当たり障りのない依頼 ③
「おうおかき、お疲れさん。 こっちは終わったで」
「ありがとうございます、ウカさん。 贄咲さんは?」
「泣き疲れて寝てもうたわ、今は仮眠室借りて寝かしとる。 よっぽどストレス抱えとったんやろ、文字通り憑き物は落ちたんやから今は寝かしとき」
「そうですか、それはよかった」
植物園内にあるビニールハウス内にて、おかきは張りつめていた緊張を息とともに吐き出す。
もしおかきの判断が遅ければ、この植物園の片隅で一人の少女が死んでいたかもしれなかったのだ。
「本当よく変なことに巻き込まれるわね、おかきって……突然人の命背負わせられる身にもなってもらいたいわ」
「ああ、甘音さんもご協力ありがとうございます。 部活動の邪魔をしてすみません」
「んもー、今度血採取させてくれたら許す! それじゃ私はレポート作成の戻るから……」
「根詰めすぎんようにな、あとで差し入れ持っていくで」
事件の裏でおかきに呼ばれ、一仕事を終えた甘音はしわくちゃの白衣を正してからビニールハウスを去っていく。
薬草を採取するためにこの植物園に通い、管理委員とも面識がある彼女の手助けがなければ、失せもの探しと犯人捜しにかかる時間はさらに増えていた。
甘音と偶然この植物園で出会えたことは、おかきにとって最大の幸運だっただろう。
「しっかしおかき、いつから気づいとったん? 結構な呪物やでこの人形」
「いつから……というのは難しいですね、違和感を覚えたのは最初からですが」
おかきは最初に喫茶店で贄咲と会ったときを思い返す。
まずテーブルに着いていた彼女を見つけた時、卓上のコーヒーから湯気は立っていなかった。
おかきが到着したのは指定時間の数分前、それでもホットコーヒーが冷めきっているのは相当な時間待っていたことになる。
そこで相当切羽詰まった依頼であることは察せたが、次に気になるのはその内容。
当たり前だが殺人や友人の失踪ならば、うさんくさい探偵よりも警察や教師に掛け合えばいい。
なによりおかきの目に留まったのは、冷たくなったカップを握る贄咲の手に刻まれた多くの擦り傷だった。
傷はほとんどが新しく、日常的につくようなものではない。
爪に挟まった土から、おそらく地べたに近い場所を何度もまさぐった時についた傷だと推理できた。
それこそ懸命に何かを探していたかのように。
「……以上のことからなんとなくカマを掛けてみたところ、ビンゴでした。 手を突っ込んで傷がつくような場所となると、ささくれだった古い建物か林の中を探していたのだと思います」
「そんで彼女がこの植物園の管理委員っちゅうこと聞いて、おおかたどこで失くしたかも察したわけか」
「その通りです。 ただ……失くしたものについて少し引っかかる点がありました」
「まあなぁ、こんなデカい人形をそう簡単に失くすかって話やろ?」
ウカが片手にぶら下げている日本人形は、タメィゴゥよりは小さいがそれでも20㎝以上はある。
ただでさえ肌身離さず持ち歩くほど大事なものなら、そう簡単に失くすとは思えない。
ましてや、あれほど手が傷つくようなところを探さねばならないほど、雑な扱いをしているとはおかきには考えにくかった。
「なので発想を逆転させました。 贄咲さんが人形を無くしたのではなく、誰かが贄咲さんの人形を隠したのではないかと」
「で、イジメ発覚ってわけやな。 お嬢いてホンマ助かったわ」
「甘音さんに所属と関係者を確認し、管理委員に本人直筆の名前と連絡先を見せ依頼を証明。 あとはまあ聞き込みで犯人と隠し場所を洗い出すのは簡単でしたよ」
「簡単に言ってくれるけどもっと時間かかる作業やでそれ」
「ウカさんたちが手伝ってくれたおかげです。 ただイジメの件と並行して気になったのが問題の人形でした」
「依頼そのもの」と「依頼された原因」、2つの謎を解決してもなおおかきにはまだ解くべき謎があった。
「贄咲 ほまれがなぜ件の日本人形に固執するか」、その謎こそが本件最大の地雷であったのだから。
初等部の少女がお気に入りの人形を持ち歩くと聞けばまだ可愛いが、問題の人形は愛らしいぬいぐるみなどではなくむしろ不気味さすら秘めた日本人形だ。
個人の趣味嗜好、親の形見であったりと理由は考えられる。 それでも真っ当な理由ならおかきに対して説明できるはずだ。
それがおかきにはどうしても気になった。 依頼の場で後ろめたく口ごもる贄咲の態度が。
「ウカさん、日本人形と聞けばどういうものを連想されます?」
「んー……今手元にあるから印象で言わせてもらうと、呪われそうやなって」
「私もそう思います。 なのでこれはもうSICK案件じゃないかと思いまして頼ってみればビンゴでしたからね」
「うちも眉唾で手伝ったらとんでもない厄出てきてビビったわ、こんなもん持ち歩いてよう無事やったなあの子」
「贄咲家の風習らしいです。 代々受け継いだ人形に子供が背負う厄を押し付けるのだと、ただそれも無制限に押し付けられるわけじゃなく……誰かの代でパンクするリスクがある」
「その順番が運悪くあの子の代で、運よくうちみたいな人間(?)が近くにおったってわけやな」
「いじめも厄が溢れる兆候でしょうね。 当たり前のことでしたが盲点でした、この学園に集められる学生がただの子どもであるはずが無いと」
贄咲 ほまれにとっての幸運は、この学園に通いながら的確な人材に助けを請えたことだ。
彼女本人も自らに訪れる厄災を察していたはずだが、それでもおかきを通して問題の人形をパンクする前に回収しようとした。
彼女の善性と覚悟があったからこそ、全員助かった結末があったのだ。
「それでウカさん、除霊……いや解呪? 浄化? なんと呼べばいいんですかね?」
「なんでもええで、大体どれもおんなじやさかい。 ほぼほぼ祓ったから後はちょくちょく予後観察しておけばええやろ、うちが太鼓判押したるわ」
「それは何よりです。 では……こちらの問題は解決ですね」
「せやなぁ、こっちは解決やな……」
ウカとおかきは、揃って自分たちのスマホへ視線を落とす。
2人の画面に表示されているのはSICKからの呼び出し通知。
年も終わるという雪空の下で、世界は新年よりも先に新しい危機を迎えようとしていた。




