雨音に爆ぜる ②
「なあお嬢、うちの携帯知らん?」
「知らないわよー、午前中までは持ってたじゃない」
局長と出かけたおかきを見送った後、甘音が自室を出ると寮の廊下でウカと出くわした。
珍しく困った様子のウカは、どうやらSICK支給の携帯電話を無くしてしまったようだ。
「あれ特注のお高いやつなんでしょ? 無くすと怒られるわよ」
「せやから困ってんねん、校舎ん中に忘れてもうたかー?」
「携帯鳴らしてもらったら? ちょうど山田ならここにいるけど」
「ブエエエェェェヘッッヘエエエンエエエエン!!!!!!!! 助けて悪花様ぁ!!」
「うるせえアホ!! 開けろってんだよ扉をよぉ!!」
「いやなにしとんねんこいつ」
天音の背後では、悪花の部屋の前で涙と鼻水を垂らしながら助けを乞う忍愛の姿があった。
部屋の中からは悪花の怒鳴り声と怒り任せに扉を叩く音も聞こえるが、忍愛がドアノブを抑えているせいで中からは開けられないらしい。
「風評被害がさぁ! 酷くてさぁ!! 気が気じゃないんだよ、だからバチッと噂が消し飛ぶ方法教えてくれない!?」
「そんな都合の良い方法が秒で思い浮かぶわけねえだろ、大体人に物頼むならツラ見せろ!!」
「でも顔合わせたらボクの事殴るじゃんかぁ!!」
「当たり前だボケ! テメェあの件まだ忘れてねえからな!!」
「じゃあ私出かけるから、あとよろしく」
「いやこないなモン押し付けられても困るわ。 てか出かけるんかお嬢、雨降っとるで?」
天音の格好はすでに制服から私服に着替えられ、お気に入りのポーチを片手に持って出かける準備も万全だ。
しかし窓の外に見える雨足は先ほどよりも強く、お世辞にもお出かけ日和とは言いにくい。
「おかきに合うスキンケア探してくるのよ、せっかく素材がいいのにもったいないでしょ?」
「今日は止めといた方がええと思うけど、昨日の事件もあるし危なっかしいで」
「すぐそこのアーケードに行くだけ、警察もいるし人気のないところまで寄る気はないわ」
「うーん、それならええけど。 ずいぶんおかきのこと気に入っとるな」
「はじめてできた同室の友達だもの、大切にしたいじゃない。 それじゃ行ってくるわー」
片手を振って廊下を歩き去る甘音の背中を、ウカが見送る。
カフカの後輩が好かれていることを嬉しく思いながら視線を戻せば、いまだ汚らしい顔で扉に縋りつくもう一人の後輩の姿が目に映った。
「お前もええ加減にせえや山田ァ! 周りからどんな目で見られてんのか分かってへんのか!」
「知らないねぇ、ボクにはもうこれ以下はないから無敵だよ! 女子から謂れのない視線を遠巻きに向けられる辛さが分かるか!! あと山田言うな!!!」
「おいウカァ! そのバカさっさと引っぺがしてダストシュートにでも放り込め! 無駄に力が強くて扉があかねえ!!」
「こいつホンマ戦闘力だけはあるのが厄介やなぁ」
「へへーんだ、力づくならパイセンに負ける気は……あっ、ちょっとまって新人ちゃんから電話だ、もしもーし?」
泣きじゃくって縋りつく情けない声から一転、猫なで声に豹変した忍愛が目にもとまらぬ速さでスマホを手に取る。
通話先のおかきはひどく焦っている様子で、内容は分からないが何か叫んでいる声がウカの耳まで聞こえてきた。
「ん、なになに緊急? OK落ち着いて、ボクは何すればいい? ……了解、それじゃ一回切るねーはーい」
「山田? ずいぶん焦っとったようやけどおかきはなんて」
「悪花様ー! ちょっとドア蹴破るから頑張って避けてねー!!」
「「はぁ!!?」」
ウカと悪花の声が揃った瞬間、忍愛が放った見事な回し蹴りが寮の頑丈な扉を貫いた。
本来開閉する向きとは逆方向に力を加えられた扉は、ヒンジを千切って部屋を横切り、窓を打ち破って外へ飛び出す。
幸いにも悪花はベッド脇に避けたおかげで巻き添えは食らっていないが、あっけにとられたその顔は見る見るうちに怒りに染まっていった。
「おま、お前……なにしやがる!?」
「ごめん、文句は後で聞く! センパイはフォローお願い、悪花様は舌噛まないでね!」
「待て待て山田! いったいどういうわけか説明しい……」
「悪花様の部屋に爆弾仕掛けられてるんだってさ!!」
忍愛が叫ぶとほぼ同時に、室内は眩い光に包まれ――――爆炎がすべてを吹き飛ばした。
