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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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天笠祓 甘音の推論 ③

「そもそもお姉さんは何でおかきを選んだんですか? 服のモデルに」


「うけ? そりゃ雄太ならバッチリ似合うと思って」


「無理ですよ、服が負けます。 おかきは可愛いですから」


「うーん、弟の友達から改めて聞くとなんだかムズかゆいな?」


 おかきのAPPはカフカと化した際、整った顔立ち以上に人を引き付ける「魅力」として表現されている。

 多少の衣服では印象が霞んでしまうほどの魔性の人たらし(ファム・ファタール)。 身内びいきと言えばそこまでだが、ファッションモデルの選択として適切とは言い難い。

 とはいえ恥ずかしげもなく断言する甘音に対し、陽菜々は気まずそうに頬を掻く。


「……おほん。 正直おかきが着たらなんでも似合うと思います、けどそれはファッションショーの理に適っていない」


「だからあたしがおかきを誘ったのはほかに狙いがあるんじゃないかってこと?」


「はい」


 ただ一言、強い返事を返して甘音は顔を寄せる。

 その目には強い意志と怒り、そしてわずかな悲しみが含まれていた。


「前にお姉さんから聞きましたよね、2人の母親について」


「うん、学園祭の時だね。 酷い母親だったよ、家族のことを考えないで自分のことが一番可愛いんだからさ」


「……だからおかきを当てつけにして、彼女の価値観を否定しようとしたんですか?」


 陽菜々から話を聞いた時、甘音が懐いた母親への印象は「子どもを自分の所有物トロフィーとしか見ていない駄目な親」だった。

 だからこそ自分の理想に不適格な雄太を迫害し、いない者として扱った。 そんな彼女の前に最高に愛らしい“藍上 おかき”が現れたとしたら?

 さらにその正体が、過去に自分が蔑ろにした我が子だと知れば……母親として築きあげたプライドに傷を付けられるかもしれない。


 それはきっと胸がすくような光景だろう――――が、そこにおかき本人の意思は介在していない。


「別におかきがやりたいというなら私は止めません、背中を押します。 けど本人にはちゃんと話しましたか?」


「それは……」


「もしおかきを利用するだけなら絶対に止めます、それってあなたの母親と同じことじゃないですか! どうなんですか、お姉さん!?」


「それは……えっと――――……そっかぁ、()()()()()()()()()()()()()()


「へっ?」


 確信をもって詰め寄った甘音だが、帰ってきたのは予想だにしていなかった気の抜けた一言。

 得心が行ったとばかりに頭を搔く陽菜々の表情からは、何か企み事があったような毒気は一切感じ取れなかった。


「うーん、納得。 雄太には悪いことしちゃったな……ありがとうガハラちゃん、あたし弟にひどいことするかもしれなかった」


「えっ? いや、え……えぇー?」


「甘音さん、混乱しているところ悪いですけど姉貴はこういう人ですよ」


「うわー!? おかき、あんたいつの間に!」


 いつの間にか後ろを取っていたおかきに肩を叩かれ、甘音の身体が椅子から数センチ跳ねる。

 どこから聞いていたのか、おかきの表情は実に落ち着いたものだ。 甘音と姉のやり取りはほぼ筒抜けだったに違いない。

 あるいは、探偵としてここまでの展開はすでに読めていたか。


「姉貴にそんな器用な腹芸はできませんよ。 本当に心底弱り果てて連絡してきたついでに思い付きで私を引き込んだ、というのが関の山ですね」


「ゆ、雄太ぁ~……ごめん、それでもあたし心のどこかでたぶんあの女をぎゃふんと言わせたかったんだと思う!」


「知ってるよ、姉貴はいつも怒ってくれてたから。 それは悪いことじゃないし俺が否定できるものじゃない」


「でもそのために雄太を利用して……」


「知ってたよ、だから許す。 母さんに文句を言いたいのは俺も一緒だしあんまり気にするなよ」


「おかき……私もしかして余計な世話焼いちゃった?」


「いいえ、甘音さんがしっかり言葉にしてくれたから姉貴の無意識にあった思いも引きずり出せました。 このままじゃずっと心に引っかかりを覚えていたと思います、ありがとうございました」


「じゃあもしかしてこうなると思ってわざと私とお姉さんを残した?」


「…………」


 穴が開くほどの眼力を飛ばす甘音の問いかけに応えず、精いっぱいの茶目っ気として舌を出してお茶濁しを試みる。

 これがごく一般的な生徒ならばころっと騙されていただろう。 しかしいまさらこの程度の可愛げが甘音に通じるはずもなく。


「お姉さん、とびっきりフリッフリの服を着せましょう! この寒空の下! フリッフリの水着を!!」


「やめてください甘音さん話せばわかりますせめてかっこいい系にしてくださいせめてパーカーとか羽織らせてください」


「水着か……それはアリだわ」


「姉貴も乗らないで!」


「おかきぃー! こちとら色々デリケートな問題だろうからって気を揉んだのに!」


「利用したのは申し訳ないです、ですからそのレースだらけの生地と水玉の生地を下ろしてください!」


「おっ、なんやなんや愉快なことになってんな。 うちらも混ぜてや」


「やっほー、手芸部から埃被ってた機材とファッションにうるさい人材借りてきたよ。 ボクのこと褒めて褒めてー!」


「「「「「ファッショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!」」」」」


「本当にうるさい人材連れてきたわね」


「ゲホッ……おうコラ、おかきいるかァ? ツラ貸せツラ、1分でいい」


「わっ、不良ちゃんだ。 雄……おかきの交友関係どうなってんの? ってか皆めっちゃ素材いいわ、とりま全員服仕立てるから着てみてくんない?」


「ああもう、めちゃくちゃですよもう……というか悪花さんは寝ていてください!」


 どこから嗅ぎつけてきたのか、ウカや忍愛を筆頭にぞろぞろと人手が集まって来る。

 そしてファッションショーへの出演に腹をくくったおかきがまず初めに担った仕事は、あまりにも多すぎる船頭たちの整理と全く休まない姉の健康管理だった。

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