試される大地 ①
「よぉ、やっぱお前らも集められたか」
「むっ、悪花さん。 ということはそちらも用件は同じですか」
『うっすっすー、SICK案件の招集っす! ゲストとして丁重におもてなししてたっすよ』
「底の抜けたカップとスッカスカの茶葉でなァ、学園祭の設備どこにやった」
「あれはほとんどレンタル品なので……」
SICKの招集メッセージを受け、おかきとウカが旧校舎の秘密基地に足を運ぶと、教室にはすでに到着していた悪花が待っていた。
本来敵対組織の長である彼女が仮にもSICK支部でのんきにお茶をシバいている理由など1つだろう。
今回の事件はそれほど危険だということだ。
「わかってると思うが今回は魔女集会もSICKと協力する。 そっちのメンバーはお前ら2人で全員か?」
「ボクもいるよー! ってうげっ、悪花様!」
「ンだこら文句あんのか山田ァ。 ってかお前も一緒かよ、実力的に文句はねえが人格的に文句は言いてえ」
「パイセンパイセン、もしかして今ボク褒められた?」
「おう、1上げられて100下げられとるで」
『おーいみんな揃ったかーい? 会議始めちゃうぜ』
忍愛が天井から教室に侵入すると、黒板に扮したモニターが点灯して壁面いっぱいに宮古野の顔が現れた。
一見いつもと変わらない調子だが、髪はボサボサで白衣はシワにまみれ、顔に掛けたメガネはズレている。 通話用に急いで体裁を整えた、というのが隠しきれていない。
「お疲れ様です、キューさん。 リンネちゃん事件ぶりですね」
『うん、つまり昨日ぶりだね。 いやーははは仕事が次から次に押しかけてきて参っちゃうねははは、殺せよおいらを』
「まずい、キューちゃんのキャパが限界迎えとる」
『だから休んでいろと言ったんだ私は、ここから先の説明は変わろう』
「あっ、局長だ」
うつろな目で遠くを見つめる宮古野を運び出し、代わりに画面に映ったのは棒付きキャンディを咥えた麻里元だった。
宮古野ほどではないが、彼女の顔にもまた疲労の色が見える。 今回の件はそれほど切羽詰まっているという事だろう。
『ウカ、山田、おかき、そして悪花。 全員揃っているな』
「御託はいいんだよ、さっさと本題に入れ麻里元。 今回のヤバさはすでに知ってんだよ、SICKが存続する未来が見えなかったからな」
「それは……全知無能の力ですか」
悪花は定期的にSICKの存亡を予知することで、魔女集会というはぐれものたちのコミュニティを守っている。
つまり彼女が予知した未来にSICKの存在がなければ、近いうちに世界が滅びかねない“なにか”が起きるということに他ならない。
『……では早速本題に入ろうか。 まず諸君らには日ごろの感謝と労いを込めて旅行をプレゼントしよう』
「うおーヤッター!! どこどこ、ハワイ? ラスベガス? それともグアム?」
『北海道だ』
「クソ寒い冬にクソ寒いところ!!」
『もっと具体的に言うなら北海道にあるスキー場に招待しよう。 仕事が終われば思う存分滑り倒すといい』
「パイセン、ボク今回は本気で仕事しようと思うんだ」
「しゃらくさいわ」
「……問題は“仕事”の内容ですね」
ぶら下げられた餌にうかれた忍愛をよそに、おかきは逸れていた話題を修正する。
忘れてはならない、あくまでスキーリゾートは仕事が終わった場合の話だということを。
『157名だ』
「数だけじゃなにもわからねえ、そりゃ何の人数だ?」
『一晩で消えたスキー客の数だよ。 君たちがこれから向かうスキー場でな』
「じゃ、ボクはこれで……」
「待たんかいボケ」
踵を返して教室から出ようとする忍愛の肩を、ウカがすさまじい握力で掴む。
そのままユーコと協力して忍愛を椅子へ座らせると、あれよあれよとロープでくくりつけてしまった。
「やだやだやだ!! 一晩で157だよ!? ボクらが行ってどうにかなる気がしないじゃん、もっと優秀でムキムキなエージェントに任せようよ!!」
『ちなみにこの数には初動調査に向かったSICKエージェントも含まれている』
「戦力の逐次投入ー!!」
『だから次は最小限で最大戦力を集めたわけだ、君たちカフカをな』
「やだー!! ボクおうちかえる!!」
「局長、具体的な話を聞かせてください」
『事が判明したのは2日前だ。 交通機関の遅れで本来より1日遅れでスキー場に到着した一般客が人の気配がまるでないことに気づき、警察に通報したことで異常が判明した』
「そのお客さんは悪運が強かったな」
ピコンと通知音が鳴り、おかきたちのスマホへ事件の詳細を記したファイルが転送される。
中身を開けばそこに乗っているのは仰々しいレポートと、問題のスキー場を映したいくつもの写真。
冷めきった料理が並ぶコテージのテーブルや、脱ぎ捨てられたように散乱するスキーグッズ、放置された暖房が原因で小火を起こした部屋の写真など、どの風景にも人の姿は映っていなかった。
「……この書類は誰が?」
『失踪したエージェントたちが直前まで送ってきた調査報告を私がまとめたものだ、原因については手掛かりすらつかめていない。 悪花、君はどうだ?』
「解析に35年くれりゃどうにかなるよ」
『そうか、そうなるとやはり現地で情報を集めるのが早いだろうが……どうする?』
「はっ、ビビってイモ引く心配か? ざけんじゃねえぞ、こっちだって魔女集会の命背負ってんだ。 やってやる」
「ま、ここで逃げてもSICKの存続が見えんなら同じことや。 しゃーない、うちも腹括ったるわ」
「新人ちゃん、今なら間に合うよ? ボクの縄切って一緒に逃げよう? アイアム非戦闘民」
「すみません、私もウカさんの意見に賛成です」
「そういうことや、往生しい」
「みんなもっと命大事にしようよ!!」
いまだ首を振って抗議する忍愛をウカが椅子ごと担ぎ上げる。
向かう先は世界崩壊の最前線、自らも雪山の中に消える危険性があるというのに、その背中について歩くおかきには不思議と恐怖心はなかった。
この面子ならどうにかなる、という信頼があるからだ。
『おかき、何か気づいたことがあればすぐに伝えるように。 君たちに死んでほしいわけじゃないんだ、頼んだぞ』
「はい、善処します。 できれば157名の行方不明者とともに帰ってきますね」
『酷なことを言うが生存にはあまり期待するな。 経験上、この手の失踪事件はあまりいい結果にならない』
「……肝に銘じておきます」
教室を出ると、冬の冷気をため込んだ隙間風がぴゅうとおかきの髪を撫でる。
試される大地、極寒の真っただ中に待つものは、はたして――――




