時計塔殺人事件 ⑤
「あれが理事長ですか、初めて見ました」
「滅多に顔を出さないからね、いつもどこで何やってんのか知らないけど」
「さすがに死人が出たら顔出してくるわな、管理者責任やらなんやらで大変やろ」
「えー美人な警察官さんの後では話しにくいですが、理事長として精一杯努めさせていただきましょう」
「その割にはずいぶん小粋なトークですね」
赤室 似人。 この学園のパンフレットを開けば真っ先に目に入る理事長の名だ。
経歴には謎が多く、山奥の土地を利用して自分の名を冠する学園を設立した傑物。
おかきも本人を見るのは初めてだが、抱いた印象はとにかく「胡散臭い」というものだった。
「理事長は我々のことを知っているんですか?」
「当然、知った上で快く協力してくれているのよ。 その方が面白そうだからって理由でね」
「なんというか、すごい人ですね……」
おかきたちの角度からは、シルクハットの鍔に隠れ、壇上に上がる理事長の顔は見えない。
それでも調子の良さそうな声色や、身振り手振りに笑顔の絶えない口元など、表情以外のあらゆる情報が軽薄な印象を与えてくる。
少なくともカフカの正体を知りつつ快く協力をしてくれる人物だ、ただものではあるまい。
「それと学生の皆さん、今後しばらく夜間の外出については……おや? ちょっと失礼」
「おっ? なんやなんや、こっち来るで」
ふと、理事長がおかきたちの方へ視線を向けたかと思うと、迷わず壇上を降りて駆け寄ってくる。
そして学生たちをかき分けてまっすぐやってきた彼は、おかきの目の前で足を止めた。
「どうもどうも、入学おめでとうございます藍上さん。 本来なら顔を合わせるべきでしたが、先日は忙しかったもので」
「いえいえ、気にしないでください。 ご丁寧にどうもありがとうございます、しかしずいぶんとフットワークが軽いですね」
「んふふふ! 足取りも軽くなりますとも、あなたは退屈しないと思えたので!」
「ちょいちょい、盛り上がっとるとこ悪いけどな理事長、そろそろ戻ってくれんと周りの目が痛いわ」
「おっと、これは失礼。 それでは藍上さん、これから頑張ってくださいね」
「……?」
入学祝いにしてはやや違和感のある言葉を残し、理事長は再び壇上へと戻る。
その間、おかきは間近から理事長の顔を見上げる形で対面していたが、シルクハットの影が邪魔でついぞその顔を拝むことはできなかった。
おかきが辛うじて確認できたのは、自分を品定めするような意地の悪い赤い瞳だけだった。
――――――――…………
――――……
――…
「やあ諸君、先ほどぶりだな。 学生生活の方はどうだ?」
「残念ながらのんびり学生気分じゃいられないですよ、局長」
体育館での全体集会が終わり次第、おかきたちは呼び出しに応じて生徒指導室へと顔を出した。
本能的に学生が緊張を覚える部屋の中、警察の制服を身に纏った局長が3人の来訪をコーヒー片手に迎え入れる。
「まずは座ってくれ、ついでに君たちも飲むか? インスタントだが悪くない」
「いただきます。 それで、そちらの調査で何か進展は?」
「今は宮古野が現場指揮を執って捜査を進めているが、すでにいくつか発見があった。 砂糖とミルクは?」
「私はブラックで大丈夫です。 キューさんも来ていたんですね」
「うちは砂糖とミルク1個ずつで。 一応あの人もここの生徒なんやで、ほとんど不登校児みたいなもんやけど」
「ビンごとちょうだい。 それで発見って?」
「まずは現場の夥しい血痕だが、複数の血液型が混ざっていた。 つまり一人分の血液ではないということだな」
「まあ、あの死体だけではどう考えても足りない量でしたからね」
「夏場でなくて助かったよ、それでも数日たてば現場は地獄だろうな」
「飲みながらよくそんなエゲつない話できるなぁ自分ら……」
紙コップに注いだコーヒーを席に着いた3人に配りながら、局長が現場の写真を卓上に並べる。
飲み食いしながら眺めるにはあまりにハードな写真に、この中で一番耐性の低いウカが顔をしかめた。
「おそらく血を詰めた袋に火薬を仕掛けて爆発させ、部屋中に血を飛び散らせたと思われる。 血だまりの中からそれらしいビニール片も発見した」
「最後に時計塔の内部を確認したのはいつごろですか?」
「工事作業のため17時まで作業員たちが内部で仕事をしていた、血袋が仕掛けられたのはその後だな。 扉を閉めれば小さな爆発音程度なら漏れまい」
「17~23時の間ねぇ……結構広くてあまり参考にならないわ」
「…………うーん」
「なんやおかき、元気ないな。 ファミレスの時みたいにビシッと推理決めたってええんやで?」
「いえ、なんというか……あまり調子が出ないというか……」
おかきは一口すすったコーヒーを机に置き、腕を組んで背もたれに身体を預ける。
今回の事件について、おかきは自分の頭がさび付くような調子の悪さを感じていた。
まるで絶対に解けない知恵の輪をいじくりまわしているような、言いようのない不快感がしこりとなって出てこない。
「ふむ、探偵でも今回の事件はお手上げという事か?」
「いえ、そういうわけでは……あと“藍上 おかき”はあくまで探索者であって、探偵のような推理を求められても困りますからね?」
「なにを言う、爆弾魔の正体を見抜いた君の推理は見事だったぞ。 しかし調子が出ない、か……」
口元を手で覆い、麻里元はしばし思案する。
秘密組織のトップとして、おかきの言葉に何か引っかかるところがあったのだろうか。
「おかき、この後時間はあるか? 君の目でもう一度現場を見てほしい、新しい発見があるかもしれない」
「えー、おかきは放課後私と一緒に化粧品を買いに行くのに」
「清々しいほど何の予定もありませんね、ぜひとも行きましょう局長」
「なんでよー!?」
「ふふっ。 悪いな天笠祓、私の部下を少々借りていくぞ」
居心地の悪い化粧品店に連れ出されるよりも、麻里元とともに血なまぐさい現場の検分を行う方が精神的によろしいと判断。
おかきは瞬時に同室の学友に見切りをつけ、早々に信頼できる上司のもとへ寝返った。




