Show Must Go On ④
「フゥー! テメェら全員生きてるかぁ?」
「ふん、あいにく今回も生き延びたさ。 お前のせいでな」
「('ω')ノ」
ホヤウカムイを撃破し、全員揃って雪山への帰還を果たしてからものの10分。
すでにSICKのエージェントたちがおかきたちの保護と雪山の封鎖を行っている最中、すでにクラウンたちは現場から脱出していた。
彼らは今、クラウンが埋もれた巨大な雪玉を玉乗りのように乗りこなしながら、木々を押し倒し悠々と北海道の地を蹂躙していた。
「HAHAHA! いいね、だだっ広い土地を占有する木々を環境破壊するのは気持ちがいい!」
「お前の趣味の悪さには口を出さないが、一人だけ楽をするんじゃないぞクラウン。 私とクラップハンズの2人で転がすのは少々キツい」
「別にさぼってるわけじゃねえぜジェスター君、俺の仕事はナビゲートさ。 ああそこの看板左ね」
クラウンは耳に装着したインカムに手を当て、ちょくちょく進路に口をはさむ。
ジェスターはその指示に渋々従い、看板を巨大雪玉で踏み潰しながら左折するが、その滑稽で悪目立ちする逃走手段を咎める者は誰もいない。
クラウンのふざけたナビゲートが優秀なのか、彼らを捜索しているはずの追手は今のところ影も形もなかった。
「ハッハァー! どうだ、俺様の有能っぷりに惚れ直してくれたかい?」
「そうだな、礼を言おう。 そのインカム越しのパトロンにな」
「 ^^) _旦~~」
「……オーウ、いつから気づいてた?」
「そんなあからさまにして気づくも何もあるか、SICKたちの前ではうまく隠していたくせにな」
『ハハハ! それについてはこちらの要求だ、しっかり釘を刺しておかなければそこの道化師は正々堂々とふざけていただろうとも!』
「HAHAHAパトロン様のお願いとはいえかなりストレスだったぜ! 殺っていいかぁ?」
『ハハハ、できるものならな!』
クラウンとインカム越しに聞こえる“パトロン”の笑い声が重なる。
しかしどちらも心の底から笑っているわけではなく、両者の間に流れる空気はむしろ一触即発だ。
クラウンはインカムの向こうにいる相手をパトロンと形容しているが、決して仲良しこよしの間柄というわけではない。
「――――で、なんでSICKの連中をわざわざ呼び込んだんだ?」
『なに、あの怨念を断ち切るのに必要な戦力だっただけだ。 あれは放っておけば北海道……いや、日本全体がアイヌに置換されていた』
「俺の前で笑えねえジョークはやめときな。 俺たちどころかテメェ一人だけでどうにでもなっただろ、とんだ茶番だぜ」
『…………』
インカム越しのパトロンは押し黙る、その沈黙こそがクラウンの指摘が的中しているという何よりの証拠だった。
「ストーブでぬくぬくと俺の与太話聞いてるだけで石板までたどり着いたんだ、できねえとは言わせねえぜ!」
『まさか、別世界にある2つの起点を破壊しなければならなかったんだ。 たった一人でどうにかなると?』
「HAHAHA! いいね、今度はおもしれえ御託だ。 ほんとに方法はそれだけだったか?」
『いいや、他にも方法はあっただろう』
「なんだとぉ!?」
クラウンの追及にあっさりと口を割ったパトロンの態度に、ジェスターがあやうく雪玉の上でずっこけた。
幸いにも雪玉の上から落ちて潰されるような間抜けは晒さなかったが、そんなことも気にせず狼狽する様子が仮面の下からでも伝わってくる。
道化師としては落第点なリアクションにはクラウンも思わず失笑だ。
「お、お前……パトロン貴様ぁ! ほかにも方法がありながら我々をあんな危険な目に合わせたのか!?」
『誤解しないでいただきたい、ドクター。 他の方法というのは“手段を選ばなければ、という前提があってこそだ、例えば異空間に取り込まれたあなた方を見捨てるならただ石板を破壊するだけで事は済んだ』
「ぐぅ、だが……」
『もちろん手段はそのほかにもあっただろうが、リスクは取りたくない。 単独クリアは可能だが当然仲間のフォローがなければ致死率も上がる、あの場を切り抜けるには君たちが最適解だった』
「はっ! よく言うぜ、目的のはあの隠れ目のお嬢ちゃんだったか?」
『おっと、さすがに気づかれたか』
「なに? あのキツネどもに守られていた無能力の探偵気取りか?」
「あー、ジェスター君はちょっと引っ込んでな。 別に隠し事を腹立ててるわけじゃないさ、腹に何か抱えてんのはお互い様だ。 だがつまんねえ理由なら殺す」
クラウンの言葉は冗談などではない。
パトロンの協力は間違いなくワンタメイト興行の助けになっていた、それでも理由一つお気に召さなければ、どんな恩人だろうと彼は手に掛けるのだ。
「この世界はクソだ、道を歩けば棒に当たってくたばるようなつまらねえ理不尽がいくらでも転がってる。 いつかみんなつまんねえ死に方を晒すってのに、クソほど退屈な理由で俺たちを動かしたってならしょうがねえよな?」
ただ理不尽に、不幸な理由で死ぬ前に、無辜の人々をふざけながら殺す。
面白きこともなき世で面白き死に様を、それこそがワンタメイト興行の掲げる唯一にして絶対の信念であり、SICKに危険組織としてマークされる最大の理由である。
つまるところ、クラウンという男は狂っているのだ。
「それじゃシンキングタイムはここまでだ、ネタは十分温まっただろ」
『――――……』
「HAHAHA! 悪いねよく聞こえなかった、あんだってぇ?」
スピーカーフォン状態のインカムでも拾えない音量にクラウンが聞き返す。
その際、2人の間で交わされた会話の内容はジェスターたちには聞こえていない。
ジェスターが最後に見たのは、目を見開いて驚くクラウンの 顔だけだった。
――――――――…………
――――……
――…
「ふぅ……1つ、要所は超えたか」
命をかけたクラウンとの通話を終了し、パトロンは装着していたヘッドホンをテーブルに置く。
その拍子に押しのけられたサイコロが2つ落ち、カランコロンと音を立てて床の上を転がった。
「おっと、危ない危ない。 あとで踏んだら死ぬほど痛いぞ」
床に積まれた大量の冊子を除け、サイコロを拾い上げるパトロン。
そのままテーブルに置かれた10面ダイスの出目は、偶然にも「100」を示していた。
「致命的失敗、か……これは誰に対する警告なのかな、藍上――――いや、早乙女よ」
パトロンは独り、暗い部屋の中で笑みをこぼす。
それはかつて同じ卓を囲んだ、後輩へ向けて。
いつか“彼”が真相にたどり着くその瞬間を、心のどこかで期待しながら。




