ろくに手入れがされていない髪の下から、中世古の目がじっとおかきを見つめる。
“探偵の出番はない”という忍愛の揶揄を否定するように、その双眸はおかきを捉えて離さない。
「……先輩、それはどういう意味ですか?」
「…………気づかないなら、いい。 なんでもない」
ここに来て中世古が初めて見た感情の波、しかしそれはすぐに鳴りを潜める。
スケッチブックに視線を落とすと、彼は再び自分の世界に引きこもってしまった。
「どうする新人ちゃん? 一発〆て吐かせる?」
「いえ、必要な情報は手に入りました。 先輩、この成果物はいただいても?」
「……あとで返してね」
「善処します。 皆さん、ほかの方からも話を聞きたいので一度引きましょう」
「あれは放置でええんか?」
「構いません、ほかの職員が見張っていますし悪さをするとは思えませんから」
すさまじい速さで筆を走らせる中世古を大ホールに置き、おかきたちは一度休憩室を目指す。
現場には阿賀沙をはじめ、中世古のほかに作業中のスタッフが何名もいた。 証言を聞き出すなら複数人のものを照らし合わせた方が正確なのは間違いない。
……が、それは建前であり、おかきの目的はほかにある。
「――――と、いうところです。 どうでしたか、十文字先輩?」
「へっ? 新人ちゃん、誰と話して……」
『あーね、だからあーしに電話したわけか。 おけまる水産あをによし』
おもむろに取り出したおかきのスマホからは、スピーカー越しに十文字
の声が響く。
おかきがはじめに十文字へ通話を掛けたのはなにも聞き分けのない先輩を脅すだけが目的ではない。
“嘘つき”のプロフェッショナルの貴重な知見を得るために、必要な芝居を打っていた。
『みんな今どこにおるん? 結論から先に言うとさ――――つるぎん含めてそこに居る連中全員信用しちゃだめだよ』




