クラップハンズ ③
「た、タメィゴゥ! 今のはもしかして……」
「うむ、ご主人の友人だな。 キツネの方の」
雪の中を昇って行った火柱はおかきの幻覚などではなく、柔肌を撫でるかすかな熱がその存在を証明している。
チリチリと雪に衝突しては爆ぜる火の粉は、稲穂のような金色の軌跡を残してはおかきの目の前から消えていった。
「ウカさん……よかった、無事だったんですね」
「おーいおかきィー! こっちだ、こっちに降りてこい!!」
風音とタメィゴゥの羽ばたきに負けじと張り上げる声がおかきの真下から響く。
おかきがタメィゴゥを抱きかかえたまま首だけで下に目を向けると、悪花と飯酒盃の2人が手を振っている姿が見えた。
「オーライオーライ……よっと、無事ね藍上さん!」
「先生たちこそ! それによく私たちの居場所が分かりましたね」
「何言ってんだ、これ見よがしな“目印”のおかげですぐわかったぜ。 誰の仕業だあの階段」
「目印……ああ、なるほど」
見上げた空にはクラップハンズが架けた天への階段がくっきりと浮かび上がっている。
このわずかな時間で堆積した雪が本来見えないはずのパントマイムに輪郭を作り上げたのだ、あれほど悪目立ちしてしまえばウカたちやウェンカムイに見つかっても不思議ではない。
「それより今の火柱って……」
「ええ、稲倉さんよ。 あなたたちがウェンカムイに襲われていると思ってね」
「上には山田もいるんだろ? なら俺たちは加勢したところで邪魔になる、さっさとそこのピエロども回収して引っ込むぞ」
「むがもがもがー!!」
「(´・ω・`)」
「ああ、忘れてました。 今助けますねクラップハンズさん」
「もがむがぁー!!?」
「それで飯酒盃先生、ウカさんたちはウェンカムイに勝てますか?」
「正直わからないわ、敵の実力が未知数で不安要素もある。 けどあの2人はいっつも喧嘩ばかりだけど……揃ったら結構無敵よ?」
――――――――…………
――――……
――…
『グオオオアアアアアアアア!!!?』
「あっちちちちち!! ぱ、パイセン!?」
「おうこら、無事か山田ァ。 あんま余裕ないからふざけた真似し腐ったらドタマカチ割るで……!」
顔を焼き焦がす猛火にウェンカムイがもだえ苦しむ横で、全身に狐火を纏ったウカが苦しげな顔で忍愛の軽口をけん制する。
この氷点下の中だというのに彼女の顔には玉のような汗が浮かび、息も絶え絶えだ。 何より忍愛を目を引いたのは彼女の背に見える尻尾の本数だった。
「うげ、もう三尾じゃん! どこで何してきたのさ!?」
「たった今無茶したくらいやわぁ……いやくらいやなぁ。 ただこの山におるとどうもうちの中の神格が溢れてくるんや」
「うへぇ、爆弾抱えてるようなもんじゃん。 もうこっち近づかないでよ」
「どつき回すぞ――――っと、じゃれとる場合やなかったか」
『グオオオオオオ!!!!!』
ウカと忍愛が同時にその場を飛び退いた次の瞬間、ウェンカムイの爪が2人の間に振り下ろされる。
空振りとはいえその衝撃は地震にも等しい揺れを招き、階段の踊り場に積もった雪をすべて揺すり落とした。
「ふぅー、今ので死んでくれたら楽やったけどそうもいかんか……山田、動けるな?」
「山田言うな。 まあ寒くて凍えそうだけど死にたくないし頑張るよ、けど新人ちゃん曰く殺しちゃ駄目だってさ」
「あぁん? なんでそないな真似しなきゃあかんねん」
「あいつが行方不明者の手掛かり握ってるかもしれないんだって。 できれば傷負わせて逃がしてそのあと追いかけるって感じがいい」
「はー、めんどい注文やな……せやけどやるしかないわな」
「そうそう、だからパイセンさぁ……前出てあのクマ抑えといてくんない?」
『グオオオアアアアアアアア!!!!』
身を焦がす炎を振り払い、怒り狂ったウェンカムイが再三の雄たけびを上げる。
