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時計塔殺人事件 ④

「ねえ聞いた? あの噂……」


「時計塔に首無し死体が見つかって話でしょ?」


「なんでも痴情のもつれで殺されたとか」


「まだ死体が誰なのか判別できてないんだよね」


「噂じゃ隣のクラスの山田さんが犯人だって」


「えー嘘! こっわー」


「……ばっちり広まっとるな、噂」


「あと七十四日の辛抱ですね」


 翌日、なんとか寝坊せずHR前に到着した教室では昨夜の噂話で持ちきりだった。

 時計塔への立ち入りは深夜の時点で封鎖されていたため、実際に現場を見た人間はさほど多くない。

 だからこそ憶測が憶測を呼び、肥大化した噂話には無数の尾びれが生えていた。


「私が聞いた話じゃ学園に住み着いた悪霊が哀れな生徒に取り憑いて飛び降り自殺をしたらしいわ」


「うちは数年前から時計塔に住み着いた変態ホームレスが山田を襲おうとして返り討ちにあったと聞いたで」


「私は学園の秘密を狙うスパイの忍者が切り捨てゴーメンしたと」


「根も葉もないどころの話やないな、ずいぶん面白いことになってるやで」


「忍愛さんからすると気が気でないでしょうね。 ……あ、LINEがきた」


 カフカ+天音のグループチャットに、噂の主から「おなかいたい」とだけ書かれたメッセージが送られる。

 本人からすれば、第一発見者でありながら現場から逃げたのだ。 噂に確証がないとはいえ、ストレスで胃が痛んでもおかしくはない。


「しかしなぁ、悲鳴だけでこうも特定されるもんか? なんや噂話が広がるのも早すぎる気がするわ」


「恣意的なものを感じますね、しかし何のために?」


「山田を動かしにくくするためかしら、心当たりがある中で怪しまれたら目立った行動も取りにくいでしょ」


「だとしてもなんだか遠回りすぎませんか?」


「うーん、本当になんでこんな真似をしたのかしらね……」


 相変わらず答えは出ないまま、HR開始を知らせる鐘の音が響く。

 生徒たちはまだ噂の熱は冷めやらぬまま、それでも各々の席に戻って教師の到着を待つ。


「そういえば、飯酒盃先生は大丈夫でしょうか? 教師陣は昨日からほぼ徹夜だったみたいですし」


「死体が出たってなるとそりゃ教師はね、でもあの人なら一晩徹夜ぐらい問題ないわよ。 ほら、言ってる間にちょうど来た」


「秩序。」


「ダメそうな顔と第一声だわ」


 教室の扉を開き、入室してきた飯酒盃の顔には生気が欠け、目はどこか焦点が合わず、足取りも泥中のように重いものだった。


「せんせいね、きのうからアルコールとってないの、しんやから きんきゅうかいぎ」


「アルコールが抜け切ってる……」


「み、みんなはこうなっちゃダメだよぉ……えへへ、手が震えて板書もできないや……!」


「教師が反面教師になったらあかんねん」


「飯酒盃先生、私今度はアル中治療薬作りますから」


「私からお酒まで取らないでよ……」


「根治無理では?」


 甘音を見つめる飯酒盃の目はそこはかとない凄みがあった。


「えー、先生より一つ連絡です。 今日はHRが終わり次第、一時限目は緊急全校集会になりまぁす。 なのでぇ、皆さん中央体育館に集まってくださぁい……私はちょっと化学室に寄ってから行くので」