――――――――…………
――――……
――…
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ッ……!!」
悪花の部屋から爆音が轟くとほぼ同時に、息を切らしたおかきが寮へと到着していた。
汗と雨で髪の毛がへばりついた顔を上げると、二階の窓からもうもうと沸き立つ黒い煙が視認できる。
おかきは確認するまでもなく理解する、あの窓は悪花のいる部屋だと。
「間に、合わなかった……!」
「ところがどっこい、間一髪だったよ新人ちゃん。 グッジョブグッジョブ」
「ウワーッ!? 忍愛さん!!」
「オレもいるぞぉ……なんだってんだいったい……」
おかきが顔を落とすと、目の前の植木から、忍愛と悪花の生首が飛び出す。
位置的に部屋の窓からこの植木に向かって飛び降りたのか、2人の顔は雨で濡れた葉っぱが張り付いていた。
「ぶ、無事だったんですね。 よかった、間に合わなかったのかと……」
「いやー、飛び込んだのはいいけど爆発しちゃったから焦っちゃったよ。 まあ爆風より早く逃げたから何とかなったけど」
「つくづくお前にそのフィジカルが割り振られたのが気に食わねえ……それで、どういうことなんだ藍上おかき?」
「悪花さん、名匠の狙いはあなただったんです。 すべてはあなたを殺すために仕掛けられた罠でした」
――――――――…………
――――……
――…
「……それでぇ、みんなして先生の家に集まっちゃったわけだ?」
「すみません、悪花さんと隣の私たちの部屋は爆発で駄目になってしまって」
「もー、センパイったらフォロー頼んだのに全然ダメじゃん」
「アホンダラァ! これでもうち頑張ったんやで、両隣の部屋だけで被害押さえたなら御の字やろがい!!」
「あんのヤロォ~!! 部屋に置いてた資料が全部パーだ、オレの手でぶちのめさねえと気が済まねえ!!」
「まあ良いけどねえ……SICK的にも大事な話みたいだし、私は端っこでお酒飲みながら聞いてるね」
爆発後、密談できる場所を求めたおかきたちは、学園内に建てられた飯酒盃の家へと移動した。
SICKに内通し、外に会話が漏れる心配もない一軒家はおかきにとってとても都合のいいものだった。
「それで、話を戻すけどなんでオレを狙うために首なし死体ができるんだよ」
「悪花さん、あなたはあの時計塔の事件について調べてましたよね。 進捗の方はいかがでしたか?」
「正直芳しくは……ああ、まさかそのためだけにやったってのか?」
「なになに、ボクらにも教えて教えて」
「名匠からすれば自分の足取りを追える“全知無能”の存在はとても厄介なものです、なのでまず悪花さんを殺そうと考えた」
「だがオレが能力で先読みすりゃ暗殺計画も無駄だ、だからまず時間稼ぎにノイズとなる事件をばらまいたんだよ」
ファミレスの一件から始まり、時計塔で発生した首なし死体事件。
そのどちらも明確な意味なんてなかったのだ。 ただ悪花に知ってもらい、事件の目的について考えてもらうだけでいい。
全知無能は万能ではない、悪花一人で対処できる情報量には限りがあるのだから。
”首なし事件”の解明に時間を割いている間、“自分の暗殺計画”について悪花が識ることはできない。
「してやられた、まさか知らねえうちにオレが狩られる側に回ってたとはな……おかきの奴がいなかったら死んでたところだ」
「ボクは? ねえボクは? めっちゃ活躍したよ、褒めて褒めて」
「ええ、忍愛さんのおかげで窮地を脱することができました、ありがとうございます」
「はぁー、新人ちゃん好き……一生褒めて……なでなでして……」
「ほなおかき、これで爆弾女の目論見は回避したわけやな?」
「そのはずです、できればこれで終わってほしいのですが」
しかしそんな期待も空しく、おかきの懐からスマホのコール音が響く。
ポケットから取り出して着信画面を確認すると、対面に座るウカの顔とスマホを交互に目を向けた。
「なんやおかき、急に人の顔ジロジロ見て」
「……ウカさん、今って携帯どこにあります?」
おかきは全員に見えるように、テーブルの真ん中に自身の携帯を置く。
くっきりと表示されたその画面には、ウカの名前と番号が記されていた。