ウカの狐火に焼かれてもなおその毛皮にはやや焦げ跡が媚びる着いた程度で大したダメージもない。 あるいは、ウカの炎だからこそ多少は手傷を負わせたというべきか。
「はっ、冗談キッツイわぁ。 前張るのはおどれの仕事やろ3コマ忍者」
「ボクさぁこの寒さで手足かじかんで上手く動けないんだよね、その点パイセンは毛皮ももふもふでいいじゃん暖かそうでさぁ」
「あっはっはっは言うなあ乳でかドグサレ忍者」
「あっはっはっはそっちこそ新人ちゃんと属性被った合法ロリチビ狐娘」
「「わっはっはっはっは」」
『グ……グオ……!!』
火花を散らす2人の背景がゆらりと揺らめく、怒れる巨躯に目もくれないまま。
突然味方同士でバチバチ殺意を向け合う姿にはさすがのウェンカムイも困惑、振り上げた手を降ろす先も見つからない。
しかしそこはさすがに腐っても悪神、正気のせいで萎びれた戦意をすぐさま奮い立たせ、再び血走った目に赤い光を宿しながら野生の牙をむき出しにする。
『グゴア――――』
「「うるさい黙ってろ!!」」
『ゴアアアアアアアアアアアア!!!?』
だがしかし、理不尽な暴力程度にいちいち屈していたらSICKのエージェントは務まらない。
息の合ったウカと忍愛の蹴りが無防備なウェンカムイの腹部に直撃し、その巨体が数センチ浮き上がった。
「チッ、重ったいな! 分厚い布団蹴ったような感触や!」
「あんま効いてないね! どうするパイセン!?」
「ゴリ押す!!」
「ボクらの得意技じゃーん!!」
『グオオオオオオオオオオオオ!!!!』
互いに罵り、嗤い合いながら、2人の獣が神の間合いを蹂躙する。
風よりも速い爪と牙が飛び交う暴風域、常人が踏み込めばたちまち肉片と果てる至近距離でありながら、狭い足場を器用に飛び交うウカたちにはかすりもしない。
ウェンカムイの膂力と神格も加味した耐久力は脅威だが、裏を返せば“それだけ”だ。
数々の異常存在を経験したウカたちにとって、本来この程度の敵は脅威にすらならないのだ。
「なんや山田ァ、こないなデカブツに腰引けとったんか!?」
「山田言うな! こいつタフすぎるからボク一人じゃどうやっても倒せなかったんだよ、少しでも死ぬ可能性があるなら戦闘は避けるもんでしょ!」
「なるほどな、けどそれってウチとなら勝てるつもりっちゅうことか?」
「ほら、センパイが一緒なら最悪囮にできるじゃん」
「あっはっはっは後で体育館裏なおどれェ!!」
『―――――――……ッッ゛!!!』
軽口を叩きながらも2人の攻勢は途切れない。 もはや声を上げる間隙もなく、ウェンカムイは当たりもしない腕を振り回しては手痛い反撃を何度も浴びる。
ウェンカムイの巨躯にとっては階段の踊り場は狭苦しく、至近距離にまとわりつく“羽虫”を振り払うこともままならない。
それでも2人の火力は致命傷に至らない、命には届かない。 ゆえに神は耐える、人間に踏みにじられる屈辱を噛みしめながら。
「パイセーン、雪降ってるから足元注意……って、わったった!?」
『――――――!!』
矮小な存在がわずかでも停止するその瞬間を神は見逃さない。
今までの闇雲な攻撃と違い、鋭く研ぎ澄まされた一撃が、雪に足を取られた忍愛の身体を貫いた――――はずだった。
「……仕留めた? 仕留めたと思った? ねえ今どんな気持ち、どんな気持ちー?」
『…………!?』
「残念、幻覚や。 そしてそこは土俵際やで神様ァ!!」
手ごたえもなく切り裂かれた忍愛の身体は霞のように消え、ウェンカムイの背後に回っていた本物の忍愛が尻を叩きながら間抜けな神を煽る。
闇雲ではない全力の一撃であるがゆえ、ウェンカムイの姿勢は大きく崩れていた。 この狭い足場の際で。
『グ……グガ……!』
「お疲れさん、下におるうちらの仲間にもよろしく言っといてやー」
『――――グゴアアアアアアアアアアアア!!!!』
ウカはただ、その背中を優しくトンと押しただけだ。