「化学室……なぜ?」


「いや、アルコールランプの一つや二つ転がってないかなって」


「せめて家庭科室の料理酒狙わんかい! 止めろ止めろ!」


「やめろー! 離せー! 私はお酒がないと死ぬんだぁー!!」


――――――――…………

――――……

――…


「あかん、寝不足なうえにめっちゃ疲れたわ……」


「酒乱を止めるのって大変ですね……」


「ああ見えて鍛えてるから余計に面倒なのよ、あの人……」


 生徒総出で反面教師を制止したHR後、おかきたちは飯酒盃の指示通りに体育館へと移動していた。

 広すぎる学園敷地内に点在する体育館の中でも一番の大きさを誇るこの中央体育館は、有事の際の集会や避難所としても使われる場所だ。

 内部空間はおかきが知る一般的なものの4~5倍は広く、空調がしっかり効いていて快適な温度が保たれている。


「うちらにとっちゃもう耳タコなんやけどなぁ」


「だからってサボるわけにもいかないじゃない、すぐに終わるから聞いてましょう」


「あのあと現場検証を行って新しい情報が出たかもしれません。 しかし暖かいですねここ」


「うちらの時代なんてバカでかいストーブ4つぐらい焚いてそれでも寒かったからなぁ」


「この学園が金持ちなだけよ、運動するならちょっと暑いくらいだわ。 それよりそろそろ始まるんじゃない?」


 甘音の予想通り、それからすぐに一人の人物が壇上へと上がる。

 遠目から見てもわかる血のように赤い髪、そしてすらりと伸びたスレンダーな体型。

 できる女を思わせる雰囲気と切れ長の瞳に、前方の女子たちからは黄色い声もいくつか上がる。


「……なーにやってんですかね、あの人」


「ほんまフットワーク軽いなぁ、局長」


『あーあー、テステス。 初めまして諸君、刑事の麻里元というものだ。 特に覚えておかなくていい』


 マイクを通して響く通りの良い声は、やはりおかきたちにとって聞き覚えのあるもの。

 SICKのリーダーである麻里元が直接乗り込んでくるとは、さすがのおかきでも予想外だった。


『すでに知っている者も多いと思うが、昨夜未明にこの学園内で死体が発見された。 詳しくは公表できないが、まずは落ち着いて聞いてほしい』


 平和な学園にはショッキングな話だが、麻里元の低く落ち着いた声色のおかげか不思議と学生たちのどよめきは少ない。

 噂がすでに伝播していたのも大きいだろう。 特にパニックも起きることなく、全員が麻里元の話に傾聴している。


『事故か事件かはまだ分からない。 それを調べるために我々が調査に入る、時計塔の周辺は封鎖することになるが、ご協力願いたい』


「ただ喋ってるだけなのに絵になるなぁ、ヅカ系というかなんというか」


「おかきとは違った方向性に魅力のある人よね、何歳なのかしら?」


『そこ、私語は慎んでもらおう。 それと君たちにも事件について聞き込みを行うことになるが、決してその生徒を疑うわけではない。 もしも自分が対象になったとしてもあまり不安に思わないでほしい』


 めざとくウカたちの会話を咎め、局長は生徒たちに向けて深い一礼を見せる。

 生徒たちへの誠意を見せながら、噂のやり玉に挙げられていた山田へのさりげないフォローも兼ねた見事な弁舌だ。


『私からは以上だ、次は理事長に話を引き継ごう。 それと先ほど私語を挟んだそこの2人と、ついでに後ろの初等部君はあとで生徒相談室に来るように』


「高等部です!!」


「おかき、静かにしときー」


「あの人の耳と目の精度どうなってんのよ……」


 ウインク交じりで名指しされたのでは、おかきたちも逃げることはできないだろう。

 周囲からは羨望の眼差しも向けられるが、カフカたちにとってはSICKへの定時報告でしかない。


「いいなぁおかきちゃん! ね、ワンチャンあったら写真撮ってきて写真!」


「ガハラ様ー! どうか我々男子一同のために連絡先を聞いてきてください!」


「ウカさんウカさん、うちらも怪しいもの見たから聴取してって頼んでみてくれない?」


「おうおう、言うだけ言ってみるけどあんま期待したらあかんで。 それと理事長の話もしっかり聞いとき」


 おかきたちが周囲の生徒に囲まれている間に、いつのまにか壇上に上がっていた人物が入れ替わっていた。

 局長は舞台袖に姿を消し、代わりに登壇していたのは……シルクハットを被った金髪の男性としか形容できない人物だ。


「――――やあ皆さん、理事長です」


 おかきにとって、マイクも使わずにどこまでも通るようなその声は、なんとなくある無貌の邪神を想起させるものだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] いやぁ...フッ軽に定評のある箱庭の管理者様でも、こんな序盤に出てくるわけ...ないよね?
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