危険物取扱注意 ③
「ふぅー……なんとか男の尊厳は守りました」
「乙女じゃなくて?」
「男ですっ」
膀胱の危機を乗り越えたおかきは、洗った手をハンカチで拭きながら女子トイレを出る。
以前ならばハンカチなんて持ち歩かなかったが、藍上 おかきの姿で濡れた手をスカートで拭うというのも忍びなく、自然と持ち歩き始めた習慣だ。
男を名乗るならなんとも女々しい行為だが、アクタは深く突っ込まない。 彼女の怒りを爆発させるギリギリを見極めているから。
「うふふ、それにしても探偵さんのお母さんってすごいのね。 本当に同じ人間なのかしら?」
「歯に衣着せませんね……でも助かりました、ありがとうございます」
アクタの助けがなければ、おかきは手を引かれるまま十中八九四葩に連行……否、誘拐されていた。
今でも恐怖の余韻でおかきの手は震えている、母親に対するトラウマは一朝一夕で拭えるようなものではない。
四葩の目は本気だった。 あのまま強引に押し切られていたら、彼女の所有物となるまで監禁されていたかもしれない。
「うふふ、でも見る目はたしかね。 私もお化粧には自信があったのだけれど」
「……申し訳ありません、母に替わって謝罪させてください」
「探偵さんが気にすることはないわ、本当のことだもの。 厚化粧同士、お義母さまにも通じるものがあったのかしら?」
アクタは自らの頬をつぅっと撫でる。
彼女の頬から首にかけて走る夥しい火傷痕は、本人にとっても見苦しいと考えているからこそ、隠しているものだ。
「ごめんね、今度はもっと上手に隠すから。 だから嫌いにならないでね探偵さん」
「なりませんよ、そんな化粧なんてなくても私からあなたへの感情は変わりません」
それでもおかきは後ろめたく視線を逸らすアクタへ一歩踏み込み、ハンカチで彼女の頬を拭う。
そのまま特殊メイクのような厚い化粧の下から現れた火傷の後に触れ、そっと撫でる。
「アクタ、あなたが私のことを好きだというのは見た目のせいですか?」
「違うわ探偵さん、あなたは私の衝動を解いてくれた。 今までの私を破壊してくれたから好きなの」
「私からあなたへの評価も同じですよ。 あなたのことが苦手だというのに火傷の有無は関係ありません」
「私のこと嫌いなの?」
「ええ、甘音さんをはじめ多くの人を傷つけたあなたのことを無条件に許すつもりはありません。 ですがこれからの行動次第では評価を改めるかもしれませんね」
「行動?」
「私を助けてくれたように、善き行いを続けてください。 姿形の評価は、行動の評価を上回らない」
藍上おかきの外見は未目麗しい。
しかしその姿に胡坐を掻いて傲慢の限りを尽くせばすぐに愛想をつかされるだろう。 それこそ早乙女 四葩のように。
第一印象は内面によって覆されることを、雄太は自らの母から学んでいた。 だからこそ彼は、人の内面と行いを重要視する。
「そうしたらあなたのこと、ほんの少しは好きになるかもしれませんね。 その時はあなたの素顔をちゃんと見せてくださいよ」
「……探偵さん、抱きしめてキスしてもいい?」
「そういうところですよアクタァ」
「おうおう、なにイチャついてんだよボクの目の前でさぁ。 間に挟まっていい?」
「あっ、忍愛さん」
「もう、山田。 人の恋路を邪魔すると蹴られて死んじゃうわよ?」
「山田言うな! アクタに呼び捨てられる覚えはないんだけどなぁ!?」
「諦めえや、お前はそういう運命やねん」
横から水を差すニンジャのエントリーに、いい雰囲気を邪魔されたアクタが頬を膨らませて憤る。
しかしおかきとしては両肩をガッチリホールドされてあわや公共施設の廊下で貞操の危機を迎えていたところなので、ウカと忍愛の登場は九死に一生を得た心地なのだが。
『やあやあおかきちゃん、救援が遅れてごめんよ。 無事だったかい?』
「キューさん、ありがとうございます。 こちらはアクタのおかげでなんとか……」
「ちなみに一緒に新人ちゃんの救助に向かったガハラ様が廊下の途中で気絶してたんだけど」
「う、ぐぅ……アクタ……手刀……許、さ……な……」
「甘音さーん!?」
「あらごめんなさい、駆けつける途中で手が滑っちゃって」
「こいつ一人で好感度稼ごうとしおったな」
忍愛の肩には気絶した甘音が担がれ、意識が途絶え途絶えながらもダイイングメッセージを吐き続けている。
どうやら初めはキューからSOSを受け取って2人で救助に向かっていたが、途中で恐ろしく早い手刀により意識を刈り取り、一人抜け駆けしようとしたらしい。
おかきの中で若干上がっていたアクタの株価が急転直下した瞬間であった。
「とりあえずさっきの休憩室で甘音さんを寝かせましょう……って、そういえばウカさんたちはなぜ出遅れを?」
「ああ、それなぁ……」
おかきの疑問にウカの表情が曇る。 彼女たちが同行していたのならむざむざアクタの暴挙を許すはずがない。
つまり彼女たちはおかきの救援とは別の行動をしていたことになる、なにか二手に分かれる理由があったはずだ。
『おかきちゃん、君の救援が遅れたことは申し訳ないと思っている……けど深い理由があるんだ』
「いえ、その件については気にしてませんよ。 アクタのおかげ……まあ複雑な心境ですが助かったわけですし、そちらは何があったんですか?」
「爆弾が届いた」
「……へえ。 キツネさん、それは本当?」
「嘘つく理由もないやろ、とにかくまずは大ホールに来たってや。 詳しい話もそこで説明するわ」




