贄と供物 ③
「……で、助けるってどうすんのさ。 というかここどこだよ、ボクより先に来たなら何か知ってんだろ?」
「まあ焦んなって、今いいところなんだ。 前人未到の10段雪だるまが完成しようとしている、歴史が変わるぜ?」
「ぶっ殺すぞ」
忍愛は今目の前で頭部が積まれようとしている雪だるまを一蹴で消し飛ばし、残った頭とクラウンの眉間に棒手裏剣を突き立てる。
前人未到の雪だるまを阻止されたクラウンは大げさに肩を落として見せるが、さらに構えられる第二第三の手裏剣を前にしてすぐにネクタイを締め直して背筋を伸ばした。
「OKOK、落ち着こうぜ素敵なお嬢さん。 この雪景色に俺様の真っ赤な返り血は似合わねえぜ」
「御託はいいんだよ、ボクの質問に簡潔かつ正確に答えろ。 まずここはどこだ?」
「HAHAHA! どこもなにも、雪山さ雪山! 周り見てわからねえか?」
「ボクは洞窟の目の前にいたはずだよ、こんな平原のど真ん中じゃない。 もう一度だけ聞くけどここはどこだ?」
「だから雪山だよ、あんたらが最初に目指していたな」
「……なんだって?」
「HAHAHAHAHA! 気づかねえかな、俺たちは締め出されたんだよ! あの神様気取りが運営してた劇場からな!」
忍愛に胸ぐらを掴まれたまま、クラウンは腹の底からゲラゲラと下品な笑い声をあげる。
その笑い様は顎が外れて人の頭を飲みこめるほどの大口を開けているが、そんなことはもはや忍愛にはどうでもいい。 今何より問題なのは、あのウェンカムイのような危険存在が跋扈する雪山から放り出されてしまったことだ。
「ど、ど、どうするんだよぉ!? ボクだけ脱出しても新人ちゃんやパイセンたちが閉じ込められちゃ意味ないじゃないのさ、戻る方法は!?」
「まあ待て待て、そう興奮して人の首を絞めるなって俺様じゃなければ頸椎骨折で死んじまグエエエエ」
「お前死なないから関係ないじゃん! いいから知ってることは全部吐け、どうしてお前はともかくボクが追い出されなくちゃならないのさ!?」
「さてな、ウェンカムイでもボコボコに伸しちまったか? 笑えるねえ!」
「たしかにセンパイと一緒にシバいたけど……」
「おっとビンゴか、なら脅威とみなされたってこった! いいか、あの雪山は―――――」
――――――――…………
――――……
――…
「――――藍上さん、下がって。 稲倉さん、まだ戦える?」
「正直いつ意識トぶかわからんけどなぁ、気張るしかないやろこんなもん!」
非戦闘員たちを後ろに下げた飯酒盃は、手慣れた手さばきでマガジンを入れ換えたハンドガンを構える。
ウェンカムイに向けるにはあまりにも心もとない武装だが、それでも傷を負った今ならば牽制程度にはなるかもしれない。
祭壇から顔を出した毛皮にこびりついた血が、どれほど本人のものかもわからないが。
『――――………………』
「……なんや、動かんな。 ビビっとるんか?」
「いえ、というよりもあれって生きてますか?」
臨戦態勢のおかきたちの間に深い緊張が走る……が、いくら待てどもウェンカムイが動き出すことはなかった。
立ち上がったまま両手をだらりと投げ出し、目に宿っていた怒りと狂気に満ちた光は消え失せ、半開きの口からはどす黒い血が零れている。
おかきが観察する限り、生きている反応が見受けられない。 だが罠という可能性もあるかぎり、下手に動くこともできなかった。
「しゃーない、見てこい山……ってあいつおらんわ! どこほっつき歩いてんねんこの重要な時に!!」
「この洞窟内にいるならば暗闇に隠れていても我のダチョウ・アイですぐに見つけられるはずだぞ」
「ならこの洞窟にいねえと仮定した場合だ、あいつどこ行きやがった?」
「ふん、ウェンカムイの追跡を諦めてどこかに逃げてしまったのではないか?」
「いえ、忍愛さんもこの雪山から逃げられないことは知っているはずです。 なので逃げたというよりもこれは……」
「――――強制的に弾かれた、だな。 いいね、やっぱりお前がいると全知が捗るぜおかき」
おかきの推理を先読みするかのように悪花が言葉をかぶせ、合点がいったと指を鳴らす。
今回の任務前から全知無能により事態の真相を調べていた彼女は、この場にきてようやく1つの結論を導き出せた。
「山田のやつはこの山にとって脅威と見なされ排斥された、今ごろ本来俺たちが向かってた雪山に放り出されているだろうよ。 命に別状はねえ」
「脅威って、ウェンカムイをシバいたからか? それならうちも弾かれるんとちゃうか」
「ウカ、テメェにゃ神性がある。 だからそこのウェンカムイと区別がつかねえ、見逃されてんだ」
「まあ、正確に言えばあのウェンカムイは本物の神ではありませんけどね」
「なぜわかるのだご主人?」
「本物の神が降りてきてるなら子子子子 子子子が黙っているわけないですから」
「「「「あー……」」」」
すでに結論を知っている悪花を除き、その場の全員が納得の声を漏らす。
それだけ子子子子 子子子の悪癖が広まっていることにおかきは呆れるが、すぐに意識を祭壇に佇むウェンカムイへと戻した。
「祭壇、これだけの死体、そして台座には悪神が1体……これから何が起きるか目に見えてるなァおい」
「待て、こっちにもわかる様に話せ! 私たちもまだこの雪山の全貌は把握してないんだぞ!」
「ジェスター、この洞窟内にあるのは儀式と供物ですよ。 そして祭壇には邪悪な神が捧げられています」
「……つまり、それは……かなりまずいのではないか?」
「ああ、その通りだ。 そしてこうなったら間に合わねえな、次の役者が降りてくるぞ」
悪花が舌打ちを鳴らすと、それが合図だったかのように――――祭壇に佇むウェンカムイの輪郭がドロリと溶け始めた。




