当たり障りのない依頼 ②
探偵部はあくまで面倒な勧誘を退けるための口実であり、精力的な活動は行っていない。
玄関に吊り下げた投函ポストも活動を示す形だけのもので、わざわざあの旧校舎に足を運ぶことはそうそうないというがおかきの算段だ。
「……探してほしいものが、あるんです」
それでも億劫な道のりを乗り越え、なによりここまで沈痛な面持ちの少女を袖に振る真似は藍上 おかきにはできなかった。
依頼人の名は「贄咲 ほまれ」、赤室学園初等部に通うおかきたちの後輩だ。
彼女は冷めきったコーヒーを絆創膏塗れの手でぎゅっと抱えながら、ぽつぽつと語り始める。
「探偵さんに探してほしいのは、えっと……人形……そう、人形なんです」
「人形ですか、特徴は?」
「日本人形で、ずっと大事にしていたんですけどこれくらいの大きさで……赤い着物を着ていて、えーとえーと」
依頼人の少女は座ったまま両手でおよそサッカーボール大の円を描く。
話すべき内容に言葉が追い付いておらず、彼女の焦りようは目に見えて明らかだった。
「まあ落ち着いてください、コーヒーももう一杯いかがですか? 焦っても時間は逃げませんよ」
「……それじゃダメなんです」
おかきがメニュー表を開き、店員を呼ぶ間に贄咲はつぶやく。
「あの日本人形はとても大切なものなんです。 本当に、すぐにでも見つけないと」
「……そうですか。 ならこちらも少々心構えを変えましょう、失くした場所はどこですか?」
「……西の植物園区域にある廃施設です。 私植物園の管理委員をしているんですけど、仕事の最中に廃施設から道具を運び出すことがありまして」
「初等部にやらせるにはずいぶん危なっかしい作業ですね」
おかきは頭の片隅から赤室学園の俯瞰図を取り出し、脳内に広げたマップから植物園場付近の地理を思い出す。
この学園には山菜や薬草などの栽培施設がいくつか存在する、贄咲が話す植物園もその一つだ。
おかきも甘音に案内されて訪れた経験があるが、初等部の学生が管理するには手に余る土地面積としか思えない。
「もちろんおなじ委員会の友達や先輩もいます。 だけどあの時は忙しくてドタバタしていて……いつの間にか私の人形もなくなってました」
「なるほど……」
おかきは注文したコーヒーを一口すすり、顎に手を当てて数秒思案する。
やがて考えがまとまったのか、テーブル脇のナプキンを1枚引き抜き、ボールペンを添えて贄咲の前に差し出した。
「依頼内容は分かりました。 それではここに連絡先と、念のため名前に寮の部屋番号を書いてください。 進展があれば連絡いたしますので」
「は、はい! ……あの、ちなみに依頼料は?」
「そうですね、これぐらいで構いませんよ」
おかきがもう一枚取り出したナプキンに書き出したのは、依頼の報酬としてはあまりにも小さな額だった。
1回分の授業でお釣りがくるどころか、テーブルに置かれたコーヒー代にすら及ばない。
「…………あの、ゼロ書き忘れてませんか?」
「いえ、値段は私の気分で決めるのでこれで適正ですよ。 気分次第でもっと高くなります」
「は、はぁ……」
骨肉を削る出費を覚悟していた贄咲は、あっけに取られたままナプキンに連絡先を書き込む。
そして電話番号と氏名が書き込まれたその紙を受け取ると、おかきは自分のコーヒーを飲み干して席を立った。
「では早速依頼に移ります、なるべく急ぎますので吉報をお待ちください。 それでは」
「あっ……お、お願いします!」
少女の焦りを汲み、おかきは早々に失せもの探しへと動く。
からんからんとドアベルを鳴らして去る探偵の背中を、少女は深くお辞儀をしながら見送った。
「…………あれ? 伝票……?」
顔を上げた時、贄咲はテーブルの伝票立てに押し込まれていた紙が消えていることに気づく。
椅子やテーブルの下を探してもどこにもない、何かの拍子に飛んで行ってしまったにしても見当たる範囲に落ちていないのは妙だ。
「あの、すみません。 ここにあった伝票……」
「ああ、お会計ならお連れの方が済ませましたよ、2人分」
「え、へぇあ……?」
自分と年齢はそこまで変わらないだろうおかきのスマートな手際に、贄咲は間抜けな声しか出なかった。
依頼料を差し引いてしまえば赤字にしかならないというのに、酔狂にもほどがある。
「ほわぁ……か、かっこいい……」
それでも丈の長いコートを着こなして颯爽と去る背中は、贄咲 ほまれという少女の恋愛観や癖を歪めるには殺傷力が高すぎる。
そして少女は藍上 おかきという探偵に強いあこがれと消しきれない罪悪感を抱きながら、冷めたコーヒーとともにその余韻に浸るのだった。
――――――――…………
――――……
――…
「見つけました」
「早い!?」
なお、おかきが依頼を終えたのは喫茶店を去ってから1時間後のことである。
連絡されたまま贄咲が植物園へ足を運ぶと、おかきは手に赤い着物の日本人形を抱えたまま待っていた。
「お待たせしました、依頼の品はこれで間違いないでしょうか?」
「こ、こ、こここここれです! これで間違いないです!! えっとその、大丈夫でしたか!?」
「ええ、問題なく回収できました。 一応汚損はないと思いますが確認してください」
「は、はい……!」
おかきから人形を手渡され、まじまじと細部まで目を通す贄咲。
着物の裏や髪の毛の中まで確認する姿には、鬼気迫るといってもいい迫力があった。
「大丈夫ですよ、それはもうただの人形です。 贄咲さん、あなたが恐れるようなことは何もない」
「…………へ?」
「ついでにあなたをいじめていた方々は今私の仲間がきつく灸を据えているので、ご安心ください」
おかきの言葉に、贄咲は目を丸く見開く。
重要なことは何も話していない。 にもかかわらずすべてを見透かした探偵の振る舞いに、今までせき止めていたタガが外れた贄咲の目じりからは、大粒の涙がこぼれ始めた。
「う……あ……! うわああああああああああ!!!! ごめんなさい、私……わたしぃ……!!」
「大丈夫です、大丈夫ですよ。 今からウカさんたちと合流するので、もう少しだけおつきあいくださいね」




