試される大地 ②
「ご主人、我も滑れるだろうか?」
「どうですかね、タメィゴゥのサイズに合うスキー用具があればいいんですけども」
「そもそも腕ないやろ、スノボの方がええんとちゃう?」
「テメェら……ピクニックにいくわけじゃねえんだぞ」
カフカ+タメィゴゥを乗せた特殊車両の中、悪花はのんきなおかきたちの態度に眉をヒクつかせる。
彼女たちが向かうのは未知の異常現象が発生している雪山、そのうえ全知無能によればSICK存続の危機にすら関わる非常事態だ。 決してスキーや行楽を楽しむわけではない。
「悪花さん、未知に対して余計なストレスを抱えるよりは適応する方がマシですよ。 神経を尖らせるばかりでは疲労も積もります」
「まあ山田ほど無神経になれってわけやないけど、今から肩に余計な力入れても疲れるだけやで」
「誰が無神経だよ! 今のボクは誰よりも気が立っているからな!!」
「まあ見ての通り今からピリピリしとったら体が持たんわ」
「なるほどな、反面教師にするわ」
「なんだよぉ!!」
車の隅っこで震える忍愛は、手にした開運グッズを握りしめながら憤っている。
なおウカの目からすればどれもこれもろくなご利益がないエセものだが、忍愛の精神衛生のために口を挟まないのは彼女なりの優しさだ。
「はいはい、ケンカ及びコントはそこまで。 全員準備と覚悟はよろしい? できてなくても行き先に変更はないけど」
「あっ、飯酒盃先生。 今回は先生が指揮を執るんですね」
「はぁい、絶賛二足の草鞋がどっちもドスブラックな飯酒盃でぇす。 こんな日にはウォッカ空けるしかないよね……」
「空けんな空けんな、せめて降りてからにしろ酒臭ェ」
「あ、あと10分も私に断酒しろと……!?」
「たった10分じゃん! ってかもう着いちゃうの!? ここ北海道でしょもっと目的地まで時間かけてよ!」
「SICK特製車両は非常に優秀なんでーす、それに外もこの天候だから道路も空いてるもの」
「まあ、かなり吹雪いてますよね」
おかきが膝に抱えたタメィゴゥとともに窓を覗くと、外の景色はほぼ「白」だった。
ごうごうと降り続く雪が一面を埋め尽くし、積み重なった高さはすでにおかきの背丈に届かんとしている。
都会ならまず見ることもない豪雪、膝に抱えたタメィゴゥもまた目を輝かせていた。
「運悪く寒波が直撃したタイミングでの任務になったなぁ、これまだまだ積もるんか?」
「さすが試される大地よねぇ、こんな任務中じゃなければコタツの中で雪見酒と洒落こみたかったわ……」
「これ大丈夫? スキー場も機能してる?」
「安心して、すでにスキー場には撤退命令を出してほぼ無人状態だから」
「ですよねー……ボクのリゾート計画が水の泡、いや雪の泡だよ……」
「うーん、たしかに泡盛も“アリ”ね」
「酒から離れろ飲んだくれ」
がっくりと落ち込む忍愛の気持ちとは裏腹に、車窓からは雪の隙間を縫って問題の雪山が見えてくる。
シーズン真っ盛りのスキー場とは思えない、冷たく厳かにそびえたつ白き山。
積もり積もったあの雪のどこかに157名がまだ息をひそめているか、あるいはすでに……
「現状としては目標の山にて雪崩が発生し、通信が取れない状況というダミー情報を流布しているわ。 157名の生還は私たちの努力にかかっていることを覚えておいて」
「飯酒盃先生、“撤退命令を出した”ということはスキー場から生還した人もいるんですか?」
「いい質問ね藍上さん。 この見取り図を見て、ここからこの範囲の人たちはほとんど無事に戻ってきたわ」
おかきの質問に対し、飯酒盃はスキー場を俯瞰した見取り図を開き、麓の部分を赤ペンで囲う。
逆に頂上へ近い部分はドクロマークを書き足して斜線を引く、157名が消えたデッドゾーンを示したものだ。
「上に登ると危険ってことやな。 ここには何があるん?」
「上級者向けコースと宿泊施設、あと観光エリアがあるみたいね」
「観光?」
「スキーとは別に冬の登山を楽しめるコースがあるみたい。 頂上からの眺めはバズり間違いなしの絶景だってぇいいなぁお酒持ち込んで一杯やりたい……」
「話がズレてんぞ、俺たちは観光に行くわけじゃねえんだ。 作戦はどうする?」
「か、下層ならまだ安全なんでしょ? ならボクらもまず下から調べた方がさぁ」
「いえ、確実に安全というわけじゃありません。 飯酒盃先生もほとんど無事と言っていましたから」
おかきの指摘に、飯酒盃と悪花の2人が頷く。
同時にわずかな希望と安全地帯を潰された忍愛の顔からさあっと血の気が引いて行った。
「正直消失の仕組みは何もわかってないの。 麓にいた人も少ないながら犠牲になっている、この赤丸もあくまで傾向ってだけ」
「く、クソォ……正直こういう力技でどうにもならない感じの一発アウト系怪異は全部パイセンに押し付けたい……!」
「シバくぞ」
「だが上に登るほど危険度が高いってことはたしかだ。 なら俺たちの目的はやっぱり……」
「ええ、頂上まで登ってみるしかなさそうです」
「正気か?」
おかきは俯瞰図を頭に叩き込み、怪しいと思える地点にいくつか目星をつけていく。
しかし問題はやはり原因不明の人体消失だ、忍愛が懸念しているようにどうにもならない力で消されては抵抗する術もない。
下層を調べたところで根本的な対策が取れないなら時間をかけるだけ不利になる、ゆえに理想は電撃戦だ。
「飯酒盃ちゃん、これドローンとかカメラ使って無人探査は無理なん?」
「この吹雪じゃどうにも無理ね、何台かキューちゃん製の探査機も送り込んでみたけど全部通信途絶しちゃった」
「ならやはり人力で登るしかないですね……忍愛さん」
「ぼ、ボクならたしかに登れるかもしれないけどさぁ。 炭鉱のカナリアになれってなら泣きわめいて駄々こねるけど?」
「仲間にそんな鬼畜な真似は出来ませんよ、ただもし登山が必要な時は忍愛さんの実力を頼りにしてます」
「聞いたかパイセン? これが100点満点のコミュニケーションってやつだぞ、センパイももっとボクを甘やかして褒め称えるべきだと思う」
「一発〆たろかこいつ」
「時間の無駄だからやめとけ。 それよりおかき、方針としてはどうする?」
「あまり時間は掛けたくありませんが、麓に手掛かりがないか探しつつ緩やかに頂上を目指したいです。 飯酒盃先生もそれでいいですか?」
「異論はないわ、ただ危険と判断したら私の指示に従って撤退してもらうけど」
「わかっています。 全員生還は大前提で――――」
おかきの言葉を遮るように、視界がひっくり返るほどの強い衝撃が車体を揺るがした。
幸いにも抱き寄せていたタメィゴゥがクッションとなったが、チカチカする視界がもとに戻ると、おかきは天地が逆転した車内でさかさまになっていた。
「ご主人、無事か?」
「た、タメィゴゥのおかげで何とか……エアバッグ顔負けのクッション性でしたよ」
「あ、あだだだだ……おいSICK、まともな運転手も雇ってねえのか!?」
「ちょ、ちょっと何があったの!? 飲酒運転!?」
「そんな飯酒盃ちゃんじゃないんやから……」
さすがに場数を踏んでいるだけあり、皆が皆大したケガもない。
それでも歪んだドアをこじ開けて降りたおかきたちは、信じられないものを見ることになる。
「…………飯酒盃先生、これってどういうことだと思います?」
「う、うーん……藍上さんが分からないなら私もわからないなあ」
太い樹木に頭を突っ込み、煙を上げて停車した車両……そこまではいい。
だがおかきたちが降りた後部座席からハッチで区切られた前方部。 本来あるべき運転席はすっぽりと消えてなくなっていた。




